45 襲撃
もう少しで王都に着く。すでになかなか濃い夏休みを過ごしているので、馬車のほどよい揺れもあってか眠気に負けそうだ。アイリスはあのままライアス領にある自分の村へ里帰りした。王から呼び出しのかかった日までには王都へ出てくる。
道中、アイリスとルカにあの剣術大会の時のことを話した。
私達は王都、アイリスはライアス領、途中まで道は一緒なので今回の反省会も兼ねて同じ馬車に乗っている。リッグス兄妹とキクリは第八騎士団に付き添われ予定通り学園長のいるファーガソン領へ、その間リッグス領は王都から役人が取り仕切るらしい。
「ライアス領に行かずに王都に戻るなんて」
「仕方ないじゃない。王命なのよ」
「いーや。いつものリディなら短時間でもライアス領に行くってごねるはずだよ」
ルカの言う通り、少し前の私ならきっとそう言っただろう。
「なにかあったっしょ」
「うーん……あったといえばあったけど」
「あー! あったんだ! マジで!!? うわぁ~!」
「ちょ、ちょっと!」
アイリスが大騒ぎをはじめて馬車が揺れる。
「思ってるようなのじゃないよ」
「えぇ~~~」
アイリスはつまらないとばかりに不満げに口をすぼます。
「思ってるようなのじゃなくてリディはいいんだ?」
「それ以上だと思ってるからね」
ルカの言葉に得意気に返事をした。
「で、結局なんだったの?」
いいから早く話せと言われると、私もなんと表現していいか迷ってしまう。
「ただ……同性だったらよかったのにって関係だねって確認作業をしただけというか。だからまあ、私も」
お互い大切に思っていると勘違いされてしまう関係だ。異性というだけで。
「なるほど。満たされちゃってるわけか」
それでライアス領へ行くとごねないのかとルカに呆れた顔で納得されてしまった。
「ええ~でもやっぱりそれってレオからしたら嫌なやつじゃん」
「レオハルト様には散々誠実誠実誠実誠実って言い続けて自分はこれだもんね~」
「だってなにをどう言っても結局は男女だもん。彼氏の女友達って嫌なもんよ~?」
「確かに。婚約者の男の幼馴染が出張ってくる物語を読んだことある! 拗れてたな~」
二人は意気投合して私に批判的だ。とはいえ、私に真正面向いてこんなことを言ってくれる人間はそういない。
「うぅ……二人にそう言われると……」
でもでもだってと言いたいけれど、客観的にそう見えるということはちゃんと自覚していなければならない。
(だからフィンリー様はあんな風に寂しそうにしてたんだよな)
どんな感情だとしても表立って知られると厄介なことになる。我々の立場が許さない。周囲を巻き込んでしまう。
「とまあ、厳しく言ったけど……リディアナはレオと婚約破棄したがってるのにできないのは知ってるからなぁ~」
「けど今の立場を考えたら極力気を付けないと。レオハルト様のことも大切にしてるって言ったわりにはその辺甘いと思うよ」
「肝に銘じます……」
結局は二人の言う通りなのだ。性別だけでなく立場もある。レオハルトの婚約者という立場だ。彼が少しでも不利になるような醜聞の原因に私がなるわけにはいかない。
ちょうどこのタイミングで王都とライアス領へと別れる分岐点についた。アイリスは第八騎士団が用意してくれた馬車に乗り換える。
「村にライバルがいるのよ~顔出して牽制しとかなきゃ! ……だから厳しく言っちゃった……レオに感情移入しちゃって……ごめんね」
「ううん。私には必要な言葉だったから。ありがとう」
アイリスの恋路もなかなか大変そうだ。
王都まであと半日といった所で本日の宿へ到着した。もう星空が見え始めている。
(リッグス領のあの生地、もっと買っておけばよかった)
侍女のマリアが好きそうな可愛らしい柄だった。今回あまりお土産がない……当たり前だが。そんなことを考えながら夕食をいただいていると、なんだか外が騒がしい。誰かの名前を大声で叫んでいる声がする。いったい誰を探しているんだろう。
「ん? 私? 呼ばれてる?」
エリザも気が付いたようで、険しい顔をしながら私の側に立った。ルカも食べる手を止めて扉の方を見ている。声がどんどん近づいてくる。だがこの声、聞き覚えがあるぞ。
「ジェフリー?」
先に気が付いたのはルカだった。まさかここに彼がいるとは思わずなかなか声と記憶が一致しなかった。その瞬間、嫌な予感に体が震えた。どう考えても何かあったからいるんだろう。小走りで廊下に出る。
「リ、リディアナ様……! い、急いでこちらに!」
髪も服も乱れた状態で半泣きのジェフリーがそこに立っていた。これはただ事じゃない。
「なに!? どうしたの!」
「お願いです! 後でご説明しますので、今は一緒に来てください!」
いつも冷静で論理的なジェフリーがこう言うのだ。よっぽどのことがあるに違いない。
「わかったわ」
「僕もすぐに追いかける」
私はそのままジェフリーについていく、エリザが後ろでテオに私の荷物の後処理をお願いしているのが聞こえた。
「ご一緒します」
「すみません、助かります。護衛を連れていませんでしたので」
玄関にはすでに馬が数頭用意されていた。先ほどまでここまでにこやかに護衛してくれていた騎士達が険しい顔をして馬にまたがっている。
「リディアナ様は私の後ろに」
言われるがまま馬にまたがり、ジェフリーに掴まった。
(うっ……思ったより高いわね……!)
乗馬の経験はあるが、この軍馬とは違って貴婦人用に品種改良された小さくて大人しい馬だった。ジェフリーを掴む手にも力が入る。
「そのまましっかり掴まっていてください」
「わ、わかっ……!」
こちらが答える前に馬は駆け出していた。
走り出してほんの少し経ってから、ジェフリーが涙を抑えながらなぜ今こんなにも急いでいるか話してくれた。
「王城が襲撃されました」
「は!? マジでっ!?」
思わず素に戻ってしまった。いや待って、ジェフリーがこんなにも同様してるってことは……。
「レ、レオハルト様は!?」
「殿下は毒で……今はまだ大丈夫ですが……」
(毒!? 襲撃ってどういうこと?)
一気に血の気が引いていく。
「すみません……混乱して……王城に毒が撒かれたのです……城にいた半数の者が今苦しんでいて……圧倒的に治癒師が足りないのです」
「うそ……」
こんな出来事、原作にはなかった。どうしよう……どうやって解決すれば……!?
「城が混乱していて……私はたまたま教会の図書室へ行っていたので助かったのですが、リディアナ様がもう王都の近くまで来ていることを思い出して急ぎ参った次第です」
「そう……」
「本来なら従者として主人の側にいるべきなのですが……リディアナ様が側にいる方が殿下は喜ばれると思いまして……」
「……わかってると思うけど、レオハルト様が本気で頼って信頼しているのはジェフリーよ。今回の合理的な行動もきっとあとで褒めると思うわ」
そう。こんな混乱した時でも感情に流されず合理的に動けるのが彼の偉い所だ。治癒師は一人でも多い方がいいだろう。
(私も見習わなきゃ)
手が震えていた。
感情が乱れると魔力のコントロールもうまくいかなくなる。治療が必要な人数はかなり多そうだし、今は心を落ち着けなければ。




