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自棄③

「ちょっと優香、なんで会社に。しかも結婚するって。みんな大騒ぎしてたぞ。優菜まで連れてどーゆーつもりだよ」


 話があると呼び出されて行ってみれば案の定、昼間に会社訪問した件だった。珍しく怒りが顔に出ている。


「どうって、先日のお礼に伺ったのよ」


「いや、それは良いけど。なんで優菜まで? 色々質問されて、なんて答えて良いか分からないだろ」


「何がわからないの? 優菜はあなたの子供で私たちは結婚する。単純な事じゃない」


「でも、それはずいぶん先の話だろ」


「もう、良いんじゃない。だいぶ溜まってきたしさ。そろそろ離婚して」


 ゆうくんがしらばっくれてどこかに行く前に手を打たないと。浮気は許せないが一度くらいなら仕方がない。目をつむろう。


「いや、まだ早いだろ。ちゃんと財産が溜まってからの方が……」


「ゆうくんさ、早く一緒になりたくないの? 優菜と私と暮らしたくないの?」


 歯切れが悪くなったゆうくんを詰めると、バツが悪くなった子供のようにぶつぶつと弁解しだした。


「いや、ほら。老後のためにも貯金はたくさんあった方が良いしさ。それに近くに住んでるから優菜にもちょくちょく会えるし」


「はぁ? そんな事言って最近は全然合わせてくれって言わないじゃない」


 女と浮気する時間はあるくせに。


「いや、ほら。忙しくてさ。最近」


「愛美とこれ以上何かあったら許さないから」


「え?」


「この家に、あの女を連れ込んだら許さないって言ってるの」


「は? なんでそんな事しって一一」


 ゆうくんはハッとして部屋の中を物色しだした。テレビの裏にある見慣れない電源タップを引っこ抜いて床に叩きつける。


「おまえ、盗聴してたのか?」


「当たり前でしょ、あなたには優菜の父親だっていう一一」


「キメーな」


「は?」


「気持ち悪いんだよ、人の家に盗聴器仕掛けるとか犯罪だろうが。ふざけんなよ!」


 ドンっ! と胸の辺りを押されて後退する。気持ち悪い? わたしが? 自分が悪いのに何を言ってるんだろう。この人は。


「何言ってるの? 悪いのはあなたでしょ?」


「知るかよ!」


「なに逆ギレしてるのよ」


「何が悪いんだよ! 俺は結婚してないんだよ誰とも。女連れ込んで何が悪い? は、ふざけんなよ!」


「あなたには子供がいるのよ」


「はあ? 本当に俺の子かよ」


 噂には聞いたことがある名台詞『本当に俺の子かよ』は思いのほかダメージが大きい。


「お前は旦那とやりまくってんだから旦那の子供かも知れねえだろ。いや、絶対にそうだ。あのガキ俺に全然似てねえもん」


 あのガキ一一。


「そうだよ、俺は何も悪くねえよ」


 何言ってるのこの人一一。


 ガチャリと玄関の扉が開いて視線を送ると愛美が立っていた。綺麗にアイロンで巻かれた茶色い髪に小さな顔。


「あ、修羅場だったかな?」


 お前のせいでな。


「あ、愛美。大丈夫だから入れよ」


 は? この状況で入れるか普通。


「おれ愛美と付き合うことにしたからさ、優香とは別れるよ。鍵も返してくれないか?」


「えー! 本当ですか?」


 愛美が歓喜の声をあげてゆうくんに抱きついた。


「でも赤ちゃんは?」


「あれは俺の子供じゃねえよ、この女がでっちあげて脅してきただけさ」


「やっば。ババアこっわ」


「おら、早く出ていけよ!」


 強引に鍵を奪われて突き飛ばされた、そのまま玄関外の廊下まで押しやられると『バタン!』と扉が閉められる。


 私はただその場に立ち尽くした。すると再び扉が開く。


「忘れものよ」


 愛美が私の靴を放り投げた。廊下に転がる安物のパンプス。それをじっと眺めていた。その場でずっと。

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