51 代役
レオハルトが甘い言葉を吐いている間も、私は父の出自によって繋がった原作の裏話に感動していた。
「リディ! 聞いてるのか!?」
「聞いてます聞いてます」
ジェフリーが苦笑いをしている。レオハルトは不満そうにジト目をしていた。
「それじゃあ聞きたくなるように重大発表をおこなう!」
「へ?」
「父が国外にいる間、王の代わりを務めることに決まった!」
「きゃー! おめでとうございます!!!」
それ早く言ってよ! 本当に重大発表じゃないか!
つまり次期王に一番近いのはレオハルトということだ。よしよし、なかなか順調だぞ。ドヤ顔も許す!
「リオーネ様もさぞお喜びでしょう!」
「いや、それがだな……」
ジェフリーと顔を見合わせて伏し目がちになってしまった。
「今回の事件に関係があるのではと怯えていらっしゃるのです」
どうやらこの件は夏季休暇が始まってすぐに決まっていたことらしく、その後すぐに王城、しかも王族の部屋を中心に毒が撒かれてしまったことから、ヒダカ国との取引きや王の代理がレオハルトであることに不満がある者の仕業ではないかと考える家臣達も多いそうだ。
「ん~でも反対しそうなのって貴族派連中だけど、そこはかなり被害を受けてるし、レオハルト様側は全員無事だし……」
「そうなんですよね……」
ジェフリーの表情から彼もその線は薄いと思っているのがわかる。
「喜んでいただけないのは残念だが……母上が、王にならなくても生きてさえいてくれたら良いとおっしゃってくれたのが嬉しかった」
少し困り顔で照れたように微笑んだ。本当はどんな困難があろうとも王を目指して生きていかなくてはならない立場だが、個人として母親の愛を感じられたのだろう。
(本当に変わったんだな)
原作ではレオハルトが王になることを切望していた。第二側妃ほど歪んではいないが、並々ならぬプレッシャーをレオハルトに与えていた。レオハルトも母の期待に応えようと必死だった。
王の代理とはいっても実務は宰相がおこない、何か特殊な事情があった場合のみ、王としての務めを果たす。
(だけど実質王様じゃん! ああ、よかったー!!!)
王がまともな判断できる人でよかった!!! 祝杯を上げたいが……それはやめておこう。
犯人はまだ捕まっていない。だが王はやっとこぎ着けた交渉の場を逃すわけにはいかないと考えているようだ。
期間は約三ヶ月。父の故郷ヒダカ国まで船で片道二週間はかかるので、王にしてみたらかなりの長旅になる。そのまま周辺諸国も外遊して戻って来る予定だ。
さて、ここからはバタバタだ。
まず学生街にある賭博場が摘発された。もちろん、原作とは違う。アイリスもレオハルト達もノータッチ。学園都市のトップたる学園長の一声であっという間に小悪党達の組織は壊滅。
「レヴィリオに薬を渡した女ってのはわからずじまいか〜」
「うん。でも王宮の襲撃も毒を使われたからかなり念入りに調べてるらしいよ」
だがどうやら手詰まりという噂も聞いている。こうなるとますます『謎の女』が気になる。
(レオハルトが権力握ってる内にどの程度調べが進んでるか聞いておこう)
原作でわからないことはどうにも不安に感じてしまう。早くわかるといいのだが。
そしてリッグス伯爵夫妻とレヴィリオ、ラヴィアの処遇も決まった。
現場にいた私達は王の側近に当時の状況を説明した。端から助け出すつもりで居座っていたことも正直に話した。どうせ学園長側からバレているだろうし。
(というかエリオット。このことを見越して学園長が全てを王に話していることを教えてくれたのね)
おかげで嘘をつかなくてすんだ。知らなかったらどうにか上手く誤魔化す言い訳を考えて心証を悪くしてしまったかもしれない。
伯爵夫妻は処刑こそ免れたが、鞭打ちと囚人労働行きが決まった。期間はラヴィアが奴隷にした人全員を解放するまで。海外に売られてしまった者もいるからそれなりに時間はかかるだろう。
レヴィリオはまさかの伯爵家の爵位を継ぐことになった。
「我々は国を支える貴族にふさわしくありません。陛下に爵位をお返しいたします」
「それはならぬ。爵位を継ぎ、良い領主になるよう努めなさい」
今、リッグス家にまともな家臣は残っていない。全員ボコボコにされ捕まっている。
しかし今回の件が明るみになり、こうなる以前にいたまともな家臣達がまた領地の力になりたいと手紙をよこしていたのだ。また覚悟を決め両親と戦ったレヴィリオを見て、王はリッグス家に自浄作用はきちんとあると判断した。なによりあのレヴィリオ、領民からは人気がある。親と子を別として判断をくださいたのだ。
レヴィリオが学園にいる三年間のみ、王都から派遣された有能な人材を貸してもらえることになったが、その期間が終わるまでに体制を整えなければならない。
「気合い入れて学園で人材を探すか……」
悪い噂は広まるのが早い。リッグス領はまだまだしばらく大変だろう。だけどレヴィリオの顔はスッキリしていたし、本人もやる気を出していた。私も出来る限り応援したいと思う。
