12 ヒロインの帰還
アイリスが目を覚ました。まるでいつも通りの朝のように。いつもと違うのは目の前に想い人がいること。
「え!? なに!? どした!!?」
「はぁ……心配したよ……治ってなかったんだね……突然の眠り姫現象……」
アランの声で『姫』と言われた瞬間、アイリスの顔がボッと赤らむ。そしてそのままニヤニヤと口元が緩みまくっていた。
(これをシラフで言うんだから怖い男ね~~~!?)
これはアイリスが心配になるはずだ。アランは私のギョッと見開いた目には気付いていいないようだった。
彼は毎日心配そうに学院の医務室を訪ねては長い時間そこで過ごした。お陰でアイリスが心配していた、他の生徒にちょっかいを出される暇もなく、尚且つアイリスのことだけを考えているアランの姿を見た多くの女子生徒達は涙をのんだに違いない。
「リディアナグッジョブ~! アランの前であたしのこと眠り姫なんて呼んでくれたんだねー!」
久しぶりに寮の自室に戻ったアイリスはせわしなく片付けをしていた。あの日眠りにつきそのままだったからだ。
「ま。初代聖女の末裔様だし、姫くらい使ってもいいでしょ」
アイリスの様子をと医務室に行く度に彼がいた。彼女がいない場で話したことなどなかったので、異国の物語を使って場をもたせることもあった。
「ガチでナイスアシスト~!! キュンキュンいただきました~~!!」
(な~んか今日のアイリス、どうも落ち着かないわね)
目覚めてからテンションが高い。アランが自分にかかりきりだった……からだけではなさそうだ。どうもカラ元気な気がする。
目覚めた後、次々と友人達がやってきていたので、成果はまだ聞けていなかった。あちらの世界でなにかあったのだろうか。
(うまくいかなかったとか?)
それならそれでしかたない。だいたい、前世の世界でこちらの世界の情報を集めるなんて、とんでもないルートだ。ほんの少しでもなにか新しい情報があればラッキーと言っていいだろう。
「あのねアイリス。その……私はアイリスが元気に目覚めてくれて嬉しいというか……えーっとね……あっちの世界の情報がなくたってどうにかなるというか……」
いい言葉が見つからない。今の私達には情報があるに越したことはないのは彼女もわかっている。
「あーそれがね。全部わかったよ。正妃様の予知夢の内容全部」
「全部!?」
カラッとした声だった。
「……それなら……アイリス、どうしたの? なんだか……」
なんだか苦しそうに見える。
「ギリギリセーフだったよ。あたし、もうあっちの世界には行けないからさ」
だからもう二度と眠り姫になることはないんだよね、と。笑顔のまま。
「それって……」
ダメだ。私の涙腺が意志に反して崩壊してしまった。
(馬鹿! 私が泣いてどうすんの!!)
自分に腹が立つが、どうしても涙が止まらない。
「泣いてくれてありがと。やっぱなんか寂しいね。ぽっかり心に穴が開くって……自分が死んだときにも感じるんだ~」
でもね、と話を続ける。
「最後にねーちゃんと話せたし、伝えたいことは伝えられたから」
そう言いながらアイリスも小さな涙をこぼした。だがすぐにまたいつもの笑顔で、
「あたしさ! 久遠先生に会ったんだよ! しかもしかも! 『頑張って!』って言ってもらっちゃったー! すごくね?」
私も涙を拭って、精一杯の笑顔で返す。
「うっそ!! 原作者自ら応援!? いいなぁ!! ガチで羨ましい!! どんな人だった!!?」
その後はしばらく、予知夢とは関係のない会話を続けた。惜しむことなく、前世の世界の話もした。もう帰ることのできない世界。
「なんつーか、今更だけど前世の記憶を思い出すのも考えもんだわ~だってあのジャンクフードの味を覚えたままこっちの世界で生きてく必要があるわけじゃん?」
アイリスはしっかり食べ納めをしてきたそうだ。羨ましいぞ。
「とはいえ、私達には絶対に必要ではあったけどねぇ~」
「それな。としか言えない~」
二人で肩をすくめて笑った。
「でもさ、私達が【アイリスの瞳】を読まなかったらどうするつもりだったんだろ?」
「久遠先生曰く、読むように仕向けてただろうって」
前世の我々に魔力も霊感が皆無だったことはもしかしたら正妃にとっては予想外だったのかもしれないね、と、あちらの世界に行ってビックリしている正妃を想像してしまった。
正妃の魂には、あちらの世界はどんな風に見えただろうか。
◇◇◇
「レシピ帳か……」
アイリスから聞いた『予知夢』の全容は衝撃的だったが、やはり私も気になったのは予知夢外と思われる記憶だった。
(何を書いてたんだろ)
魂の異世界転移失敗に備えて予知夢の内容を書き記した可能性もあるが、だとするとあちらの世界にレシピ帳の記憶を残す必要はない。あえてその記憶を残したということは、少なくとも我々に知らせたい何かではあるはずだ。
(久遠先生の中に最後に流れ込んできた記憶の内容ってことは、最終回の後にでも書いて欲しかったことだったとか?)
