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10 眠り姫

「恐れていたことがあああああ!!」

「なに!? どうしたの!?」


 女子寮の廊下、朝一でアイリスが泣きついてきた。


「アランが……告られてた……」

「あらまぁ。でも断ってるんでしょ?」

「そうだけど……そうだけどぉぉぉぉ!!!」


 今の状態でライバル増えたら困る……! と、深刻な顔でどうしようどうしようと狼狽えている。


(アイリスのメンタルに感謝だわ……)


 叔母からの情報をレオハルト達に告げた時、全員がしばらく呆然と佇んだ。もちろん、その魂が異世界まで飛んで行ったなんてことは伝えていないが、それでも龍王の正体が正妃シャーロットというだけで衝撃を受けるには十分だろう。


『父上……』


 特にレオハルトは顔面蒼白。彼は知っている。父親が彼の母親ではなく、今でも深く正妃を愛していることを。そこに複雑な気持ちがないわけがない。だがそうだとしても、あまりに父にとって残酷な未来が待っている。それに対してざまあみろ、なんて考えはレオハルトの中に存在しないのだ。


『第一側妃様とルーヴェル家ですか……可能性を考えなかったわけではないですが……』


 ジェフリーはやはり黒幕のことが気になったようだ。全ての元凶。こうなると城に毒を撒いた犯人も彼らでは? と思うのは当然の流れでもある。


『答えがわかっている、というのは大きいですね』

『だが内密とはいえ、聖女様がお調べになった上で証拠が見つかっていないということは簡単にいかないな』


 フィンリー様の言うことはもっともだった。だが、


『それが……ここ最近、彼らの動きが活発らしいんです。これまで調べても調べても尻尾がつかめなかったらしんですが』


 第一側妃マリーもルーベル家もどうも動きが雑に感じると叔母が訝しがっていた。


『魔封石じゃない? ルーベル家、めちゃくちゃ反対してたでしょ?』


 ルカが眉をひそめながら、本当に考えが古いだよね、と馬鹿にするように呟いた。


『確かに。王城の事件後、やはり強力な治癒師の育成の重要性を陛下に進言していたな……国民の魔力量を増やした方がよりこの国の未来には大切なことだと……』


 ルーベル家は、フローレス家という魔力量トップクラスの一族の恩恵を受けたレオハルトにも同意を求めるような言葉を向けたそうだ。


『……最後の仕上げに入ってるとか?』

『今更バレてもどうとでもなる力を手に入れたって……?』


 アイリスの言葉に嫌な想像が連鎖する。


『そもそも、マリー様もルーベル家もなんのために?』


 こうしてまた全員が押し黙った。


 聖女リリーとの()()は大きな成果は得られたが、それ以上に胸をえぐられるような真実だった。簡単に受け止められないほど。


 だが、アイリスだけは現実感がないままのようだ。王宮にたいした知り合いがいないというのが大きい。王宮周辺で育ってきた我々とは違う。ある意味いつも通りの反応が私をほっとさせた。


「アランがモテてる……」


 想定外の絶望と言わんばかりに、アイリスが手をワナワナとさせていた。


「話が違わない!? アランは平民なんだけど!?」

「ほら……奨学生って将来有望だから……」

「なにそれ!? 」


 私の十一歳の誕生日を期に始まった平民向けの奨学金制度。この制度を使った卒業生達が軒並み出世をし始めていた。ということで、在学中から()()()()()()()、と考える学生も増えている。


「ほら最近じゃ貴族の肩書より財力って令嬢も増えてるし」

「じ、時代の流れ……!」


 そういう意味で肩書も財力もある我が弟ルカもモテにモテているが、本人は断固として婚約者も恋人も作る気がないようだった。


 校舎までの道中もアイリスは悶々としているようだった。


「それどころじゃないってわかってるんだけど~わかってるんだけど~ごめん~ちょっとあっちの件(告白)で頭がいっぱいになっちゃって~……」


 好きな人が告白されているシーンがよっぽど堪えたようだ。

 アイリスもアランにひと思いに気持ちを伝えたいと思う日もあるようだが、今はまだ彼にとって負担になりかねずもう少し自分に気持ちが向くまでは……と抑えていると言っていた。


「なんかもう……告れるだけでも羨ましい、みたいに考えちゃって……」


 思いを伝えられずに終わったらどうしよう……と悪い風に想像を膨らませているようだ。こういった理由もあり、『初代聖女の末裔である!』という宣言を見送ったのだとも教えてくれた。これ以上アランとの距離が広がらないように。


「あ……」


 そんな中でも好きな人の後姿にはすぐに気が付くというのが恋する乙女の能力。意中の彼は仲良く友人達と笑いあいながら私達の前を歩いていた。途端にアイリスは拗ねるような、でも愛おしい者を見る目をしながら、


「こっち振り向け~……こっち振り向け~……」


 ブツブツと呪文を唱えるように呟き始めた。


(いいなぁ……青春だなぁ……)


 微笑ましく感じる。


(私も……未来を変えられたらこんな余裕が出るのかな……)


 でるといいな、と思う。そういう感情に振り回されてもいいやと思える心の余裕が純粋に羨ましい。


 アイリスの()()が止まった。


「リディアナ……ごめん、急だけど行って来るわ……」

「アランのとこ? いいよ……って……」


 アイリスの体がグラリと揺れた。


(まさか……!)