さてラヴィアの方は、王のヒダカ国への旅に付き従うことに決まった。どうやら王の言っていた条件とはこのことだったようだ。
「王宮に勤める契約魔法の使い手が高齢でしてね、長旅は難しく新しい方を探していたのです。実力は証明済みですし」
ラヴィアが奴隷にした者達は、細かな記録を付けていたリッグス家元伯爵のおかげである程度居所がわかっていたので、王命によって王都に集められることになった。彼女が各地を探し回るより早く済むだろう。
奴隷を買った者達は多額の罰金を払うことになっている。普通に雇っていた方が数十倍安上がりなくらい。奴隷を海外に売ってしまった者など大変だ。取り戻すまでにかかった日数分、地下牢行きが決まっている。部下を総動員して探しているらしい。
「王に感謝するなら良く食べ良く眠り、早く傷を治しなさい」
ラヴィアは罪悪感から傷の治療を拒否していた。食も細く、いつもうなされているらしい。しかし王の名前が出れば従わないわけにはいかなかった。それでも何かと理由を付けて治療を先延ばしにしている妹を見かね、兄のレヴィリオは許可を取ってキクリを王都へ呼び寄せた。
「お嬢! まあたこんなに痩せちまって! 食べると約束したじゃないですか!」
キクリの大きな声でラヴィアが吹っ飛んでいきそうだ。
「なぜキクリが!?」
「そりゃあ~お嬢が心配で来たに決まってるじゃありませんか! さあほら! 俺がうまいもん作ってやるから! ちょっと厨房借りるよ~!」
そのままの勢いでファーガソン学園長の屋敷内の厨房を探して徘徊を始める。厳格な主人に慣れているこの家の使用人たちは面食らっているようだ。一瞬間があってからキクリを厨房へ連れて行った。
キクリはその大きな体と大きな手で手際よく料理を作っていく。フライパンがあんなに軽そうに見えたことはない。屋敷中にいい匂いが広まる。貴族の家は出ないような家庭料理ばかりだが、ホッと安心できるような味だった。普通にうまい。アイリスはお代わりをしていた。
「美味しいわ……」
「そりゃあお嬢の好きなもんばっか入れてるからな!」
なんとも微笑ましい二人だった。私とアイリスの視線を感じ取ってラヴィアは恥ずかしそうにしていたので、急いで視線を外すが、二人の会話を聞き逃さないように耳をフル稼働さる。
「そういやお嬢、嫡子じゃなくなったんだってな!」
「ええそうよ。私は王城で働くの。一生ね」
「婚約者はどうなったんだ? あのオッサン……なんとか男爵って言う……」
「もちろん婚約破棄よ。彼もかなりの罰金を払ったわ」
ラヴィアは感情なく淡々と語っていたが、キクリはどんどん嬉しそうに声のボリュームが上がっていった。
「そうかぁ! そしたら俺達! 結婚できるな!!!」
「はあっ!?」
ラヴィアのこんなに大きな声を初めてきいた。私もアイリスも、突然の言葉にすすっていたスープを鼻から出すところだった。レヴィリオはキクリの性格がわかっているからか、少し苦笑しながら彼の料理を食べ続けている。
(ダメ! まだダメよ! 私達はモブ……ただの背景よ!)
アイリスとアイコンタクトで確認しあう。ああ、なんて幸せな空間……! ニヤニヤが止まらないわ! この夏二回目のプロポーズに遭遇だ。
「きゅきゅきゅ急に何を言い出すの! こここここんなところで!!!」
「だって前に結婚のお願いしたら、嫡子だからダメだって言ったじゃねぇか! もう違うならできるだろ!」
やったー! と大喜びのキクリが可愛い。くしゃくしゃの笑顔と大きな体で小躍りしだした。
「貴方と私じゃ立場が違うのよ! そんな……許されるわけ……」
「大丈夫だ! 坊ちゃんが当主になるんだろ? なあ、いいよな坊ちゃん!」
妹が兄の方を向くと、レヴィリオはスプーンを片手に親指を立てていた。
「あ、あの……あのねぇ!」
「あー! もちろんお嬢が学園を卒業した後でな! 俺だってそれくらいの常識はある!」
「そ、そう……ならいいけど……」
いいんだ! どうやら彼に色々と理由を付けて断ろうとしても無駄なことを思い出したのだろう。いやあ、いいものを見せてもらった。
そうしてやっとラヴィアは傷の治療を受けてくれるようになった。
「本当は……全ての人を解放した後まで治療を受けるべきじゃないと思ってたんです……今もですが」
「だろうと思った~」
アイリスが手首の縛られた痕を治療する。私は足を。
「自分を罰したい気持ちはわかります」
罪悪感に苛まれる気持ちは私も十分にわかる。私が変えてしまったかもしれない未来で傷ついている人がいると知った時、どうしようもなく自分を刺し殺したくなる。だが、とてもありきたりな言葉だが……。
「だけどきっと周囲の人が支えになってくれますよ。すぐにはわからないかもしれませんが」
「いえ、わかります。……それが申し訳なくて」
結局私達はその時その時の自分と折り合いをつけて生きていくしかないのだ。罪悪感と一緒に。




