14 レシピ帳の仕掛け
(よし! 準備万端!)
今日は気合を入れて身支度を整えた。正妃様の髪飾りも付けている。これから王に例の『レシピ帳』を見せてもらうのだ。というか、それを写す許可が下りた。
「なんだなんだ。ぞろぞろと」
王の執務室で部屋主のご機嫌な声に一同は内心ホッとする。今いるのは私、レオハルト、ルカ、ジェフリーそしてフィンリー様。
「いやしかし。五人を揃って見るのは久しぶりな気がするな。少し前までは王宮内をチョロチョロと駆け回っていたのに」
王の言う通り、確かに久しぶりの初期メンバーだ。
数々の新しいお菓子を王に献上してきた私と、今回の言い出しっぺのレオハルト。それから従者三名――実際はジェフリーだけだが、王にしてみればルカもフィンリー様も王子を支える存在として扱ってくれている。
(というか陛下、私達のこと見てくれてたんだ)
知らなかった。王はいつもこの執務室にいて忙しそうにしていた。そしてこの部屋にいなければ謁見室かどこかの部屋で会議をしていたように思う。まさか私達が出入りするようなエリアに来ることがあったとは。
(それにしても今日はご機嫌ね)
ここまで周囲にそう思わせるほど機嫌がいいことが過去にあっただろうか。
「……シャーロットのことを語ると周囲が緊張するからな。しかたのないことかもしれないが……正妃のことを思い出させてくれる者がいるのは嬉しいのだ。大事に扱ってくれ」
「もちろんです」
目じりを下げながら王は慣れた手つきで胸元から例のレシピ帳を取り出し、レオハルトへ渡した。
「陛下、そろそろお時間でございます」
「ああ」
従者に促され王は部屋を出て行った。もちろん我々は頭を下げて見送る。昨日ヒダカ国の使者が予定より早く到着したので、ちょっとした顔合わせもかねて会食ということになっていた。レオハルトも参加するような正式な歓迎会はまた後日おこなわれる。
「魔封石の方は順調っぽいね」
「ルーベル家がまだゴネにゴネてるって話だけど」
父もこの件で忙しそうにしていた。今回の件で翻訳と通訳を請け負っているのでこれからさらに大変になるだろう。今回やってきた使者は魔封石の専門家。もうすぐ本格的に魔封石が各地に配置される。
(我が家、国に貢献してるな~)
万が一私が封印されるようなことになっても、これならギリギリ家族は許されたりしないだろうか……。
「魔獣にも魔力減退現象にも対応策の選択肢は多いほどいいさ。やるなら今の内だろうし」
フィンリー様の実家ライアス領は魔の森のすぐそばにあるため、もちろん魔封石が導入されることが決まっている。魔封石にも限りがあるので、しばらくは試行錯誤が続くだろう。なにより魔獣の素材はライアス領の収入源でもあるので、塩梅も難しそうだ。
「じゃあ……開くぞ……」
とんでもない魔導書でも開くかのように、レオハルトは改まってレシピ帳を開いた。執務室のすぐそばにある控えの間――謁見控室に移動したのは私達しかいない。
「見応えありますね」
ジェフリーがしげしげと中身を確認しながら感心するように言葉を漏らした。
美しい文字。それに絵も上手い。料理名のすぐ下に挿絵が描かれていた。あまり空白がないように材料のイラストまであり、正妃は本当に料理好きだったことがうかがい知れる。
「ねぇこれ美味しそ~! リリューシュってセフィラにしかないのかな? 今度作ってよ!」
食欲を刺激されたのか、ルカは若干目的を忘れ気味だ。
「一口サイズの果実菓子か~えーっと、タルト生地にナッツ系のクリームに甘く煮たフルーツを花びらみたいに飾り付けるのね」
私もつられてフムフムと、レシピ帳を手に持った瞬間、
(ん!?)
なにか……違和感を覚える。
「どうした?」
不思議そうに顔を覗き込むレオハルトと目が合った。私は答えずそのまま集中して違和感の正体を探る。しっ……とフィンリー様が唇に人差し指をあてていた。
(レシピ帳と……上の方から……頭? あ、髪飾り!)
