46 痛み
王城の中は大混乱になっていた。当たり前だ。多くの騎士や兵士達がバタバタと駆け回っている。私が到着するとすぐに宮廷治癒師長が駆け寄ってきて現状を説明してくれた。
「陛下はすでにご快復されております」
「!!?」
あまりのことに言葉が出てこない。
(陛下!? 陛下も毒を!?)
ジェフリーから王の話が出なかったから気にしていなかったが、まさかこの国のトップまでやられていたとは……。毒が撒かれた時、王は執務室で騎士団総長と騎士団治療部隊長の伯父ルークと話をしており、それが不幸中の幸いだったとのことだ。
どうやら毒は王族や高官が出入りするエリアを中心に撒かれ、身分や役職が高い者が軒並み毒にやられているらしかった。
「女性の方が毒の影響を強く受けていまして……すでに亡くなる者も出始めています」
「そんな……」
毒の特徴はジェフリーから聞いていた。当初から明らかに女性の方が毒の影響を受けており、そのためレオハルトは自分より先に女性の治療を優先させるよう命令したのだ。だからジェフリーは居ても立っても居られず、近くまで来ているはずの私を一人で迎えに来た。
「王都内にいる全ての治癒師が集められております。それでも足りませんが……」
今、王の側には聖女である叔母リリーがおり、高官達の治療を行っている。第二側妃セレーナと第二王子周辺はガルヴィナ家。第三側妃リオーネと第一王子レオハルト周辺はフローレス家。第三王子周辺は宮廷治癒師、そして第一側妃マリー周辺はルーベル家という我が家と同じく古くからある治癒師の家系が、そしてそれ以外を伯父ルーク率いる騎士団治癒部隊が治療にあっていると宮廷治癒師が教えてくれた。
「禍根を残さないようにと、陛下の命です」
確かにフローレス家の人間が、第二側妃の人間を助けられなかったら大騒動になりかねない。仲間内でやるのが一番だろう。
「ワイルダー先生!」
前を歩いていたのは見慣れた学園の治癒師だった。彼もここに呼ばれたのだ。
「ああ! フローレス君! おっとしまったここではリディアナ様……」
相手も見知った顔がいて少し安心したようだ。
「そんなこと気にされないでください」
「大変なことになったね……お互い頑張りましょう」
そう言って第二側妃の部屋の方へと歩いて行った。
「おねえさま!」
「シェリー!?」
レオハルトの部屋の中にいたのは、まだ五歳の一番末の妹だった。王都にいる全ての治癒師……ってこの子まで呼び集めたのか。本当に混乱してるんだな。
「レオハルトさまはねむっていらっしゃいます。わたくしの魔法はここちよいそうです」
シェリーは治癒魔法を使えると言ってもまだたいしたことは出来ない。せいぜい擦り傷を治すか、疲労をとるくらいだ。それがこの年齢で出来るだけでも凄いことなのだが、今回は戦力外だろう。
レオハルトはシェリー言う通り目をつぶっていた。
「殿下、リディアナ様がいらっしゃいました」
ジェフリーが震える声でレオハルトへ告げる。
「リディ……来てくれたのか……」
あのレオハルトがなんて弱々しい……唇まで真っ青だ。毒が撒かれたのは半日近く前と言っていたから、かなりの時間この状態で耐えていることになる。
「はいはい! すぐに診察を始めるので寝ててください!」
「俺より先に他の者を……」
「は? 嫌ですけど」
「これは命令だ!」
「殿下!」
フラフラの癖に声を張り上げたせいか、頭を押さえながらゆらりとベッドへ倒れ込んだ。
(これだから少女漫画のヒーローは)
「文句があるなら婚約破棄でもなんでもしてくださ~い」
「そうですよ殿下」
「ず! ずるいぞ……!」
レオハルトの心臓の上に手を当てる。先程の宮廷治癒師から毒のだいたいの性質は教えてもらっている。毒のほとんどが心臓の近くに巣食っているらしい。
(この感覚……レヴィリオの時と似てる……)
「二人とも! レオハルトさまをいじめてはいけませんよ!」
「うぅ……俺の味方はシェリーだけだ」
「なーにを言ってるんですか」
レヴィリオが毒に侵されていた時、彼の心臓近くに生々しい触感の膜が蜘蛛の巣のように染み込んでいた。今回は膜というよりもっとハッキリとした感覚がある。より強固に体に絡みついている。
