72.貸し
「あのっ、すいません。まだ、あるんですけどいいですか?」
「おっ、まだ、あるのか!出していいぞ!」
「そうですか!じゃあ、出しますね!」
後、残っているのは大豆のみである。大豆の量は結構あったので、ここで、全部出すわけにはいかないので、取りあえず、1粒だけ取り出す。
「これは?………………大豆か?」
「そうですね。」
「多分、美味しいと思うんですけど、俺には大豆製品を作るノウハウってのがないんですよね。まぁ、豆腐ならなんとか作ろうと思えば作れるとは思うんですけど、やっぱり本職の方が作ったのに比べるとどうしも味が落ちちゃうと思うんですよね。出来たら、この大豆で味噌や醤油なんてのが出来たらいいんですけどね。」
「師匠!それは、いい考えっすよ。」
涎を滴しながら俺に遙がそう言ってくる。
「遙も可愛いんだから涎なんか垂らすんじゃないよ!」
「いやー、師匠に美人って言ってもらえると嬉しいっすね。」
「遙、そこじゃないでしょ。」
朔夜が手持ちのハンカチを遙に差し出す。遙はハンカチで口元を吹きながら話し出す。
「でも、朔夜、よく考えるっす。ダンジョン産の食べ物はどれも美味しかったっす。それを考えたらあの大豆で作った醤油や味噌が不味いわけないっす。」
「そう言われればそうかもしれないけど、師匠も言ってたでしょ、作るのは難しいって!」
「じゃあ、天上院グループでどうにかならないっすか?」
「そんな、私に言われてもそんな力は私には無いわ。ねぇ、お爺様!」
玄羅は、暫く目をつぶっていたが、突然開かれ、立ち上がる。
「よしっ、決めたぞ!」
玄羅が急に立ち上がるものだから、ここにいる全員がビックリしている。
「爺さん。ビックリするから急に立ち上がるの止めてくれるか?それで、何を決めたんだ?」
「神月。儂が大豆を全て買い取る。」
「「「「「「はぁ~?」」」」」」
全員が玄羅の発言に?が浮かんでいる。
「何全員で鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている?」
「いや、爺さんが何か考え事をしているなとは思ってたけど、まさか、そんなことを考えてるなんて思わなくてな!」
「儂だって、少しは考えとる。お主は、大豆製品が欲しいが、それを造り出すことは難しい。なら、儂が買い取って作ってみようと思ってな。
まぁ、儂の恩返しみたいなものだ。」
「俺は、別に構わないというよりも大歓迎なんたけど、ダンジョン支部的にはどうなんですか?」
「そうだな。今現在、ダンジョン庁にも総理の元にも様々な企業からダンジョンに関する事業に参入したいという申し出が山のように来ているらしい。それを受けて、企業も参入出来るようにしているところらしい。だから、天上院グループではなく、天上院玄羅個人として買い取ってもらう分には問題はない。」
「よしっ!では、大豆は全て儂が買い取るぞ!」
「毎度あり。それで、どのくらいあるんだ?」
「さぁ?どのくらいでしょうね!」
「はぁ~………葵は秤を持ってこい。神崎は大量に入れれて頑丈な大きな袋を出来るだけ集めて持ってこい!」
「「わっ、分かりました!」」
四ノ宮さんは、何か溜め息を吐きながらそう言うと葵さんと神崎さんは慌てて部屋を飛び出して目当てのものを探しに行った。
「さて、他には何か手に入れた物はあるのか?」
「今日はさっきので最後ですね。」
「そうか!………………ところで神月、毎回この調子だとこっちの心臓がもたないぞ!」
「それは、仕方ないですよ。師匠ですから。」
「そうっすね!」
「確かに!」
「やはりそうか………。」
何か酷い言われような気がする。そんなことを思っていると部屋のドアが開く。
「お待たせしたした。秤を持ってきました。」
葵さんが、入って来た直ぐ後に神崎さんも入ってくる。
「袋を持ってきました。」
