ふりだし⑧
誰からも必要とされていない一一。
そんな事ない。
と、自信を持って言える人間がこの世にどれくらいいるのかは分からない。少なくとも私には無理だった。
特筆した能力があるわけでも、誰かの為になる仕事をしているわけでもない。これでボランティアや寄付活動でもしていれば、まだ誰かの役に立っていると考えられるが、そんな事はした事もないし、する予定もない。
夫にとって私はただの家政婦だし、優菜にとっても別に私である必要はない。元に母が優菜を見ても何も変わらないだろう。
私が死んでも困る人はいない、無料の家政婦を失った夫が不便になるくらいで、すぐに代わりを見つけてくるに違いない。
代わりなどいくらでもいる。
自分は何の為に生きているのだろうか。誰からも愛される事なく生涯を終えていくのか。考えると恐ろしかった。
「でも、もう大丈夫。僕は優菜を必要としているし、優菜にも僕が必要なはずだ。僕たちは二人なら生きていける」
子供部屋おじさんの意図を図りかねて私は尋ねた。
「私をどうする気ですか?」
「どうもしないよ」
「家に帰してください!」
「《《まだ》》だめだよ」
私はその場にへたり込んで考えた、家に帰らなければ夫はどうするだろうか。すぐに警察に捜索願いを……。出すとは思えない。ご飯が出てこない事に怒りはするだろうが、私の為に何か行動するビジョンがまったく見えない。
そうだ、母がいる。あずけた優菜を引き取りに行かなければ携帯に連絡があるはずだ。まったく連絡が取れなければ不信感を抱いて警察に連絡が行く。
果たして三十前の成人した女が一人失踪したところで、警察がどの程度本気で捜査してくれるかは未知数だけど他に方法はない。
完全防音の密室。外部との連絡は取れない。得体の知れない男に監禁された事実を今更実感して戦慄した。今、私の命は子供部屋おじさんに握られている。
彼の機嫌を損ねてはいけない。必ず脱出のチャンスはある。ここは見知らぬ僻地でも、檻に囲まれた留置所でもない。私が住んでいる藤本マンションの三階なのだから。