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憧れ③

「おい! パンツが二枚しか入ってなかったぞ」


 日曜の夜、帰って来るなり機嫌が悪い。えりこと喧嘩でもしたのか。どうでも良いけど。


「ごめん、一泊だから二枚で足りるかと思って」


「足りねーよ馬鹿。温泉に入るたびに代えたいんだよ俺は」


 知るかよ。


「ごめんね」


「ったくよー」


 そう言いながら履いていたスリッパを脱いで、私の頭をそれで引っ叩いた。


『パンッ!』と、小気味いい音が響き渡る。


「お前の!」 『パンッ!』


「頭には!」 『パンッ!』


「蟹味噌が!」 『パンッ!』


「入ってるんですかー?」 『パンッ!』


 気に入ったのかリズミカルに私の頭をスリッパで引っ叩く。痛くはないが、込み上げる殺意は殴られた時の比じゃない。



 ぶつぶつ言いながらお風呂に向かった夫を後ろから何度も刺し殺す妄想をした。するとエプロンに入れたスマートフォンが震える。


『来週の土曜日、会えないかな?』


 一瞬にやけた顔をすぐに真顔に戻す。ダメだ、ダメだ。断らないと。


『うん、大丈夫だよ』


 なんて事だ。思ってる事と行動が相反する動きをしてしまう。けど。


 まあ、友達だしね。せっかく出来た大切なお友達。そう言い聞かせながらネギを刻む、知らないうちに口ずさむ鼻歌。





「ご機嫌だな」


「え?」


 お風呂から出て来た夫が冷めた目をコチラに向ける。


「そんなお前に頼みがあるんだが……」


「なに?」


「うん、なんて言うか」


 珍しく言いにくそうにしている。どうせお願いじゃなくて命令だろ。こちらに拒否権など存在しない。


「3Pしないか?」


「はい?」


 ちょっとよく聞こえなかった。


「だから、3Pだよ。知らねえのか?」


 え? 3P。3P。何だっけ。チーズ?あれは6Pか。


「ちょっと待ってね」


 スマートフォンを取り出して『3Pとは?』と素早く打ち込んだ。



 ――3Pとは。


 三人組セックス、3Pセックスまたはスリーサムとは、3人が同時に行う性行為のことである、さらに――。



 うん、知ってた。でも確認せずにはいられなかった。そうだろう、どこの世界に妻に3Pしたいと訴える夫がいるだろう。いや、広い世の中もしかしたら少しはいるのかも知れない。


「ちょ、ちょっと待って。3Pって三人でエッチな事をするってあれ?」


 念のため聞いた。


「ああ、他に何がある?」


 あって欲しかったとこんなに願った事はない。


「え、私たちと、え? だれ?」


「まあ、それはまだ決めてないんだけど、取引先の社長とか?」


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。コイツは本当にヤバイ。


「え? でも私が他の人として嫌じゃないの?」


「嫌だよ、だから三人なんだろ」


 ダメだ、分からない。彼が何を言ってるのかまるで理解が追いつかない。


「そんなの、私は――」


「とにかく! 考えとけよ!」


 それだけ言って寝室に入って行く夫を、ただ茫然と立ち尽くして見送ることしかでき無かった。


 エプロンのポケットではスマートフォンが震えている。小刻みに。なんども。

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