「よしっ、じゃあ、神月。アイテム袋から大豆を入れてくれるか?」
「わかりました。」
俺は、アイテム袋から袋に大豆を入れていく。袋は米が入れられていた物で米が30キロ入るやつてあった。最終的には袋が5袋になり合計150キロになった。すると、四ノ宮さんは手を額に当てて頭を左右に振っていた。
「お前な一体どれだけ採ってきたんだ?」
「さぁ~?」
実際に知らないのである。だって、あれは俺が採ってきたものじゃなくてグラム達が採取してきたものだからである。
「まぁいい。買取価格だが1キロ4000円で買い取ろう。いいか?」
「いいですよ。」
「じゃあ、150キロあるから60万円になる。」
「おおっ、また、すごいっす!」
「流石、師匠です。」
2人は俺を持ち上げてくれる。
「それで、儂には幾らで売ってくれるんだ?」
「そうですね。1キロ7000円。150キロで105万円でいかがでしょう?」
「もう少し安くならんか?」
「仕方ないですね。では、切りのいい100万円でどうですか?」
「よしっ、買った!」
どうやら四ノ宮さんと玄羅の間で折り合いがついたようである。これで一段落ついたと思っていると部屋のドアをノックする音が聞こえ、支部の職員が蒸したサツマイモを皿に乗せて持ってきた。
「さて、皆で試食してみましょうか!」
そうして、皆1人1本サツマイモを手に取り食べ始める。俺は、まず、サツマイモを2つに折り中まで火が通っているのか確認をする。折った部分からは湯気が出ておりキチンと中まで火が通っており、そのサツマイモにかぶりつく。
「うん。美味いな!」
そう感想を言いながら周りを見てみると、皆、一心不乱に食べている。ちょっと引くくらいの光景だった。すると、一番最初に食べ終えた遙ご俺のサツマイモが残っているのを発見すると、
「師匠、食べないならもらっていいっすか?」
その光景を朔夜にじっと見られている。なので、
「半分は俺が食べるから、残りの半分を朔夜と分けるならいいぞ!」
「やったっす!」
「ありがとうございます!」
そして、2人は俺のサツマイモを分けて食べ始め、俺も半分を平らげる。
「はぁ、美味かったな。そう言えば、まだ、買取価格決めてなかったよな?」
「そうだな。………1キロ4000円で、何キロあったんだ?」
「えっと、30キロですね!」
「だそうだから、12万だな。それでいいか?」
「俺に異論はないですよ。」
「じゃあ、神月の買取は、大豆が60万円、サツマイモが12万円、スパイラルガゼルの魔石が4万円で取りあえず合計が76万円だな。あとは、オークションに回す、でいいんだな。」
「いいですよ。」
「それで、そのアイテム袋はどうするんだ?」
「これですか?」
「そうだ。こちらで、買い取るかオークションに出せば何億かは下らないぞ!」
「おっ、億っすか!」
遙が驚いて声を上げているが、朔夜と神崎さんも驚いて目が開いている。葵さんはウンウンと頷いていた。俺は、アイテム袋を持つと玄羅に放ってやる。
「爺さん。それやるよ!」
「「「「「………………えっ?」」」」」
「いいのか?」
「いいよ。」
「それで、幾らだ?」
「はい?」
「だから、幾ら出せばいい?」
「別にただでいいけど!」
「あのっ、サイガさん。このアイテム袋を売れば数億円にはなるんですよ。それをただで渡していいんですか?」
「いいんですよ。今はお金には困ってませんし、探索者してたら今まで以上の収入があるので満足してますし。」
「そうですか。」
葵さんは、納得してくれたようである。
「だがな、こんなものをただでもらうわけにはいかん。」
玄羅がまだ納得していないようである。
「じゃあ、貸し3つでどうだ?」
「貸し?」
「そう、貸し。何か困ったことがあったら力を貸して欲しいってこと。爺さんならそれなりに顔が広いだろ!」
「そうじゃの。それで、いいぞ。」
「良し。これで交渉成立だな!」
