42 御用改め(奪還③)
キクリをそのまま町外れに隠している馬車まで連れて行く。レヴィリオの友人達も待機してくれており、久しぶりの再会を喜び合っていた。明日の朝までにここにレヴィリオとラヴィアがこなかった場合、そのまま一人でファーガソン領へと逃げてもらう手筈になっている。
「坊ちゃん……」
「お前、言っとくけど学園に行ったら俺の従者だぞ。しっかり勉強しろよ」
「は……はいっ!」
全員、我々のことが心配なのかソワソワとしていた。だが今は成功後のことを想像して待ってもらうしかない。足手まといとは言わないが、私達が捕まるのと平民の彼らが捕まるのとではその後のリスクに差がありすぎる。
「今頃お屋敷は大騒ぎだろうねぇ」
暗くなり始めた頃リッグス家に戻ってみると、先ほどの呑気なルカの声とは裏腹にそれはもうひっきりなしに傭兵や使用人達が辺りを走り回っていた。
さあ、もうひと頑張り!
「何事ですか?」
出迎えがないことに不機嫌さを露わにして、目の前を通り過ぎるメイドを捕まえた。
「あ……いえ……」
「まったく! 本当に使用人の教育がなってない家だこと! まともな返答ができる人間はいないのですか!」
相変わらずライザを思い浮かべるとスルスル言葉が出てくる。今回の件では彼女に感謝しなければいけないかもしれない。
「リディアナ様、恐れ入りますが伯爵がお話をしたいと……」
「はぁ?」
顔色の悪い執事が恐る恐る話しかけてくるが、噂の我儘令嬢っぽく悪意を持って返答する。
「私にご用がおありなら、お夕食の後にしてちょうだい! 疲れているのよ!」
「そ、それが申し訳ありませんが、準備が整っておりませんで……」
「なにそれ~僕達を餓死させる気なの~?」
ルカの悪役令息も様になっている。
(やっぱり疑うよね~)
このタイミングだし。念のためちゃんと湖畔にある森まで行ってアリバイは使ってきたが、そんなこと別に調べはしないだろうな。疑わしきは罰するのが基本スタイルだろう。罰することができるかはその相手次第だが。
「不愉快よ! エリザ、後で部屋に食事を届けてちょうだい!」
「承知いたしました」
そう言って客室へ戻ろうとすると、怒りのこもった甲高い声で呼び止められた。
「お部屋を検めさせてくださいませ!」
「……なんですって?」
声の主は伯爵夫人だ。顔色が悪い執事の顔色がさらに青くなる。大きなサイズの石のネックレスと、これまた大きく太いブレスレット、さらに耳飾りも派手だ。一瞬レオハルトの母親である第三側妃リオーネ様が思い浮かんだが、彼女はもっと洗練された、真似したくなるようなセンスがある。一方こちらはただ石のデカさに物を言わせている。品性を感じない。これは私があの石の対価に多くの人が奴隷とされている事実を知っているからだろうか。
「伯爵夫人、今なんと仰いましたの?」
「お部屋を検めさせていただきます!」
お願いじゃなくて決定事項に変わってるじゃないか。ルカとアイリスにそっと目配せをすると、わかっていたのかすぐに襟元にあるアクセサリーに触れた。あれで短時間だが映像を残せるのだ。
どうやらアイリスには不敬を働かないというのに、公爵家には喧嘩を売ることにしたらしい。なかなか作戦通りにはいかないものだ。
「フローレス公爵家の人間である我々の部屋を伯爵家が調べるですって? そのような事が許されるとでも?」
「賊が侵入したのです!」
伯爵夫人は先程から興奮しているのかキーキーとヒステリックに叫んでいる。
「なんですって!?」
どうも賊です。とりあえず全員で驚くフリをする。口に手を当てたり、目を見開いたり、えー! っと声を上げてみたり……。
「エリザ! 急いで部屋の中を調べてちょうだい。盗まれたものがないか確認するのよ」
「はい」
「ご一緒させていただきますわ!」
またグイグイと来るな。どうやら私達がレヴィリオとキクリを匿っていると疑っているようだ。あってるけどね!
