11 予知夢
妃教育は恐れていたほどではなかった。
(レオハルトのやつ……よくもビビらせてくれたわね!)
マナーに関しては公爵家で受けていたものとそう変わらなかったし、教養面に関しては前世の記憶がかなり役に立った。それを週に三日、王城に通って受けている。
どうやら王子との仲を深めてほしいという面が強いらしく、毎回午後のお茶の時間をレオハルトと一緒に過ごす。よっぽど婚約破棄騒動が効いたようだ。
そしてそのお茶会に時々ルカやフィンリー様も参加して私がテンパる……という日々が続いた。第一王子側は有力な実家を持つ婚約者だけでなく優秀な人材も確保しておきたいのだ。正直天国のような日々である。推しとティータイムなんて……!
(神様ー!!! ありがとー!!!)
だが良いことばかりではない。それは家でのお勉強タイムである。結局リディアナの教育係が見つからなかったので、ルカと一緒にアリバラの授業を受けることになったのだ。
「ダメです」
「違います」
「もう一度」
このように毎回無表情でダメ出しをされる。メインである魔法学の授業はボロボロだった。
「魔力があっても使いこなせなければ意味がありません」
「魔力でゴリ押し? 美しくありませんね」
アリバラはいつも少しくたびれた服を着た痩せ型の中年男性だった。見た目は悪くないのだが、常にムスッとしている。機嫌がいい時はあるんだろうか。ルカ曰く、魔法学オタクだそうだ。
彼は特に魔力操作のレッスンに力を入れていた。残念ながら私とルカとのコントロール力の差は歴然で、ルカが炎で自分の名前を書いている中、私は炎の小さな球を浮かばせる訓練をしている。
「あいつ! 私のことめちゃくちゃ嫌いじゃん!?」
明らかにルカと対応が違うんだけど! 魔力の出力量を下げる練習ばかりさせられる。せっかく魔法が使えるんだからもっと派手なことがしたいのに。
「まあ……魔力操作がイマイチなのは認めるけどさ」
私は将来歴代最高の魔術師になるのよ!? こんなとこで躓いてて大丈夫!?
正直に言ってしまうと、魔法に関しては無双できると思っていたのだ。なのにこの体たらく……。
「集中力が足りないんだよ」
指先から小さな電気の花火をバチバチとちらしながらルカはパンを齧っていた。
「それ集中してるの?」
「僕はもう慣れたの」
この世界の魔法は四大元素が基本となっている。
地・水・火・風、実用性の有無を考えなければ魔力のあるものは誰でも使える。その派生の雷や氷などはその人の才能や修練次第だ。うちのお家芸である治癒魔法は特殊魔法に属し、使える人は限られるため希少性がかなり高い。
「魔力単体だけならそれなりにコントロールできたんだけどな~」
魔法は魔力を加工して初めて発現する。加工自体はさほど難しくはない。マッチのようなと火をだすレベルならある程度の人ができることだ。だがそれ以上のものを望むなら高度なコントロール力が必要になってくる。それは右手で丸を描きながら左手で四角を描いているような難しさがある。
「右手で完璧に弾けるだけでは意味がないのです。左手の美しい伴奏を忘れてはいけません」
アリバラは薄暗い部屋で、ピアノを演奏しながら氷の華をキラキラと舞い上がらせた。その中、所々でパチリ、パチリと線香花火のような火花が散る。あまりに綺麗な光景に目を奪われる。流石自分の魔術に絶大な自信を持っているだけある。これぞ魔法を使う醍醐味のような気がした。単純に感動したのだ。前世でプラネタリウムを見に行った記憶が蘇り懐かしく、ほんの少し感傷的になった。
あまりにも感動したので、レオハルトとフィンリー様がうちに遊びに来た際、アリバラにせがんでもう一度見せてもらった。
「すごい! 魔法にこんな使い方があったなんて!」
「どうやって操作してるんだ?」
二人とも大興奮で喜んでいた。自分が感動したものを共有できるのは楽しい。
綺麗だったなあと呟きながら、フィンリー様は手のひらに丸い大きな氷の塊を作った。それは水晶玉のようだった。
「きゃー!!! スゴいです! もう氷魔法が使えるんですね!」
ファンの黄色い声援が室内に響く。いや本当にすごいじゃん。まだ十歳だからね彼!
