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憧れ

「チッ! ハンバーグなんて日本酒に合わねえだろ、頭使えよな」


「ごめん、すぐにお魚焼くから」

 

 夫は三日で平常運転に戻った。いや、よく三日持った方だと感心する。


「お前さぁ、そーいう所なんだよ。視野が狭いっつーか。気が利かねえっつーか」


 知らねえよ。お前が今日、何を飲むかなんて。飲み初めてから用意したら「遅えっ!」って文句垂れるだろうが。


「ごめん」


「お前、友達いねえだろ?」


「え?」


「友達だよ、いねえだろ?」


 友達、友達。はい。確かにいない。


「うん……」


「やっぱりな、俺くらいになると分かるんだよ、お前みたいな根暗な奴と遊んでもつまらないからな」


 そんな女と結婚した馬鹿はお前だろうが。


「少しは交友関係を広げた方が良いぞ、まあ無理だろうけど」


 なんでこいつは人を馬鹿にしているとこんなに生き生きとしてくるのだろう。しかし。


 友達……か。


 小、中、高と目立つグループにいたわけでも、かと言って極端にスクールカーストの底でもない中間、よく言えば平均。ど真ん中。特徴なし。


 とは言え仲の良い友達はいたし、それなりに楽しい思い出もあった。


 でもそれは、卒業してからも継続するほどの仲じゃなく、いつの日か疎遠になった。そして思い出す事もなかった。そんな浅い関係。



 次の日、そんな私を試すようにそのハガキはポストに投函されていた。




 『赤台中学校 同窓会のお知らせ』


 拝啓、皆様にはますますお元気に――。


 

 地元の中学校、特筆した思い出もない中、たった一つ今でも鮮明に覚えてるイベント。バレンタインにこっそりと下駄箱に忍ばせた手作りのチョコレート。


 クラスでも特に人気があるわけじゃないその松本くんとは偶然にも三年間、同じクラスだった。


 中学三年、給食当番の私は彼と二人でクラス全員分の牛乳を運んでいた。瓶だから結構重い。


 階段を登る途中、足を滑らした私は持っていた手を離してしまう。バランスを崩したそれは派手な音を立てて階段に撒き散らされた。


 蒼白になった私は割れた瓶をかき集めようと立ち上がる。


『さわらないで!』


『え?』


『危ないから、ホウキとチリトリ持ってくる。

スカート、牛乳付いちゃってるからハンカチ濡らして拭いた方が良いよ』


 テキパキと指示されてその場に固まる。頭の中では牛乳を楽しみにしている生徒から罵倒される事を心配していた。



『わりー。手が滑った』


 彼はクラスのみんなにそう言って謝罪した。滑ったのは私の足なのに。


 クラスでも一番小さな身長、その時の私よりも小さかった気がする。でもその背中はすごく大きく見えた。


 愛嬌があって、先生からも可愛がられていた彼の謝罪で私は誰からも責められる事は無かった。それから彼を意識するようになった。


 お礼の意味も込めてチョコレートを下駄箱に入れた、手紙を添えて。でも、そこには牛乳事件のお礼だけを書いた。


 好きだとは伝えていない。


『サンキュー、水森』


 そう言って笑った彼の顔だけは、今でも鮮明に覚えてる。



 ハガキの文末には幹事の名前が記されていた。記憶が蘇って心拍数が上がる。


 幹事 松本 結城

 

 連絡先080-◯◯◯◯-◯◯◯◯

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