違和感の正体は手元のレシピ帳と見つけている正妃の髪飾りが魔力で繋がる感覚だ。ほんの極々少量の魔力ではあるが。
「ちょっと! これ! ちょっと……!」
気付いたあとはもう大騒ぎだ。急いで髪飾りを外し、とりあえずルカに持たせてみる。
「うわっ! なにこれ!」
ルカはすぐにその魔力の流れに気が付いた。次々にレシピ帳と髪飾りを回し、これらが反応しあっていることを確認する。
「これ……レシピ帳に仕掛けがあるのかも」
母が薬学研究所から持ち帰った書物の中に特殊な術がかかっているものを思い出したのだ。
「魔力を込めると文字が消える……ですか。確かにそういった仕掛けが存在する書物はありますが、失われた魔術とも言われていまして……今では滅多に使える者もいないと聞きます」
ジェフリーがレシピ帳の文字を指でなぞりどういう仕掛けか確認し始めた。
「正妃様って魔術の方は……?」
「ルカと同じタイプだと聞いたことがある。かなり技術の高い魔術師だったと。あちらも歴史の古い国だし、そういった術を知っていても不思議じゃない」
レオハルトは正妃シャーロットについてこっそり調べを続けてくれていた。
「セフィラの王族への手紙も頻繁に書いていたという話だから、もしかしたらこの魔術を使って秘密のやり取りがあったかもしれないな」
密書か。たしかに王妃の手紙と子なれば検閲されていそうではある。
「この髪飾りと反応するということは『感応式魔術文書』かもしれません」
「髪飾りとセットで読めるってこと?」
確かに、どちらか単体だけではなにも感じない。
「どうやって読むんだろ」
手に髪飾りを持っているだけではどうにもこうにもならなかった。
「この石……蒼月石だな」
「流石レオハルト様、一発で見抜くとは。これって珍しいんですよね?」
「ああ。だから一般的に知られていないんだが……」
そうしてレオハルトがそっと髪飾りに魔力を流し込む。
「透明になった!」
「魔力と反応して色が変わるんだ。前に見たものは紫に変わっていたが、これはさらに珍しいものだな」
だがやはり、レシピ帳の反応は変わらない。
「……これは隠し地図のような仕掛けがあるのかな」
今度はフィンリー様がなにか閃いたように二つを手に取った。
「それこそ大昔には感応式地図ってのが流行ったらしくて、財宝の隠し場所なんかを示してたってのを聞いたことがあるんだ」
そうしてそっと両方に魔力を流し、蒼月石を通してルーペのようにレシピ帳を覗き見る。私他三名もその後ろから目を凝らした。
「「あ!」」
一部の文字が浮かび上がっていた。
「な、なななななんて書いてます!?」
「ちょちょちょっと待って……!」
珍しくフィンリー様も興奮気味にワタワタとしていた。
――見つけてくれてありがとう。陛下から私の遺品を受け取ったどなたか。
あなたが陛下の信用を勝ち得た者として、心苦しくもあるけれど、
あなたを頼ることを許してください。
このレシピ帳に記したのは、私の死の真実。
ルーベル家とマリー・ナヴァールによって殺された私の。
ですがどうかランベールには伝えないでください。
あの方の安全が保障されるまで。あの方を守るために。
龍王が再び死ぬまで。どうかお願い。
その文章を読み上げた瞬間、バッと勢いよくジェフリーが扉の方に視線を移した。
「大丈夫。近くには誰もいないよ」
ルカは【王の目と耳】を警戒してあらかじめ魔道具を使い、誰かが近づくとわかるようにしてくれていた。
(正妃様……すべてを知った上でその時を迎えたんだ……)
キュッと胸が締め付けられた。死に瞬間もその方法もわかった上でただそれを待つのがどれほど恐ろしいか。そんな中でも王のことを一番に心配している。
ルーベル家が毒を作り出し、後の第一側妃であるマリー・ナヴァールが暗殺者を雇いその毒を仕込んだことはわかっている。だが、その毒が具体的に何に仕組まれていたのかまでは曖昧だったのだ。日々の食事、というところまではわかっているのだが。
(毎日違う食事に盛られていたのかしら……)
アイリス曰く、そのくらい食事のシーンが多かったそうだ。
(レオハルトの調べじゃ、正妃の死後、隅から隅まで毒物を探し回ったって話だけど)
王も突然の死を受け入れられてはいなかった。だが、何も見つからず……。