「本当はアリバラ先生みたいに氷の結晶を作りたいんだけど、まだ不恰好なんだ」
ちょっと悔しそうな顔も可愛い! フィンリー様が作った氷、永遠に飾っておきたい。冷凍庫が必要だ。
「どうだ!」
今度はレオハルトが金平糖のような形の氷を作り出していた。
「まあ! レオハルト様のお心のようですわ!」
「なっ! どういうことだ!」
私達のやりとりを聞いてルカとフィンリー様が笑う。最近はこういう場面が増えた。原作ではレオハルト、ルカ、フィンリー様、そしてジェフリーが幼馴染という設定だった。ジェフリーがまだ出てきていないが、今はその中に私が入っている状態だ。
(なんて……なんておいしいポジションなの!)
推しの幼馴染なんて、夢にまで見たポジションだ。悪役令嬢でもなんでもいい! 今のこの立ち位置を永遠に維持したい。
このやり取りを見ていたアルバラが、フッと笑ったのが見えた。ルカもそれに気付いたらしい。嬉しそうに質問する。
「先生はどこでこんな魔術を習ったのですか?」
「祖国です。もうありませんがね」
アルバラはすぐにいつもの顔に戻っていた。ルカは俯いてしまっていた。
「申し訳ありません……」
「いえ。もうかなり昔の話です」
ルカの様子を見て気を使ったのか、アリバラは自分の祖国について話してくれた。
「……私の生まれた国は、小さいですが魔石がよく取れる国でしてね、皆そこそこ裕福だったんですよ。芸術が好きな人が多くて、さっきみたいな魔法が使える方が女性にモテたんです」
アリバラがルカを笑わせようとしているのがわかった。
「この国とは違う方向に魔術が発達していたということでしょうか?」
レオハルトが質問する。確かにうちの国は軍事的に利用できる魔術が評価されている。魔物を倒すのにいかに有効かが大事だ。
「そうですね。祖国にも聖女様がいらっしゃって、国中に結界が張ってありましたから、あまり攻撃に特化したような魔法は必要なかったんです。……その聖女様がお亡くなりになったタイミングで帝国に攻撃されてしまいましてね。……私が今ここにいるというわけです」
帝国とはヴィンザー帝国のことだろう。魔道具発祥の地であり、あまりいい噂のない国だ。ちなみにそこの次期皇帝もアイリスに惚れる。
「先生、また国に……帰りたいですか?」
アリバラは珍しく少しおふざけ気味に話していたが、やはり故郷というのは特別なものだろう。私も前世の日本を想う時がある。
「そうですね。家族の墓参りくらいにはいきたいです」
「僕も行きたいです!」
ルカが声を上げた。
「公爵家が旅費を負担してくれるならいいですよ」
そこで全員が笑った。
◇◇◇
その日の夜、日課のルカとのおしゃべりタイム中にアリバラがやってきた。
「お話しがございます」
気を使ってルカは部屋から出ていこうとしたが、アリバラはそれを引き留めた。子供といえど夜に令嬢と二人きりになるのは外聞がよくないと思ってくれたようだ。
「ルカ様がよろしければ一緒に聞いていただけますか」
いったい何の話だろう。話があるといったにもかかわらず、とても話しづらそうにしているのがわかる。
「あの……先生?」
「失礼……リディアナ様は予知夢についてご存知ですか?」
私もルカも予想外の単語に顔が引きつってしまった。氷石病の時の言い訳に使ったのを誰かにきいたのだろうか。それを見たアリバラが話を続ける。
「私の家系は、たまに予知夢を見るものが生まれまして。それが私なんですがね……リディアナ様の夢を見たのです」
よかった……以前使った言い訳への追及じゃなかったか。
(私の夢ってことはつまりアレのことね)
ルカも同じことを考えているのがわかった。
「失礼を承知で申し上げます。リディアナ様、あなたはこの国を滅ぼします」
ほらね、やっぱり。




