47 第三王子
毒から回復したレオハルトは思ったよりピンピンしていた。魔力を借りたジェフリーの方がグッタリしているくらいだ。
「シェリーの魔法が効いてるよ」
すやすや寝ているシェリーを見ながら優しい表情をしていた。
「リディ、頼みがある」
「なんでしょう」
「ここの治療が終わったら、第三王子の方を手伝ってやって欲しいんだ」
第三王子ショーンは第二側妃セレーナの次男だが、彼女は長男である第二王子ブルックの教育に力を入れているため、母親とは離れて育てられている。
と言うのは建前で、第二王子のあまりの出来の悪さに閉口した王によって母親から引き離されたのだ。また第三王子は王にも第二側妃にも似ていないため、不義の子ではないかと疑われており、次期王に選ばれることはないだろうと思われている。その為すでに第二側妃に関心はなく、王族として最低限の暮らしを送っていた。
「わかりました」
「いいのか!?」
「いや、レオハルト様がおっしゃったんじゃないですか」
(まあ、私もそのつもりだったけど)
あっさり了承したのが意外だったようだ。私が第二側妃と第二王子の事を嫌っていることは周知の事実になっているが、実は第三王子のことは気に入っている。最初こそ第二側妃の子だと色眼鏡でみて毛嫌いしていたが、最近では彼の人となりがわかってきて嫌いになれなくなったのだ。おそらくレオハルトも同じなのだろう。
学園入学前、なにかと第三王子と関わることが多かった。数少ない彼の後ろ盾が少しでも彼の境遇を良くしようと我々と接触するよう心掛けたのだろう。その後ろ盾はこの城の教育係やメイド、兵士達だった。
「お母様、この後第三王子の所へ行ってまいります」
「はいはい、気を付けてね。陛下には私から伝えておくわ」
せっせと治療魔法をかけながら、近所の公園へ送り出すかのように声をかけてくれた。母の隣には騎士がおり、ベッドに寝かされた防御魔法で男性に手かせと足かせをしていた。
「うぁぁあああああ痛い痛い痛い!!!」
「もう終わるわ! 頑張って!」
やはり聖女に次ぐ治癒師と言われる母だ。私より短時間で毒を輩出している。
「鎮静にまで魔力回して足りなくなくなったら悪いしね」
ジェフリーがしてくれたように他者からの魔力供給という手は使えないか聞いてみたのだが、今この王族の寝室があるエリアは警備がかなり厳重になっており、厳選された人物しか出入りを許されていない。警備にあたる騎士ですら厳選されている為、いざという時のことを考えるとその彼らから魔力をもらうことも躊躇われる。先ほど叫び声をあげていた近衛兵達もことごとく毒に侵されて倒れてしまってる今、信用できる騎士は貴重だ。
「では私も何人か」
「いいえこっちは大丈夫。あちらに行ってあげなさい」
流石フローレス家の当主。余力を残しながら次々と治療をおこなっている。私と違って簡単そうにこなしているのは、やはり経験の差だろう。魔力の消費も最小限におこなっているようだ。
「どうか気にせず行ってあげてください……うっ……」
まだ毒が体内に残ったままの近衛兵達が無理やり笑顔で送り出してくれた。自分より他を優先させるなんて……主人に似たのだろう。
「そういえば犯人は?」
肝心なことを聞いていなかった。レオハルトが助かった今、色んな考えで頭の中がぐるぐるする。今この国でとんでもないことが起きている。ジェフリーと途中で合流したエリザの三人で第三王子の部屋へ向かいながら、今更ながら背筋がゾゾっと震えた。
「まだ捕まっていません……誰かもわかっていません……何人かも……」
王族の居住区にまで入れる人物は限られているが、メイドなどの世話人まで考えるとそれなりに数はいる。それにいったい誰を狙ったんだろう。王? 王子達? ……いや、毒の特性を考えると女性が狙われたんだろう。そうなると側妃達? いややっぱりこれだけ大規模に毒を撒いていることを考えると全員か?
