いつか平和になったこの世界で
この世界は、邪龍王という存在によって世界滅亡の危機に瀕していた。救世主と呼ばれる存在がそれを打ち破り、世界は徐々に平和になってきている。
そんな世界で、身寄りもなく一人で生きてきていた、アカヤという男がいた。アカヤは、未だ世界の各地で暴れている邪龍王の手下を退治する事を生業としていた。
ある日のこと、いつも通り退治の仕事をしていたアカヤの目の前に、一人の少女が現れた。少女の手には、小さな体に似合わぬ大きな刀が握られていた。
「こんなところで何をしている?」
「貴方と同じよ」
アカヤの問いに答えると、少女はアカヤの目の前でいとも簡単に、暴れていた邪龍王の手下を刀で真っ二つにした。
「……お前は何者だ?」
「……救世主、になるために育てられたデザイナーズチャイルド」
「は?」
「意味がわからなかったかしら? 私は、とある組織によって作り出された存在。救世主になるために、ね。私みたいなのが、他にもいるわ。今はただの残党狩りをしている一般人みたいなものだけどね。だから、貴方と同じ」
アカヤは、少女の答えを受けて少し混乱していた。そんな存在、今まで出会ったことがなかった。だが、少女の実力は本物のようだ。
「……お前、名前は?」
「セレナ」
「セレナ……お前、他に仲間はいないのか?」
「仲間? 仲間……ね。私と同じように作られた存在はいたけど、邪龍王が滅ぼされてからは、みんな散り散りになったわ。私達の役目は終わった。けど、私は敵と戦う以外の生き方なんて知らない。だって生まれてからずっと教え込まれてきたんだもの。だから、私は今も残ってる敵と戦ってる。でも、これもいつかは終わるんでしょうね。……その時、私はどうなるかしら。貴方はどう?」
「……オレも、いつからか敵と戦う以外の生き方がわからなくなっていた。だから今もこうして残党狩りを続けてる。いつかこれが終わるなんて、想像もしてなかったな」
「そうでしょうね。私だって、想像がつかないわ。でも、邪龍王は滅びて世界は救われて、徐々に平和になってきている。まだ暴れてる残党はいるけどね」
「……なぁ、セレナ、お前、行くところがないんだろう? オレの仲間にならないか?」
「え?」
「オレ一人では限界があるからな。仲間が欲しいと思ってたんだ。お前さえよければ、どうだ? お前の実力は本物のようだし、頼りになりそうだ」
「……仲間なんていなくても、私は一人でやっていけるわ。……と、言いたいところだけど、……まあ、いいでしょう。仲間になってあげるわ。その代わり、……もしも、こんな残党狩りなんてする生活が終わっても、私と一緒にいてくれる? 私は、この生活が終わった後に一緒に過ごす存在が欲しい」
「この生活が終わった後、ねぇ……。そんなの、オレは想像もしてなかったが……、そうだよな、いつかは終わるんだよな。わかった、それでいい。残党狩りが終わった後も、オレがお前の面倒を見てやる」
「決まりね。……そういえば、貴方の名前を聞いてなかったわ」
「ああ、オレは、アカヤっていうんだ。改めてこれからよろしく、セレナ」
「ええ、よろしく、アカヤ」
そうしてアカヤはセレナと行動を共にするようになった。セレナは、救世主になるべく育てられたというのは伊達じゃないらしく、日々とても順調に残党狩りを進めていった。
アカヤは、自分が一緒にいる意味は本当にあるんだろうか、なんて思いもしたが、精一杯セレナの役に立てるようにがんばった。セレナは、本当に戦うこと以外ろくにものを知らないようだった。教えられていなかったのだから、知識がないのは仕方がない。アカヤはセレナに色々なことを教えていった。
この、残党狩りが終わったらどうするのか、アカヤは、セレナに問われてからずっと頭の隅で考えていた。どこか静かなところで、普通の生活をしていくことができるだろうか、なんて。考えてはみても、普通の生活というものがどういうものなのか、そもそもアカヤにはわからなかった。
そうこうしている内に、時は進み、順調に残党狩りも進んでいく。世界が平和になっていくにつれて、残党狩りをしている者たち同士で連絡を取り合うこともできるようになっていった。セレナと同じ救世主になるべく育てられたデザイナーズチャイルドたちも、その中にはいた。セレナとアカヤのように、チームを組んでいる者も多かった。
この残党狩りが終わったらどうするのか、セレナは皆に問いを投げかけた。皆、それぞれに完全に平和になったらやりたいことを口にした。セレナにはまだやりたいことが見つからなかったので、そんな皆の姿が眩しく見えた。
「……ねえ、アカヤは、本当に、この生活が終わっても私の面倒を見てくれるの?」
ある夜、セレナがアカヤに尋ねた。
「まあ、そういう約束だからな。……オレだって、まだ、この生活が終わったらなんて、実感がないけどよ」
「そうよね。アカヤも、戦うこと以外の普通の生活なんて知らないんだもんね」
「……そうだな。普通の生活なんて、どんなものなのか、想像もつかないけど、きっといつか、普通の生活ができるようになるさ」
そう言って笑うアカヤに、セレナは元気づけられた。いつか、アカヤと普通の生活をするのが、いつしかセレナのやりたいことになっていた。
「さ、明日もあるんだから、早く寝ようぜ」
「ええ、そうね。おやすみ、アカヤ」
「おやすみ、セレナ」
いつかの未来の普通の生活を夢見ながら、二人は眠りについた。いつか完全に平和になった世界で、二人は静かにどこかで普通の生活をする。それは、まだ少し先のお話。
〈了〉