44 お片付け
「僕、夢に見そ~……」
「あたしも~……」
あの指落としの拷問シーンはなかなかショッキングな経験だった。出来れば二度と遭遇したくない。
「そりゃ悪かったな」
レヴィリオからまったく心のこもっていない謝罪の声が聞こえてきた。まだ彼も顔色は悪いが、倒れてはいられないからと治癒魔法をかけたばかりだ。
「貴族ってだけで幸せとは限らないんですねぇ」
テオの知っている貴族と言えば私達姉弟なので余計そう感じるのかもしれない。
穴だらけの屋敷が崩壊しても困るので、何とか全員を屋敷の外へ運び出す。本日奴隷契約を結んでしまった人達も手伝ってくれた。まだ本人達は奴隷契約を結んだとは気がついていないので、出来る限り丁寧に指示出しをしたもんだから、相手は見たこともない貴族の態度にひどく恐縮してきびきびと動いてくれたので、それはそれで罪悪感が湧く一夜になってしまった。
「皆様、大変助かりました」
「どんでもねぇことでごぜぇます……!」
ラヴィアからの攻撃を受けた者は、そろいもそろって痛みに唸り声をあげているが、まだ治癒魔法を使ってはいない。私もアイリスも落ち着かない気持ちだが、ラヴィアの気持ちを優先させていた。彼女は殺そうと思えば殺せたのにそうしなかった。そこまでするつもりはないのだろう。
ラヴィアは先程から寝たり目覚めたりをを繰り返している。こちらを手伝いたくてたまらないようだったが、長年囚われの身であったせいか極端に体力がないようだ。
「ちゃんとお金取らなきゃだめですよ」
訳知り顔した例の忍者騎士——名前をエリオット・スワンというらしい——からはそう言われたが……こいつらに払う金があるかどうか。
「いやぁ助かりました」
「なぁにが後はこちらで……だよ!」
「あはは! なかなか来ないですね~第八騎士団」
ヴィルヘルムを思い起こさせる雰囲気のエリオットに一同でツッコまずにはいられない。
「それで……この件、陛下はご存知ということなんですのね」
緊張した面持ちで尋ねる。ラヴィアの処遇が厳しいものにならないように秘密裏に進めていたというのに、王が知っていたらもう誤魔化せない。
「そうです。二年くらい前から何か怪しいとは睨んでたんですけどね」
「えっ!? そんなに前から?」
「だってリッグス伯爵夫人、どう考えてもこの領の収入で手に入らない宝石をバンバン買っちゃってるし……伯爵の方はギャンブルにハマっちゃってたみたいですよ」
やはり伯爵夫人のあの大きな宝石は悪目立ちしてしまっていたようだ。
「でも決定打はファーガソン学園長からお話しがあったからですよ」
「ええっ!?」
結局密告されてしまったということか。信頼してたのに……。
「学園長って陛下の先生でもあるんですよ。王の相談役という役職もお持ちです。だから……」
ペラペラと得意気に話し続けていたが、我々の絶望したような表情をみて慌て始めた。
「ああ! ラヴィア嬢の処遇は大丈夫ですよ。少なくとも処刑や地下牢なんて刑はありません」
「え……?」
「えーっと、順を追って説明しますね」
学園長はレヴィリオから真実を聞いた後すぐに王へと報告をした。王とその周辺は少し前からリッグス伯爵夫妻が急に羽振りよく振る舞っていたことが気になっていたのだ。だからエリオットが密偵として派遣された。王からすると、ラヴィア本人も積極的に奴隷契約を結んでいる可能性も捨てきれないため、レヴィリオの一方的な証言だけを信じるわけにはいかなかったのだ。
エリオットはしばらくの間、屋敷内に潜みながら調べを進め、概ねレヴィリオの言った通りだと王へ伝えた。
「概ね? 全部本当だったろ」
「いいえ。ラヴィア嬢への扱いは貴方の報告よりよっぽど酷いものでしたよ」
エリオットの言う通り、私達も予想よりずっと酷い状況に胸が痛んだ。体罰なんて表現じゃ足りない、あれは拷問の痕だ。エリオットも何度も自分が助けに行こうか迷ったくらいだと悔しそうに話ていた。
「それでまあ、陛下は学園長との約束通り、ラヴィア嬢に厳しい罰はくださないと決めていますからご安心を」
学園長とは何かあった時に助けるという話だったが、最初から助けになるように動いていてくれたのか。
「それでも……話すなんてよぉ……」
「ああ、それこそ契約魔法で決められているんですよ。学園で知り得た各家の秘密は全て王へ報告するとね」
流石というか……容赦がないな。油断ならない相手だ。今回の我々の動きもきっと王に報告されるだろう。どこからどこまで見られただろうか。
「だけどその代わり、何かやらかした生徒の処遇は学園長の決定が優先されます。これってすごいことですよ」
王より決定権が上にあるなんて、そんなありえない条件があったから契約を結んだのかもしれない。
そもそもこんなことペラペラと喋っていいのかという疑問があるが、『学園長から伝えるよう言われてます!』と元気のいい返事が返って来た。
「でもラヴィア嬢はまだ学園の生徒じゃないよ?」
ルカはそれが心配だった。ラヴィアの入学は来年、王と学園長、二人の契約魔法の範囲外の話になってしまう。
「僕としてはそれでもレヴィリオ様が学園長へ報告していて良かったと思いますけどね。もし自分が調査報告する前に明るみになっていたら、ラヴィア嬢は鞭打ちの上で数年地下牢だったかもしれません。王側からすれば何が真実かわかりませんからね」
そしてレヴィリオを安心させるかのように笑顔を向けて話しかけた。
「それに王は絶対に学園長の意向を酌みます。王が無慈悲にもラヴィア嬢に厳しい罰をくだせば、学園長は契約魔法を破ることになったとしても二度と学園内のことを王に話すことはないと陛下もご存知ですから。そのくらい責任感を持って学園長という役職についているお方ですよ」
レヴィリオは返事こそしなかったが、ほっとした表情になっていた。学園長へ抱いた疑念は消えたようだ。生徒を守るのが仕事だって言ってたのはこういうことなのかもしれない。
「いやぁ大活躍ですねぇ」
どこまで知っているのか、遅れてやってきた第八騎士団長のマッドはいつものようにニヤニヤとした顔をしていた。
「言っときますけど、あれをやったのは我々じゃないですよ」
地面に横たわっている傭兵や使用人の簡単な治療はすでに終わっている。あの後ラヴィアが深々と我々に頭を下げ、治療して欲しいと依頼してきたのだ。もうすぐ朝。前回の魔獣討伐の時といい、いい修行になっている。……が、はっきり言ってクタクタだ。
「えー! お嬢様達以外でこんなことやれる人がいるんですか! うちに欲しいな~」
治癒魔法をかける際、ラヴィアが治療費のとりっぱぐれがないように手伝ってくれた。この契約書があれば例え捕まった後でも、一生涯に渡り金銭を請求することが出来る。アイリスが積極的にラヴィアと治療に周っていった。
「遅いじゃないですか~! 僕カッコつかなかったんですからね!」
「悪りぃな! 出発直前にお前んとこの部隊から連絡が入ってよ。王からの書面が届くってんで待ってたんだわ」
と言うことでこれな、とエリオットに王家の紋章が入った封付きの巻紙を渡した。彼は一通り目を通した後、
「二週間後、皆様王都へ集合です!」
高らかに宣言した。