「……これは毒のレシピでしょうか……」
ジェフリーが険しい顔をして、レシピ内に登場した材料がルーペの越しに浮かび上がっているのを見ている。
――ルーベル家から献上された茶器は美しかった。
私の為に特別に作らせたと言っていたが、今思えば怪しい光を放っていたようにも思う。
魔獣の骨を釉薬に混ぜて焼成したのだ。
その茶器にマリー・ナヴァールから贈られた特別なお茶をそそいで
ようやく毒を生み出すという効果が生まれる。
遠い異国で暗殺の方法の一つとして使われているらしい。
フィンリー様が読み進める。緊張した声で。
(このこと、いつわかったんだろう)
やはり予知夢外の記憶のように思える。叔母は最後に教会の図書室で散々調べものをした言っていたから、その時だろうか。その時、より具体的に自分がどんな目にあっていたか知ったのだろうか。
ふと顔を上げると、レオハルトが真っ青になっている。
「は、母もルーベル家から茶器を貰ったことがあると言っていた! 第一側妃から特別な茶葉も……」
「え!? うそ! 飲んだんですか!?」
「わ、わからない……」
声が震えていた。母親が毒を飲んでいたのだ。恐ろしいに決まっている。
「おそらく大丈夫だ」
更に険しい顔になったフィンリー様がレオハルトの背中にそっと触れた後、すぐに続きを読んだ。
――これは蓄積型の毒。
即効性がない代わりに治癒魔法すら欺ける。
彼らはこの毒のことを詳しく知らないのだろう。
元々は私が陛下の子を産まないための薬。
だが日常的に飲み続けるといつか心臓を止める薬。
第一側妃もルーベル家も元々は正妃を殺す気まではなかったということか。薬の知識もないまま使い続けていた。
「だからお母様が薬を広めようとした時、あれだけ妨害しようとしたんだね」
ルカが思い出したように呟いた。正妃の死の秘密がほんの少しでもバレる可能性を取り除きたかったのだ。
「これは暗殺の証拠になり得ますね……」
考え込むようにジェフリーは腕を組んでいる。
正妃が使用していたもののほとんどが王によって大切に保管されていることは知っていた。ただ、
「茶葉まで残ってるのかなぁ。一応毒の検査を突破してるってことでしょう? 食べ物は一番に調べられるだろうし」
ルカが言うことももっともだ。正妃がなくなって随分経つ。食品関係は流石に破棄されていても不思議ではない。
「ものによりますね。通常であれば一、二年ですが場合によっては十年大丈夫なものも」
「それは俺が確かめよう。それより、これを父に伝えなければ!」
レオハルトはこみ上がって来る怒りを必死に抑えているようだった。
「だが、シャーロット様の最初のお言葉がある」
フィンリー様の言葉にレオハルトは俯いてしまった。
「今知らせればまた大きく未来を変えられるんじゃないか?」
「……だけど大きく変えようとすると未来に至る道が歪むって」
ルカもどうしたらいいかわからないという顔になっていた。だがレオハルトは感情的なまま。
「これでリディが助かるかもしれないならそれでいい!」
目に涙を浮かべて。こぶしにギュッと力を込めて。
(私より私のこと心配してくれてるんだ)
私だって未来が怖い時もある。助かりたい。大丈夫、誰かを傷付け封印される未来はない。そう安心したい。けど、
「レオハルト様、ありがとうございます。でも私、自分のことなら耐えられても、他の誰かがとんでもない目にあうのは耐えられないんですよ」
「……それがわかってるから俺が代わりに言うしかないんじゃないか」
「そうですね。だから感謝してます」
私の代わりに私の心の奥底にある気持ちを代弁してくれて。そのお陰で私は自分がこうありたいと願うままの自分でいられるのだから。
「では、証拠はきちんと確保しておきましょう。ルーベル家と第一側妃側に手出しされないように」
「そうだな。リオーネ様のものも回収できるだろうか」
涙目のままのレオハルトには気付かないフリをしながら、ジェフリーとフィンリー様は今後の段取りを始めてくれていた。
「じゃあ陛下の出番は最後の最後ということで。よろしいですか?」
「ああ。シャーロット様のご遺志を守ろう」
ようやくレオハルトはいつものかっこうをつけたような顔をして笑った。