(魔物から人為的に作られた毒……)
この毒、レヴィリオが言っていた賭博場にいた女と関係があるのだろうか。
「ジェフリー、ここの治療状況を確認してくれる? エリザは場内の方を」
「すぐに聞いてきます!」
「承知いたしました」
そう言って小走りで出て行った。フローレス家の持分である第三側妃周辺はリオーネ様の意向もありメイドの数が多い。母サーシャと妹ソフィアが命令通り女性から治療して半日経っても王子の治療に来ていないという事は厄介な毒の可能性が高い。
(でも命令とはいえ、王子を後回しにするなんて)
「……ライアス領へはいかなかったんだな」
「アイリスは帰りましたよ」
「君が行かないなんて珍しいじゃないか……」
「虫の知らせですかねぇ」
私ってそんなにライアス領へ行きたがってたのか。レオハルトは目を開けているのが辛そうだ。しかしそれでもこれだけ喋れるのはシェリーの魔法のおかげかもしれない。
レオハルトの黄金の髪の毛を撫でる。初めてまともに触ったが、なんで毛並みがいいんだ。
「毒も悪くないな……」
「不謹慎~」
「ははっ……」
シェリーが眠たそうに目を擦り始めたのでレオハルトに許可を取ってソファに寝かせた。
「よく頑張ってくれたよ……おかげで不安を感じなかった」
普段はシャイなシェリーだが、レオハルトにはとても懐いている。大好きなお兄ちゃんが辛そうで少しでも力になりたかったのだろう。
「レオハルト様、治療法ですが……」
「最短で魔力消費が少ない方法で頼む」
「痛いですよ」
「かまわない」
そう言うと思った。
ジェフリーはすぐに戻ってきて現在の状況を教えてくれた。
「リオーネ様の侍女やメイド達の治療はちょうど終わったそうです。ソフィア嬢は魔力回復のためにお休み中で、サーシャ様はリディアナ様が到着した事を告げたら男性達の治療に入るとおっしゃってました」
「亡くなった方は……?」
「今のところは大丈夫です。あ! 高齢の方を治療する場合は必ず鎮静化させるようにとサーシャ様が……」
母はなんでもお見通しだな。レオハルトの治療が終わったら他の所に行こうとしていたのだ。ここはもう大丈夫だろうし。
「じゃあレオハルト様、お覚悟を!」
「な、なんだか大袈裟だな……」
「ジェフリー! 殿下の手足を防御魔法で固めて」
レオハルトが痛みで暴れないように、ジェフリーは指示通り魔法をかけてくれた。
「いきますよ」
ジワジワと毒の大元を剥がしにかかる。
(なにこれ!?)
どれだけ毒の根が深いんだ……早く毒から解放するために痛みを伴う排出という治療法を選んだのに、これじゃあ痛みが続くだけだ。この『排出』は、魔物の毒でよく見られる、体の一箇所に毒の塊ができた場合のみに有効な方法だ。痛みはあれど、短時間で効果がある……はずなのに……全然剥がれない。
「ぐっ……ぐぐ………うっ……」
レオハルトは叫ばないように必死だ。こうなったら魔力度外視でいこう。力技で無理やり剥がす。こんな苦しい表情、いつまでも見てらはいられない。
「私のを使ってください! 私の魔力を!」
「……わかったわ!」
手に力を込めた瞬間、ジェフリーは気が付いたらしい。私の考えを先回して読んでいたのだ。自分がレオハルトに出来ることを常に考えているんだろうな。
レオハルトは私が彼を治療するにあたって余計な魔力を使うのを嫌がった。少しでも他の人間を助けて欲しいのだろう。だからジェフリーの魔力を遠慮なく使わせてもらう。そうすれば私の魔力量に影響はない。
ジェフリーは私の手の甲に自分の手を重ね魔力を流し込み始めた。私はそれを使って思いっきり治癒魔法をかける。
(手応えありね!)
「うぅっ……あああ……ぐっ!」
かなり痛みがあるはずなのにレオハルトは叫びを上げることはなかった。
「あと少しです!」
最後はスポンと抜けるようにドス黒く粘り気のある塊が胸の上に飛び出すように現れた。
「はぁ……」
私も、ジェフリーも、そしてレオハルトも大きく息を吐き出した。
「流石俺の婚約者だな」
汗だくにはなっていたが、レオハルトにいつもの天使のような笑顔が戻っていた。




