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第一王子、悩む【幕間】

 この国の第一王子を生んだにもかかわらず、母上はいつも隠れて泣いていた。決して周囲にその姿を見せようとはしなかったが、幼い頃はいつもピリピリとした母上のことが少し苦手だった。


(母が平民というだけでなにが違うというのだろう……)


 王宮では第二側妃様と生まれたばかりの第二王子のもとにはいつも多くの家臣が集まっている。皆あの小さな赤ん坊が未来の王になると思っているのだ。


 だから母上がこれ以上隠れて泣かずにすむように、いったいどれほど勉強し剣術を磨いただろう。なにもかも一番でいるよう心掛けた。

 お陰で周囲の評判は悪くないようで、母上の纏っていた空気が少し穏やかになったのがわかり、より一層励んだ。


 そんな中母上は、俺の為にと同世代の子息を集め、仲を深める機会も作ってくれた。なかでもフィンリー・ライアスとはとても気が合った。彼とは何をしても楽しかったのだ。勉強も剣術も。こっそり木登りをしたり、水辺で遊んだり……心から笑えるようになったのはこの頃からだ。

 母上が平民であることなど少しも気にしていない。同時に、そのことを気にしている俺をバレないように気にかけてくれているようだった。


(味方がいると思うとこんなに気持ちも違うのか)


 お陰で随分と生きやすくなった。世界に対する安心感が生まれたと言ってもいい。感謝してもしきれないくらいだ。


(リディのことは……いつ好きになったんだったかな)


 今ではどうして婚約式のあの日、あんな態度をとってしまったのか。後悔が波のように押し寄せてくる。

 自分の立場はわかっているというのに、結婚相手もなにもかもすべてを勝手に決められたのが悔しかったのだ。

 これほどいい王子になろうと頑張っても、自分の意思は何一つ反映されることはない。ご褒美はなし。そんな事実を突きつけられ、当てつけに不貞腐れるような態度をとったのだ。リディは関係ないのに。


(そもそも見返りを求めて頑張っていたなんて……情けない……)


 好きだと自覚したのは学院に入学した後だったが、実際のところ彼女が妃教育を受け始めたあたりから惹かれていたように思う。……彼女に好かれているフィンリーが羨ましい、と感じた記憶があるからだ。

 だが同時に、彼女がフィンリーに対してキャアキャアと声を上げるのは見ていて楽しかったのだ。今ですら、やれやれ……と、思いながらもつい笑みがこみ上げてくることもある。そしてそれとは別に、いつもリディの一番でいるフィンリーのことが強烈に羨ましい。


 そしてフィンリーも同じようにリディアナのことを大切に思っている。彼女はいつだってフィンリーのためなら全力で、全てを投げ出しても彼の為に行動を起こしているのだから。それに気付かないフィンリーではない。


(やましい感情じゃない……というのが問題になるなんて……)


 勝てない、と思ってしまう。二人の関係に。


(愛を囁くことも、触れることもなくてもかまわない関係なんだ)


 そんなものがなくともかまわないのだ。お互いが存在しているだけでいいなんて。


(俺は好きだと言われたいし、もっと触れられたいし、もちろん触れたい……)


 リディが口づけしてくれた手の甲を見つめるのは何度めだろう。


(あれは敬愛のキスだった)


 飛び上がるほど嬉しいが、同時にそれより上に行けるかという不安がまとわりつく。


 思い切って彼女の弟に相談をしてみる。なんせ双子だ。通じ合うものもあるだろう。


「リディの気持ち~? 一番になりたい~? それ、本気?」


 マジ? という顔で見るのはやめて欲しい。だけどそのルカの呆れるような顔がリディに似ていて、ちょっと泣きそうになる。彼女に否定されているようで……我ながら情けないが。


「……リディの夫になることはできるよ思うよ。一番だなんだの言わなければ」

「え!!? ど、どういうことだ?」


 ようは脈ありってことか!? だが一番じゃない脈ありとはどういうことだ!?


「フィンリーはもう別枠。完全に別世界の人間だと思った方がいい。もうあれは使命感のようなものも含まれてると思うよ」

「使命感? なんの使命が?」


 そう尋ねるとルカは一瞬しまった! といった顔になった。


「とにかく! 現実世界のリディがこのまま結婚していいなって思う相手になってください!」

「現実世界……」

「ちなみにリディはまだ現実世界にいないよ。この件……自分が封印されるようなことをしやしないか、実際のところ不安に思ってるみたいだし、それが解決するまでは愛だの恋だのに本気で向き合う余裕がないんじゃないかな」 

「……なるほど」


 そうか。それはそうだ。俺は絶対にリディが『厄災の令嬢』にならないと思っているから、その先のことを考えてしまうが、リディはそうじゃないんだ。なんせ一番の当事者なんだから。


(これだからリディに相手にされないんだろうな……)


 きっとフィンリーは彼女のそんな気持ちに気付いて寄り添っている。俺の時もそうだった。


「……そんなに落ち込まないでよ~」

「うぅ……すまない……リディの力になりたいのに、いつも独りよがりで……」

「そんなことはないって。リディも殿下のこと頼もしく思ってるし、僕からみたら十分見込みあるからさ」

「そ、そうか……!?」


 困ったなぁという笑顔もリディに似ている。


「まあリディは難攻不落に見えるだろうけど、情に絆されること多いし、長い目で見てよ」 

「それは諦めるなってことか?」

「そうそう。なんだかんだ、殿下のこと気に入ってるし」

「気に入ってる!?」


 その表現はちょっといただけないが……。


「とにかく、順位をつけるところから考えを改めてください! 第一王子にこの感覚を改めろっていうのも難しいかもしれないけどさ!」

「そうか……善処しよう……」


 なんせ俺は順位次第で王になるかどうかが決まる世界で生きている。


(愛の恋だのに順位をつけるのが間違っているということか? そんなことあるのか……?)


 今度はルカに、これはわかってないな、という顔を向けられた。


「……これまで通りでいいと思うよ。リディのこと、大切だって伝え続けて。それだけできっとリディの力になれるから」

「そうか……」


 難しく考える必要はないということだろうか。


◇◇◇


「ちょっとレオハルト様!? 急に花束って……あれ? 今日なんかの日でしたっけ?」


 ヤバイ! なんかの日だっけ!? と焦るリディアナも愛おしい。


「いや、リディが喜ぶといいな~と思ってな。この花好きだったろう?」


 小さく繊細な花が群れて咲いている。半透明で、まるでガラスでできているようにも見えた。ライアス領の付近でしか見つからないものだ。成長するのは妖精の力が必要、なんていう逸話もある。


「えー! よく覚えてましたね。それ言ったの十歳の時じゃなかったですか?」


 嬉しそうにその花束を抱え、じっくり眺めていた。


「ありがとうございます!」


 満開の笑顔だ。今はその笑顔を側で見ることができることを幸せに思おう。 

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