2 ヒロインの相手役
アイリスから彼女の想い人、アランを紹介されたのは入学式の午後。彼はヒロインの言うとおり大変な好青年で、腹の探り合いばかりの貴族社会に疲れた我々の心に、その穏やかな笑顔が染み入ることになった。
「リディアナ様。ご恩に報いるため精一杯学んで、きっとこの国のお役に立てる男になって見せます」
「ああルカ様! 洗濯機、ついにうちの村も共同購入いたしました。貴族のルカ様が我々のような平民のためにあのような素晴らしい魔道具を作っていただき本当に感謝します。これで村の皆、冬の苦労が一つ無くなりました!」
(う〜〜〜ん……こりゃレオハルトといい勝負になったわね……)
ハッキリとした目鼻立ちの正統派イケメンレオハルトとは違い、アランは所謂シオ顔のイケメンだ。涼しげで綺麗な顔立ちをしている。これでアイリスの言うとおり性格がいいとくれば、アイリス相手でも村にはライバルがたくさんいたというのも納得の事実だ。
もしレオハルトが原作通り、アイリスに惚れていたらまた別の少女漫画が始まっていたに違いない。
(って、私はまた現実逃避して〜)
記憶を取り戻して六年の苦労もあってか、レオハルトが王になる可能性をグンと高めることはできた。しかしまさかレオハルトが元悪役令嬢の私に対して本気になるとは思ってもいなかったので、なんの対策もしていない。
(「対策」なんていうのは不誠実か……いや、でもなぁ……)
私は完全に逃げ腰だ。あらゆる覚悟ができていない。王妃になる覚悟もそうだが、レオハルトとこの件で本気で向き合うこともそうだ。いつものらりくらりと本気の言葉をかわして、不誠実極まりない。卒業まで猶予があるとはいえ、いつまでもこのままではいけないのだ。
「あたし達、今から学生街に買い出しに行ってくるね! ……アランの新しい服を買わなきゃ!」
「ええ!? 新品を持ってきたから大丈夫だよ。動きやすいし、ちょっと冒険者っぽくて気に入ってるんだ」
「いやいや。ここで冒険者の服着てる人なんていないから。リディアナの奨学金貰ってるなら、チャラチャラした服装で人前に出ちゃダメでしょ!」
(冒険者服がチャラチャラ……?)
あのアリバラ先生が描いた予知夢の絵とは違う服を買うの、とアイリスが昨晩言っていたことを思い出す。
なかなか苦しい言い訳をしたアイリスだったが、アランの方は先輩であるアイリスの言うことも最もかもしれないと感じたらしく、大人しく従うことにしたようだ。
「動きやすい服装の方がいいと思ったんだけど……そうか、ここは王都に近いもんなぁ。もったいないことしちゃったよ」
アイリスは久しぶりのデートにルンルンとご機嫌に出かけて行った。
「アランにはなんにも教えないんでしょ?」
ルカの言う『なんにも』とは、予知夢や前世のことだ。
「うん。アランは文字通り命を懸けてアイリスを守るタイプだからって」
「それで言うなら僕だってリディのことが心配なんだけど〜」
「まーね。でもほら、ルカは私の半身といっても過言でないわけで」
「都合のいいときだけ双子扱いしないでよ~?」
姉弟で入学式で浮かれている新入生達とすれ違いながら、学生寮へと戻る。途中ルカを見てキャッキャする令嬢や、わざわざ律儀に挨拶にくる奨学生達に手を振りながら。
「二年時の一番大きいイベントは例のオークションだって言ってたよね?」
「そうそう。妖精がいるやつ」
時期は冬なので、まだしばらくある。
(この国、妖精と縁深いのよね)
その他の事件性のあるイベントといえば、郊外学習で予想外に強い魔物に遭遇し、レオハルト一派が倒す話が一つ。
それから騎士団からの同行依頼を受けたアイリスと、それにくっついて行ったレオハルトが大きな戦闘に巻き込まれ、森の中二人で行方不明になってしまい、道中川に落ちて二人でずぶ濡れに。洞窟の中で凍えないよう一晩中二人でくっついてる系の話がある。
『不謹慎だけど、アレンとソレやりたい。レオハルトではなく』
わりと真顔のアイリスが印象的だった。
原作では大変盛り上がった部分だが、残念だが現実にはなりそうもない。
「あ」
寮の玄関前でいつだって会いたくない人物に遭遇した。ライザ・カルヴィナだ。実家は大変そうだが、本人はいたって元気に悪役令嬢を続けてくれている。
「第一王子の婚約者だというのに、こんなところを彷徨いているなんて。自覚が足りないのではなくて?」
という嫌味を言うくらいには。
「それはお互い様では?」
レオハルトと比べたら第二王子が可哀想だが。
意外なことに、ライザは第二王子を捨てることはなかった。彼女の父親である現カルヴィナ当主がそれを許さなかった、とも聞いたが、本人もそれで納得して婚約者を続けているらしい。
『こんな時に第二王子を支えるのが婚約者の——この国の貴族としての務めでしょう』
なんてことを言っていたという噂が回っている。
(うーん……あの王宮の事件の時になにかあったのかな)
彼女も治癒師の一人として、第二王子周辺の治療に全力を尽くしたとも聞いている。自分の治療を優先しろと言って暴れた第二王子をブン殴って諌めたなんて話もある。
(まあこの気の強さ。王子相手に似たようなことはやったんでしょうね〜)
私も人のことは言えないのでそこをネチネチ攻撃するのはやめよう。ブーメランになる。
ライザは私をひと睨みした後、取り巻きを連れて去っていった。学生街へ繰り出すようだ。
「僕が聞いた情報だと、ライザが第二王子をガンガンに鍛え直してるんだって」
「私もエリザから似たような話を聞いたわ」
王子を溺愛していた第二側妃もいない今、遠慮なく指導することができるのだろう。なかなか苦戦はするだろうが、後ろ盾がカルヴィナ家しかいない今となっては第二王子も頑張るしかない。
(原作のライザは面倒見もよくって他人に勉強を教えるのがうまいっていう設定があったし)
原作のアイリスもその設定に助けられていた。今回は第二王子が結果的には助けられることになるだろう。
「レオハルト様達は楽しんでるかな~」
「楽しんでるかはわかんないけど、うまくはやってるんじゃない?」
レオハルト、ジェフリー、そしてフィンリー様は入学式後、非公式ではあるが、ヴィンザー帝国の次期皇帝ジュードとお茶会中。現皇帝の体調が思わしくなく、そう遠くないうちに世代交代の可能性が高いため、お互いが学生のうちに交流をしないかと持ち掛けられた。
(確かに卒業後すぐにジュードは皇帝になってたな)
そしてそんな人物にレオハルトが次期王に最も近い男と思われているということだ。
私は参加を断られた。ジュードはすぐに女性を口説く。レオハルトもヴィンザー帝国のことを甘く見ているわけではないが、
『婚約者が目の前で口説かれてなにもしない男と思われたくない!』
ということで、最初から不参加ならその心配もないだろうとちょっと面白そうなイベントを諦めたのだ。ちなみにルカは私の見張り。
「ジュード様、軽いけど心根は悪い人じゃないと思うんだけどな~軽いけど」
帝国留学の話が出ていたくらいなので、ルカはここ半年でジュードと一番交流がある。
それぞれがそれぞれの変化の中、学園生活二年目スタートだ。




