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10 ファンサービス

 レオハルトの言った通り、あの後すぐに妃教育のお知らせがやってきた。そもそも私が氷石病への感染でなあなあとなっていたものが、今回の婚約破棄騒動で王室側、特にリオーネ様が焦って準備を進めたらしい。


 登城初日、当たり前のようにリオーネ様の部屋へ案内された。緊張のしすぎで心臓の当たりがぼやぼやとする。一応将来義理の母となる相手だ。悪印象を持たれてイビられたらどうしようと不安になる。流石に妃相手にやり返したらまずいだろう。

 リオーネ様は侍女達にお茶を用意させた後すぐに全員を下がらせた。部屋には私と二人きりだ。


「まずは息子……レオハルトの件を謝ります。私の教育がいけなかったわ」

「いえ……」


 いいんです。とは言ってあげない。今回の相手は大人だ、それなら大人げなくてもいいだろう。

 リオーネ様は今日も沢山の宝石を身に着けていた。大きなものばかりで重そうだ。


貴女(あなた)も思うところはたくさんあるでしょうがどうか耐えてね。決して悪いようにはしないから」

「はい……」


(嫌だよ! 耐えるって何に!?)


 そうは思っても流石にそんな物言いはできない。私の()()から発生する常識が邪魔をする。これがなかなか厄介なのだ。


「それにしても良かったわ。貴女はとても活発なご令嬢と聞いていたから。噂なんて当てにならないものね」


 肯定も否定もしないで、模範通りの笑顔で返す。それにしても会話が盛り上がらない。特に話したい話題もないし。相手が相手だけに『よいしょ』する気にもならない。

 その時、救いの手が差し伸べられた。レオハルトが部屋に現れたのだ。


「レオハルト、リディアナ嬢に城内を案内してあげてちょうだい」

「はい」


 良かった。リオーネ様よりレオハルトの方がずっと気楽にいられる。側妃様は少しでも私達の仲を深めたいのだろうか。護衛やお付きは少し離れたところを歩いている。それにしても城内は広い。歩いても歩いても建物がある。


「この城は初代アーチボルト王の時代にはほぼ今の形になっていたそうだ。特に力を入れていたのが各塔の部分で、街中のどこも見渡せるように……」


(なんか、観光ガイドみたい)


 どうもさっきからレオハルトの様子がおかしい。これまでと様子が違っておとなしいのだ。目も合わないし、少し他人行儀でもある。かと言って以前のように蔑ろにされているようには感じない。歩調を合わせてちゃんとエスコートしてくれているのがわかる。


「殿下、どうかされましたか?」

「え!?」

「そんなに驚かなくても……なんでもないのなら良いのです」

「……君がここにいるのがなんだか落ち着かないんだ」


 少し顔を赤らめてうつむいた。


「殿下……照れているのですか?」


 なんだなんだ。可愛いいやつめ。婚約者が自分の家にきて母親と話したのが気恥ずかしかったのか。ん? これじゃあ小学校の家庭訪問みたいだな。


「そんなことない! 君こそ今日はおとなしいじゃないか!」


 相変わらず顔は赤いままだ。


「当たり前ではないですか。城内であんな振る舞いできますか」


 そのくらいの常識は持ち合わせている。わざわざ自分の評価を下げに行くわけないだろう。ただでさえ悪い噂だらけのようだし。

 外に出ると、少し遠くで騎士たちが訓練しているのが見えた。そこから誰かが手を振っている。

 

 途端に心臓が飛び上がり、勢いよく高鳴り始めた。あの髪色、シルエット……まさか……。


「フィン……リー……様……!」


 なんとか言葉を絞り出す。


(うそうそうそうそ本当? 本物? 本物だよね?)


 レオハルトの方に目で確認をとると、少し苦々しい表情をしてうなずいた。


「君、僕の婚約者だということを忘れないように」


 後方に視線を移しながら小声でつぶやく。確かにその通りだ。こっちが有責と思われる婚約破棄は避けたい。なんとか落ち着かなければ。

 遠くから走ってくるのが見える。どんどんと人影が大きくなっていく。いや無理! 無理無理! 普通になんてできない! 心の準備ができていない。どうしよう、パニックになりそう。


(ずっとずっとずっと……死んでからも憧れていた人だ)


 目も前に現れたフィンリー・ライアスの神々しさと言ったら……もう! この世のものとは思えない。


「はじめまして。リディアナ嬢、お噂はかねがね。本当にお美しいですね」


 輝くような笑顔と優雅で美しいお辞儀。十歳のフィンリー様は私が読んでいた物語が始まった時の姿よりも、可愛らしさに磨きがかかっていた。この姿を見るために生まれ変わったのかもしれない。

 呼吸ってどうやってしてたっけ? というくらい生命維持の全てを蔑ろにして彼を見つめる。


「あ……う……あの……リリリリリディアナ・フロッフローレスでございます。どどどうかなか、仲良くしてくださいませ……」


 唇が震えたままぎこちなく頭を下げる。ダメだテンパってキモいことになってしまった。助けて……誰か助けてーー!!!


「ふふ……緊張されなくって大丈夫ですよ。可愛らしい方だ」


(それはフィンリー様! 貴方様のことです!!!)


 もう声を出すこともできない。


「本当にな」


 レオハルトの視線が痛い。ジトっとした目でこちらを見てくる。


「はは! 二人の仲が少しこじれたと聞いて心配してたけど、大丈夫そうだな」


 その後レオハルトの肩をポンと叩くと、


「それではまた」


 颯爽と訓練場の方へ戻っていった。


 フィンリー様の姿が見えなくなるまで見送った。どうしよう、衝撃が強すぎて動けなくなってしまった。放心状態とはこのことを言うのだろう。


「リディアナ嬢はお疲れのようだ。どこか休める部屋を用意してくれ」


 レオハルトの声にハッと我に返った。すぐに来賓室のようなところへ連れていかれ、ふかふかのソファに案内される。


「君に治癒師は必要ないだろうけど、すぐに宮廷治癒師が来るだろう」


 少し落ち着いたからか、急に目から涙が込み上げる。一瞬我慢するも無意味だった。興奮と感動……急激な感情の高ぶりで涙が止まらない。レオハルトはギョッとしてうろたえ始めた。なぜ泣いているのかわからないようだ。


「そんなに好きなのか!?」

「いいえ」

「こんなに泣いているのに!?」

「どちらかというと崇拝の対象というか……」

「!?」


 恋愛的な好きと似てはいるが、これは大好きなアイドルへの好きと方向性は同じだろう。わきまえているという表現が正しいか。


「生きてる……」

「それはまあ」

「ファンサがすごかった……」

「ふぁんさ……?」


 今日のこの思い出だけで一生生きていける気がする。レオハルトはわけがわからないという顔だ。混乱させて申し訳ない。


「殿下、今日はありがとうございました」

「いや……」


 私がフィンリー様のことを言っていたから会わせてくれたんだろう。いいところあるじゃん! 今までごめんね! 


 結局この日はそのまま帰宅することになった。どの道フワフワソワソワしていてもう何も頭に入らなかっただろう。


「スー……ハー……」


 帰り際に何度か大きく深呼吸をする。


「どうした? 大丈夫か?」

「フィンリー様がいる空間の空気を吸っておきたくて」


 婚約者のドン引きした顔をみて、妃教育初日はお開きとなった。

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