「考えても始まりません。いくらでも可能性があるので」
「……わかった?」
「気持ちがわかるだけです」
俯いていたジェフリーの表情は読めなかったが、私よりもっとずっと色々と考えているだろう。
第三王子の部屋へ向かう廊下に立つ四人の兵士は他のどこよりも厳しい顔をしていた。他に兵や騎士も見えない。王子の護衛にこの人数はまずいだろう。立ち入ろうとすると睨みつけたまま引き返すように凄まれる。
「いいから通しなさい! 私が誰かわからないの!?」
「存じておりますが、今は誰であれと通すわけには参りません! お引き取りを!」
悪役令嬢ぶってみたが効果がない。強い口調の上、手に持つ槍まで構えんばかりの剣幕だ。その行動にいつもは冷静なジェフリーがキレた。今は気持ちに余裕がないのだろう。兵士一人を素手のみで組み伏し、もう一人には片手で火球を生み出し牽制している。エリザはいつの間にか残り二人の槍を奪い取り首に突きつけていた。
「恐れ多くも第一王子の婚約者……リディアナ公爵令嬢がわざわざ出向いたというのに、いったいどういう了見で武器を構えたというのだっ!!! 命を持って償う覚悟は出来ているんだろうなっ!?」
「ちょっ……ジェフリー!」
なんか最近は私より私の周りの人間の方がキレて暴れることが多いような……。
「も……申し訳ございません……! どうかお許しを……」
声の主が廊下からヨタヨタと歩いてきた。
「ショーン様!?」
待ってなんで一人で歩いてるの!? まだ治療魔法をうけていないの!? 宮廷治癒師はどこ!?
「こ、この者達は私を守ろうとしてくれたのです。決してリディアナ様に危害を加えるつもりは……」
「わかってますよ! それより殿下! 治療は……私が治療いたします!」
「女性の方が毒の影響が酷いのです……私にしてくださるのなら他の者から……」
まさかのレオハルトタイプ! 本当に第二王妃の子か!? 父親より母親の方が怪しいわ。
「手伝いに参りました。どうか入る許可を」
冷静になったジェフリーが告げた。毒に苦しみながらも気丈に振る舞っていたが、その言葉を聞いて途端に泣き崩れたショーンはやはりまだ十歳なのだと思い知らされる。思わず抱きしめ頭を撫でた。赤毛でくりくりした髪の毛が鼻にあたってくすぐったい。
「も、もちろんです……ありがとうございます」
もう立ち上がることも出来なくなっているようだ。すぐに治療した方がいいだろう。ジェフリーが抱えるとうつらうつらし始めた。疲れているに決まっている。あのレオハルトですらベッドにはいたというのに。
ショーンの寝室のベッドの側にあるソファーや床に数名のメイドが寝かされていた。顔色の良さから彼女達の治療は終わっているのがわかる。
開けたままになっていたドアから顔見知りの宮廷治癒師がやってきた。彼女は我が家の遠縁にあたる。
「ああ! 助かります!」
「いったいここはどうなって……!」
「その件は後ほど……」
ショーンはせっかにベッドに横たわったというのにすぐに目覚めたようだ。
「申し訳ありません……治療は他のものから……どうか、どうか……」
「すぐに終わります。それに殿下に何かあったら困るのはその者達ですよ!」
ショーンは少し考えたあと、黙ってうなずいた。
「最短で魔力消費が少ない方法で頼みます」
「痛いですよ」
「かまいません」
これで不義の子というのはないな。同じ父親を持つ長兄と全く同じじゃないか。
「ジェフリー」
「わかりました」
レオハルトと同じように手と足に防御魔法で枷をかける。ジェフリーはショーンが叫んでも大丈夫なようにドアの前にいる兵士にも説明をしてくれた。
「いきますよ」
先ほど一度治療したからか、ある程度力加減は分かる。出来るだけ魔力を濃縮し患部だけに魔法をかける。
「うっ……うううっ……!」
近衛兵は叫んでいたというのに、この我慢強さはなんだ。
「もうすぐですよ!」
「だい……じょーぶっ」
レオハルトの時の半分の時間で毒を出すことが出来た。ショーンは息を整えながら起き上がろうとしている。
「今しばらくお休みください。長い間毒にさらされていたのですから」
あまりに辛そうだったので、眠りの魔法を提案してみるも頑なに断られる。
「私が指示を出さなければ……」
ショーンには正式な従者、補佐役がいない。しかも周囲は第二側妃や第三側妃、そして兄の王子達に睨まれたくはない。残念ながら出世が見込めない王子にいい人材は集まらないのだ。
「教育係のクルーガー……アビゲイル・クルーガー様は?」
彼女からは私も一時期指導を受けたことがある。礼儀やマナーにはとても厳しいが、賢く知識も豊富、指示も的確のスーパーウーマンだった。文官を目指す女性からすると憧れの人物だ。そろそろ引退をと思っていた時に陛下からお声がかかってショーンの教育係というか親代わりになったと聞いている。第三王子と我々を引き合わせたのも彼女だ。
「アビーは先ほど息を引き取りました」
「うそ……」
(うそ、うそうそうそうそ)
勝手に涙が流れてくる。ショーンだって泣きたいのを我慢しているのに、私が泣くなんて。
「アビーの為に泣いくださってありがとうございます」
無理に笑っているのがわかる。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。