「いったい何をお調べになりたいのかしら」
「部屋に……賊がいないか確認するためです!」
意外だったのが、私達が戻るまで部屋を調べていなかったことだ。どうやら私とルカが事あるごとに公爵家アピールしていたのが効いていたようで、使用人たちは恐れ多くて部屋に入るのを拒否したらしい。もちろん、部屋に見られて困るものなど何もない。相手は家主だ、侵入なんて簡単に出来るだろう。
「夫人、冷静になってください。そのようなものが逃げもせず、我々の部屋に隠れていると本当に思っていらっしゃるのかしら?」
「……周辺をくまなく探しましたがどこにもいませんでした……あとはそちらの部屋だけです」
粘るなぁ。まあ別にいいけど。すでにまともな判断能力はなくしているようだ。
「伯爵を呼んでくださる? 夫人じゃ話にならないわ」
「なんですって!?」
「なにをしている!」
タイミングよく伯爵がきてくれた。私が先ほど拒否したから自ら出向いたのだろう。彼もまた酷い顔色だ。だいたい私を呼びつけるなんてこいつも舐めてるな。
「伯爵! どうやら夫人が私達が賊を匿っているとお思いのようですわ」
「そ、そのようなつもりでは……!」
流石に直接、犯人は公爵家だとは言えないよね。すでに喧嘩を売っているのだからそんなに変わらない気がするけど。
「ひどーい! 僕達遊びに行ってただけなのに!」
「疲れた~早く部屋に帰りたーい」
伯爵は夫人を睨みつけていたが、本心は夫人と同じでこちらを疑っているのだろう。
(もっとうまくやれよ! って思ってるんだろうな)
「申し訳ありません……しかしですね、本当に賊が隠れていたらリディアナ様たちに危害を加えないとも限りませんし……」
「ウケるー! あたし達のこと全然知らないんだねぇ!」
「僕達がその辺の賊なんかにやられるわけないじゃん!」
アイリスとルカがケタケタ笑って伯爵夫妻を煽る。二人の形相がみるみる変わっていった。もはや感情を隠す余裕はなくなっているようだ。
「そこまでおっしゃるならお見せしますわ。隅から隅までね」
「……ありがとうございます」
「ですが、もしなにもなかったらその時は覚悟してくださいませ」
元来我が家は穏健派だが、母のサーシャはそうではない。他家に舐められるのが大嫌いだ。初めこそ嫡子は伯父のルークだったが、母が当主になって正解だったとあの祖父が呟いていたことを忘れない。
伯爵は黙っているが、そのまま我々の部屋に着いてきたということは覚悟をしたのだろう。不機嫌そうな傭兵達も一緒だ。
「さあどうぞ!」
バン! と音を立てて扉を開けた。すぐさま傭兵が部屋へ突入する。ベッドの下も箪笥の裏も、家具を全て除け隅から隅まで探している。
「うわっ! どうしたんですか? 泥棒でも入ったんですか!?」
使っていた馬車を片付けていたために遅れてやってきたテオが驚いたふりをする。どうやらレヴィリオは無事屋敷内に忍び込めたようだ。彼はずっと馬車の客車部分にあるソファの下に隠れていた。
傭兵達は必死に何かないかと探し回っているが、もちろん何もない。伯爵夫妻まで混じって探し始めた。
「賊は?」
出来るだけ圧をかけ、冷たく言い放つ。ビクリと体が震えた伯爵が、小さな声で謝ってきた。
「た……大変失礼いたしました……すぐに綺麗にさせますので……」
「早くしてくださる? 私達疲れてますの」
「このことはお母様にしっかり伝えておくよ」
公爵家を敵に回してまで探したというのに何の成果もなかった。すぐに屋敷内に残っている傭兵達を増員させ捜索範囲を広げるように伝えているのが聞こえた。
(よしよし)
ラヴィアの救出は基本、キクリと同じ方法だ。すでに塔の中に閉じ込められているだろう。出来るだけ敵を減らしてから直接助けに行く。彼女の部屋の前にいる見張りは私達が引き受ける。彼女の部屋の真上……屋上で暴れれば嫌でも来てくれるだろう。レヴィリオは屋敷内にある秘密の通路に潜んでおり、合図があり次第部屋に突入する。
「ねぇリディ! せっかくだから星空を見ながら食事にしない?」
「いいわね。伯爵、塔の上に案内してくださる?」
「はあ……かまいませんが……」
やらかした直後に断れないわよね。ちょうど良かったわ。
伯爵はとりあえずこちらのご機嫌を取ることにしたようだ。使用人たちにテーブルや椅子を運ぶように指示を出している。
さあ、作戦も大詰め。そう気合いを入れ直した瞬間、ドンッ! と大きな音を立てて屋敷が揺れた。