だけどその前に正妃の魂はこちらの世界へ引き戻されてしまったとしたら……。
(レシピ帳……レシピ帳……)
頭の中の記憶を総動員する。
「私それ、見たことあるかも」
「マジ!?」
十歳の頃、王を攻略しようと思ってお菓子作りに励んでいた時のことだ。王は私が献上したお菓子をとても嬉しそうに受け取り、その際に懐から取り出し愛おしそうにそのレシピ帳を見せてくれた。正妃の物だと言って。
「内容はお菓子の作り方ばかり書いてあったわ。おっかない夢の話なんてなかった」
その時の事を必死に思い出そうと頭を押さえ目を瞑り唸る。
(確か材料が珍しいものが多くって……セフィラ王国は本当に豊食の国なんだって思ったのよね)
正確に再現するのは大変そうだと。
「ってことは王様が持ってるってこと? 探さずにすんでよかった~」
「とは言えないかもね」
簡単に貸してと言って貸してもらえるだろうか。なんせ少なくともあの頃は肌身離さず持っていたわけで。
ということで、王に一番近い男に尋ねてみる。
「レシピ帳? ……ああ、確かによく眺めていらっしゃるな」
「いまだに!?」
「思い出深いものらしい。それがどうかしたか?」
困り顔の私を見て、レオハルトはすぐに何かあると気付いたようだ。だが、アイリスが前世の世界で情報ゲットしました! とは言えない。
「叔母様が気にしていて……あのレシピ帳は正妃様も持ち歩いていたと聞きました」
嘘ではない。叔母はいかに正妃がお菓子作りに情熱を注いでいたかも教えてくれていた。
「俺もそのレシピ帳は……お亡くなりになった時も側に置いてあったと聞いたことがある。正妃様が自らを殺める犯人を知っていたとしたら……そこに何か書いているかもしれないと考えているのか?」
「そうです。正妃様は『予知夢』だけでは証拠にならない可能性を考えたのではないかと」
これはアイリス、ルカ、アリバラ先生と考えて出した答えでもある。
この魔法のある世界でも『予知』なんてのは眉唾物。なんせ予知夢を視る本人達が隠しているくらいなのだから。
「ですからなにか……予知夢以外の何かを書き残していないかと思ったんですが」
「わかった。とりあえず、内容がどんなものかだけでも父上にうかがってこよう」
「いやいやいやいや! そんな簡単にいきます!?」
正妃様の話題はなかなか扱いが難しいのだ。下手なことはさせたくない。特に、レオハルトには。
「いかないだろうな。だが、うまくやるさ」
レオハルトはニヤリ、と不敵に笑った後、
「なにもかも抱え込まないでくれ。少しは婚約者を使ってくれよ」
カッコつけたいんだから、とおどけてみせた。
「あら。いい男に育ってきたじゃないですか」
「そこはホラ……顔を赤らめて欲しかったんだが……」
あれ~? と、今度は眉を顰める。
「いやいや。いい男に育ったのって私のお陰じゃないですか? 自分の功績を見るのは誇らしいですよ」
ある意味自画自賛だ。
(頼もしくなっちゃってまぁ~)
恐ろしい未来が近づいて来ている。だが、怖がらずにいられるのはきっと彼らのお陰だろう。




