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ずるい男③

「あー腹立つ!」


 会議室を出た勢いでそのまま会社の外まで出てきてしまった。彼は繋いだままの手を見て「ごめん!」と言いながら慌てて離す。


「なんかごめん、井上さんに迷惑かけたみたいで、でも絶対に契約切りとかそんな事させないからさ」


「いえ、私は全然」


「なんか会社戻りにくいなぁ……」


「たしかにそうですね」


 二人で戻ったりしたらそれこそ針のむしろだ。


「サボろう!」


「は?」


「今日はこのままばっくれ、いや、外回りだ」


「外回りって、部長は経理部じゃないですか」


 外回りは営業さんの仕事だ。しかし、私の話は無視されて彼は続ける。


「井上さんは俺の付き添い、なにせ直属の部下だから、よし行こう」


 チラッとみた時計はまだ夕方の四時、鞄も置きっぱなしで私たちは会社を離れ歩き始めた。


 上司命令だし、仕方ない。そう言い聞かせて。


 駅前、ガード下の古びた看板に赤ちょうちん。カウンター席が五席あるだけの立ち飲み屋で私たちは乾杯した。


「かんぱーい!」


「あ、あの何にですか?」


「わかんない」


 そう言って彼は一気にビールを半分くらい飲み干した。私も軽く口をつける。罪悪感が半端ない。


 辺りを見渡す。剥がれ落ちそうなメニューに謎のポスターには昭和のアイドルがレオタード姿で生ビールのジョッキを掲げている。


 カウンターの中では初老のおじさんが煙にまみれながら焼き鳥を焼いていた。


「斬新なお店ですね」


「ハハっ、ごめんね、小洒落た店じゃなくて。でも焼き鳥はココが一番! 間違いない」


 高そうなスーツとネクタイが煙にまみれて、明日はきっと使い物にならないだろう。正直意外だった。


「それに、ここならあいつらも来ないし」


「あいつら?」


「うちのフロアの女子社員、どうせデマ情報流したのもあいつらだよ、くそっ。暇人が」


 爽やかで誰にでも優しく差別しない、仕事が出来て出世確実。三十六歳独身のハイスペ男子が毒を吐く姿を初めて見た。思わず「プッ」と吹き出してしまう。


「部長も大変ですね、人気あるから」


 狙っているのは主に三十過ぎたお局組の独り者。お互いを牽制し合いながら、いつ来るか分からないチャンスを虎視眈々と狙っている。


「昔からなんだ、嫌な奴に好かれる」


「へー」


「そんで、好きな子にはフラれる」


「部長もフラれるんだ」


「ちょーフラれるよ、だから独身なんだよ」


「選り好みしてるのかと」


「まあ、そりゃあ出来れば可愛くて、性格がよくて、ナイスバディで……」


「もういいです」


「優香ちゃんみたいな子が理想だけどね」


「え?」


 優香、優香。ああ、タレントのね。びっくりしたあ。心臓が飛び出るかと思った。


「結婚してるんだもんなあ」


 そうだっけ? そう言えば子供もいたような。


「部長面白いですね、結婚してなかったら優香に行く気だったんですか?」


「もちろん、ドストライクだし。でも結婚してても良いかなあ、この際」


 まったくどこまで本気なんだこの人は。でも一緒にいて楽しい。こんな気分は久しぶりだな。時計の針はまだ五時をさしたばかりだった。


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