「ねぇ、朔夜。あれでいいんすかね?」
「いいんじゃないの。ただ、その貸しがとんでもないことにならないといいけど。」
不吉なことを言う2人であった。
取りあえず、探索者カードに入金してもらい、部屋を後にする。そして、支部のホールで帰りの準備をする。
「じゃあ、朔夜と遙とは暫くお別れだな。」
「何の事っすか?」
「お前ら、明日、東京に戻るんじゃないのか?」
「戻らないっすよ。」
「私もですよ。」
「えっ、明日帰らないと明後日の始業式に間に合わないんじゃないのか?」
「まぁ、間に合わないっすね。」
「間に合わないでしょうね。」
「だったら明日帰らないといけないじゃん!」
「いいんすよ。朔夜と話したんですけど、どうせ明後日は始業式しかなくて、その次の日は入学式があるだけなんすよ。それだけの為に帰るなんて馬鹿らしいじゃないっすか。それに、平日が1日あるっすけど、これも休んで学校は来週から行こうってことになったんっす。だから、と東京に戻るのは日曜になったっす!」
「なぁ、爺さん!こんなこと言ってるけどいいのか?」
「儂は、孫の意見を尊重するが、その両親が何と言うかは知らんぞ!」
「大丈夫です。両親も納得してくれました。」
「私の親は朔夜の両親が話をしてくれたっす!」
「まぁ、お前達がそれでいいんならいいけど、但し、成績は落とすんじゃないぞ!」
「わかってます。」
「了解っす!」
「じゃあ、また、明日。今日と同じ時間で待ち合わせな。」
俺は、手を振り別れを告げる。そうそう、朔夜と遙に貸していた無弓とトライデントは一応ダンジョンを出る前に返してもらってアイテムボックスに入れてある。玄羅の鎧は本人に返却済みである。そうして、車に乗り込み俺はダンジョン支部を後にする。
朔夜達の車の中。
「お爺様。今日のダンジョン探索はどうでした?」
「とても面白かったぞ!」
「あの戦い方は戦闘狂っすよ!」
「ははははは。そう言うな。あれは面白かったぞ。それに、自分が強くなっていくのが分かってとても充実していた。」
「お爺様も当然明日も行くんですよね!」
「当たり前だ。こんな楽しいこと全ての予定をキャンセルしても行くぞ!」
玄羅は今日のでダンジョンにハマったらしい。まぁ、これは、当然と言えば当然の結果である。玄羅の人生で長らく武道をしてきたが、実戦をやってみたいと思っていた。要は、自分の力を相手に思いっきり試してみたい衝動に刈られていた。だが、玄羅のレベルの人達が全身全霊で試合をすると言うことは下手をすれば死ぬかもしれないということである。そんなことは、ダンジョンが出現する前までは到底出来ないものであった。だが、ダンジョンが出現したことにより、モンスターが出現する。今のところダンジョンに入らない限り襲いかかってくることはないが、ダンジョンに入るとモンスターは襲いかかってくる。それも、こちらを殺そうとしてやってくるのである。それには、当然こちらもそれなりに対応しなければならない。そして、モンスターを倒すことにより今までに無い様々な未知の物をもたらしてくれる。しかも、それを国が公認してくれるのだ。玄羅にとってはまたとないチャンスだった。そして、4月1日となりダンジョンが開放されたが、孫の手前ダンジョンに出かける事が出来なかった。けれど、今日、ダンジョンに探索に来ることが出来た。最初は、自分の攻撃ではモンスターを倒せないと実感した。まぁ、いきなりレベル1の人を8階層に連れて行ったんだから攻撃が通らないのも納得することが出来る。だか、レベルが上がる度に強くなっていると言う実感が沸いてくる。昼過ぎからは1人でも何とか戦うことが出来ており、それがとても楽しかった。今、自分は生きているという実感を味わうことが出来てとても充実した時間を過ごせたと思っている。しかも、明日も今日と同じもしくはそれ以上の体験が出来るのではないかと思っている。