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イレギュラー⑤

「毎週火曜日は残業ってなんだよ」


「なんだよって、頼まれたから。もしかしたら正社員になれるかも知れないし、チャンスなの」


 昨日の夜、話した時には気持ちよく「頑張れよ」と言ってくれた夫。一晩経つと忘れてしまう。チンパンジーくらいの脳しか無いのかお前は。


「正社員なんつってもカスみたいな給料でサービス残業までやらされるんだろ?」


「残業はほとんどないし、本当に火曜日だけだからさ。お願い」


 手を合わせて懇願する、思えば夫に何かを頼むなんて初めてかも知れない。


「お前さあ、不倫してるんじゃねえだろうな」


「し、してないよ。どうして?」


 声が上ずる、手が震える。


「お前のスマホ出せ」


「え?」


「え、じゃねえよ。スーマーホー!」


 バンバンバンっとテーブルを叩く。


「そーゆうのは干渉し合わないって……」


「時と場合によるんだよ、ほら、俺の好きなだけ見ろよ」


 あらかじめマズイメッセージは消してるんだろうが、この卑怯者が。


「さっさと出せオラー!!」


 ビクッと肩が震える、静かにロックを解除したスマートフォンを差し出した。


「ふんふん」


 バカが、何も出てこねえよ。恒くんとのやり取りはSNSを使ってる。しかも裏アカ。お前は一生辿り着けない。私たちだけの聖域。


「お前……。友達いないんだな」


 ほっとけ。


「電話変わったやつ、なんだっけ? 藤原?」


 心臓が跳ね上がる、平静を装いながら「うん」とだけ答えた。


「急な出張? 正社員がコロナ? いきなり派遣社員なんか連れて行くってどんな会社だよ。その藤原ってやつもぺこぺこ謝ってやがったけどよ、何あいつ、ジジイ?」


「三十六歳だけど……」


「オッサンじゃねえかよ。段取りもちゃんと組めないからそんな事になるんだよ、使えねえオッサンだなぁ」


「……」


「仕事できねえだろソイツ、俺くらいになると声で分かるんだよ。しかも禿げてるとみた!」


「……」


「禿げて仕事も出来ないダメ社員、どう? ビンゴ?」


「――まれ」


「ん?」


「謝れ……」


「ハァ? 何言っ――」


「謝れ!!!」

 

 歯を食いしばって夫を睨みつけた、離婚? 上等だ。許さない、恒くんの悪口は許さない。絶対に。


「落ち着けって、どうしたん――」


「すごく良い人なの! すっとろい私の面倒も見てくれる、いつも助けてくれるの! 派遣社員て肩身狭いの!! それでも全然差別したりしない人なの。やめて! 私の会社の人。悪く言うの」


 なぜかポロポロと涙が溢れる。パタパタっとテーブルを濡らした。


 この件で彼女を派遣切りなんてしたら、僕は訴えますよ――。


 嬉しかった。上司に逆らって、自分を犠牲にして私を護ってくれたこと。誰も助けてくれない私を。


「疑うんなら、別に離婚してもいいから」


「ちょっ、離婚て――」


 言い終える前に立ち上がり、私は家を飛び出した。何も持たずに、何も考えずに。

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