106.治療とまた茶番劇
俺は、刺された椿さんの状態を診る。とりあえず、まだ息はある。まずは、ドスが椿さんの倒れている直ぐ横に血塗れの状態で落ちていた。俺は、魔法を使い治療をしていく。大量に出血しておりそのせいで椿さんの意識はない状態であった。治療が終わるまで1、2分であろう。その間に、通報を終えた玄羅と玉兎さんが覗き込むようにこちらを見ている。
「とりあえず、刺された傷は治しましたが、ちょっと血を多く流してますね。」
「えっ、それじゃあ椿さんは助からないんですか?」
それを聞いていた芽衣ちゃんの表情も暗くなる。
「玉兎さん。そう言うことは人の話を最後まで聞いてからにして貰えますか?芽衣ちゃんも不安がってるじゃないですか!」
「あっ、すいません。」
「玉兎さん、椿さんにこれを飲ませてくれませんか?」
俺は、アイテムボックスからハイポ−ションを手渡す。
「これは?」
「ハイポ−ションですよ。」
「わかりました。」
玉兎さんは椿さんを抱えハイポ−ションをゆっくり飲ませていく。すると、さっきまで悪かった顔色も今では健康的なものにまで戻っている。
「これで、大丈夫とは思いますが念のため病院で検査を受けた方がいいでしょうね。」
「そうですね。神月さん、ありがとうございます!」
「お姉ちゃんは大丈夫なの?」
さっきのが怖かったのか、哮天犬を抱き締めながら恐る恐る聞いてくる。
「さっきは、大声出してごめんね。」
「ううん、大丈夫。」
「お姉ちゃんの傷は治療したし、薬(ハイポ−ション)を飲ませたし、血色も良くなってるから、もう大丈夫だと思うよ。だけど一応念のために、今から救急車が来るから病院で異常がないか見て貰おう。」
「うん、わかった。ありがとう!」
「どういたしまして!」
芽衣ちゃんはお礼を言うと椿さんの方に駆けていく。それと、入れ替わりに玄羅が俺に近づいてくる。
「警察への連絡は終わったぞ!それで、これからどうするつもりだ?」
「どうって言われても、コイツらを警察に突き出して終わりだよ!その後、憂さ晴らしにダンジョンのモンスターにでも八つ当たりするさ!」
「ははは、八つ当たりされる方が可哀想だな。」
俺と玄羅のそんな話を聞いていたのか、さっきから暴言を吐きまくっていた海道達は急に笑い始めた。勿論、奴等の言っていることは全て無視していたが、今回は少し気になったので話をしてみることする。
「ヒャハハハハハハハ!これは、傑作だ!」
「何がだ?」
俺は冷ややかに答える。
「こんなこと出来るなんてお前、探索者だろ?」
「それが、どうした?」
「だったら知らないのか?探索者が一般人に危害を加えれば、犯罪になるんだ!そんなことも知らないのか?」
「はぁ~、爺さん。この馬鹿に説明してやってくれ!」
俺は呆れてものが言えなかった。まさか、こんな日が来るなんて思わなかった。
「儂か?うむ、仕方ないの。いいか、海道。よく聞け。まず、大前提としてお前達は、そこの姉妹を誘拐した。つまりは、その時点でお前達は犯罪者だ。そして、儂の孫もお前達の世話になったようだしな。」
「俺達は誘拐なんざしてない。」
「何を訳の分からないことを言ってるんだか!」
「まぁ、その内に分かるさ!」
といい、海道は下品に笑い始める。そんなことをしている内に、救急車とパトカーのサイレンが聞こえてくる。先に到着したのは救急車の方である。救急車のサイレンが大きくなった為に、玉兎さんに誘導をお願いして俺達が居るところまで救急隊員を連れてきて貰う。救急隊員が到着すると、
「負傷者は何処ですか?」
と、問いかけてくるので、指を指し救急隊員に教える。救急隊員は、椿さんの状態を見て顔をしかめる。
「大量に出血していますね。一刻も早く病院に搬送します。」
俺達にそう言う。なので、俺は
「あの~、ちょっといいですか?」
「話をしている余裕はありません。この患者さんは一刻を争う状況なんですよ!」
「なので、少し話があるんですよ。」
「わかりました。手短にお願いします。」
「わかりました。まず、刺された傷は俺が治しました。」
「はい?…………あなた、何を訳の分からないこと言っているんですか?」
「事実です。現に、その人の身体には刺し傷はありません。」