「あっちで……頑張って来るから……アランの……見張り……よろ……」

「えっ! アイリス!」


 そうして地面に倒れ込む前に彼女の体を抱きとめたのはアランだった。慌てて駆け寄って来たのか息が上がっている。


「……治ったと思ってたのに」


 アランはアイリスが突然の眠りにつくことを知っていた。その内目覚めることも、彼女の体に害がないこともわかっているが、心底心配そうな表情で彼女をそのまま医務室まで運んでくれたのだった。


(う~ん……こりゃ見張ってなくても大丈夫そうだな……)


 アランはこの後再びアイリスが目覚めるまで、時間の許す限り彼女の側にいた。


◇◇◇


「ぶはっ!」


 魂が世界を行き来するといつも水中から出てきた時のような感覚を覚える。


 目が覚めるといつもの病室の天井が見えた。点滴のチューブはいまだに慣れない。違和感と動き辛さを瞬時に感じ取る。体の挙動もイマイチ。また筋力が減ったのだろう。治癒魔法が使えないのはなかなか不便だ。


(あたしはアイリス。アイリス・ディーバ。初代聖女の末裔。あたしはアイリス……あたしはアイリス……)


 ここまで唱えなければ、異世界のアイリスの記憶が遠のくのだ。


(やるべきこと。原作情報の収集。特に、描かれていないシーンを探る)


 ベッドサイドにあるはずのスマートフォンを探す。日付も時間もわからない。


【アイリスの瞳 裏話】【アイリスの瞳 創作秘話】【アイリスの瞳 作者 経歴】


 片っ端からインターネットで検索をかける。最中、看護師があたしが起きていることに気が付いてバタバタと慌ただしくなってしまった。


「お姉さんが喜ぶわ。昨日もお見舞いに来てたよ」


 お見舞いの度にあたしの髪の毛を寂しそうに撫でているのだと教えてくれた。


(ねーちゃん。相変わらず優しいな)


 そうだ! 頭が混乱していてすっかり忘れていたが、姉はアシスタントになったと言っていた。【アイリスの瞳】の作者の。

 姉に連絡するとすぐに病院に駆けつけてくれた。両親へは病院から連絡がいっているにもかかわらず特に連絡もない。別にいいけど。


「彩芽! よかった!」


 いつも通り半泣きで姉は病室に飛び込んでくる。


「ドーナツ。まだ食べたらダメだって言われたから……病院からOKでたらすぐに買って来るからね!」

「ありがと。よく覚えてたね、あたしが好きなもの」

「あたりまえじゃん!」


 もう二度と食べられそうにないから、無理してでも食べたいところではあるが、それはやるべきことをやってからにしよう。


「ねーちゃん。仕事どう?」

「え~! めっちゃ楽しいよ!」


 なんせ憧れの作者と仕事をしているのだ。ずっと姉の周囲を纏っていた悲壮感が消えているのがわかる。


(よかった。ねーちゃんが幸せそうで)


 これで心置きなくこの世界を去れそうだ。


「ねーちゃんを困らせたくないんだけどさ……」

「なになに? なんでも言ってよ!」

「『アイリスの瞳』の作者の……久遠沙羅(くおんさら)先生に会いたいの」

「えっ!?」


 マジか……と、明らかに困った顔をさせてしまった。


(ごめんね)


 困らせたくはない。だが、なりふり構ってもいられない。


「ねーちゃん。これからする話を聞いて、私がおかしくなったって思うかもしれない。でも、最後まで聞いて欲しいの」


 あたしが眠っている間どこにいて何をしているかを話した。姉はドン引きするでもなく、いたって真面目な顔をして聞いてくれている。


「アイリスの瞳の世界……」

「信じられないかもしれない! けど、どうにかあっちにいる友達を助けたいの……先生がもし他にも何か知っていたら、その情報は確実に未来を変える力になる。だからどうしても話を聞きたくて!」


 祈るような気持ちで訴えかけた。

 青ざめた表情で姉は口元を抑え……、


「……先生、【アイリスの瞳】は頭の中に流れ込んできた誰かの記憶を基に描いたって言っていたわ……」


 小さく呟いた。


「先生に頼んでくる……ちょっと待っててね」


 あたしが託した手紙を大事そうに鞄へしまい、いつもの優しい顔で頭を撫でると、少し名残惜しそうに姉は病院を後にした。

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