救急隊員は、椿さんの体を調べるが、刺し傷は何処にも見当たらない。俺が治したのだから当然と言えばと当然である。
「本当だ。何処にも傷は見当たらない。」
俺が、探索者であること、回復の魔法が使えることを説明すると救急隊員は渋々ではあるが納得してくれる。確かに俺も同じことを言われたら戸惑ってしまう。
「2つだけいいですか?」
救急隊員が俺に質問をしてくる。
「まずは、1つ目ですが、あなたは何者ですか?」
「自分はただの最近流行りの探索者ですよ。」
「そうですか。ダンジョンでレアなスキルでも手に入れたクチですね?」
「まぁ、そんな所ですね!」
俺は、救急隊員に苦笑いを浮かべながら話を続ける。
「では、もう1つの質問なんですが、既にあなたが治療を終えているのに私達、ないし私達が運んだ後の医師の必要は無いんじゃないんですか?」
若干怒ったような態度をしてくる。まぁ、当然と言えば当然かもしれない。俺が、椿さんを治療したのならここにいる救急隊員やその後の病院で治療をしてくれる医者や看護師に対する侮辱でしかない。
「怒らないでください。…………確かに、俺はダンジョンでスキルを得て椿さんを治療しました。ですが、傷は癒せましたけど彼女は見ての通り大量に出血しています。」
「確かに。ですが大量出血を起こしている割りには顔色が良くありません?」
「言われた通り大量出血しているときは顔色は良くありませんでした。それは、傷を治したときも同様でした。なので、手持ちのハイポーションを飲ませてみると徐々に顔色がよくなったんです。」
「ハイポーション?」
「そうです。ハイポーション!」
「それってとても高価な物なんじゃないんですか?」
「さぁ、知らないですね。」
俺は本当に市場で売られている値段を知らなかった。後に知るのだが結構高いことに吃驚する。
「そうですか。では、患者さんの方を病院に搬送したいと思うのですが、誰か付き添いをお願いできませんか?」
救急隊員がそう聞くと、真っ先に玉兎さんが手を上げる。
「俺が行きます。」
「じゃあ、お願いしますね。あと、芽衣ちゃんはの方もよろしく!」
「分かってます。任せておいて下さい。」
「あっ、それと、病院が決まって落ち着いたら何処の病院なのか連絡してくださいね。」
「わかりました。」
そう言い玉兎さんは救急車に乗って行ってしまった。そして、救急車が出発するのと同時に、救急車とは違うサイレンの音が聞こえてくる。どうやら、やっと警察のお出ましである。すると、玄羅が
「仕方ないの。今度は儂が行ってくるか。」
どうやら玄羅が警察をここまで誘導してくれるようである。
少し待つと、私服の警察官と制服を着た警察官が玄羅に連れられてやって来る。すると、
「「「「「「「!?」」」」」」」
声にならない驚きの表情をしている。まぁ、それも仕方のないことだと思う。床には大量の血液があり、海道を含め部下達全員は結界の中で途方にくれている状態であり、そんな中で唯一普通に突っ立っている俺がいる。おそらく、警察官はこんな奇妙な光景に出くわしたのは人生で初の事だろう。勿論、俺も初めての事である。そして、その中の1人が正気を取り戻し俺に詰め寄ってくる。
「貴方、探索者の方ですね?」
「そうですけど?」
「では貴方を一般人への暴行容疑で逮捕します!」
「えっ?」
俺は一瞬間抜けな声を出してしまう。
「だから、貴方を逮捕すると言っているんです。」
「何故、俺を逮捕するんですかね?」
「あの人達が言っているじゃないですか!」
俺は、言われた方を見ると、そこでは海道とその部下が大声で俺が結界を張っているとまでは言わないが、その場から動けないのは俺のせいだと言っているのだ。
「まぁ、確かに。」
「こんなことが出来るのはおそらく探索者何でしょう?探索者は一般人に危害を加えたら罪になると言われてませんか?」
「まぁ、言われてましたけど…………。」
「ですよね。なので、貴方を逮捕します。」
「ちょっと待ってください。あの人達は暴力団員ですよ?」
「それが、どうしました?暴力団員でも犯罪を犯していなければ一般市民には間違いないでしょう?」
「犯罪なら犯していますよ?」
「どんな犯罪を犯していると言うのですか?」
「誘拐と殺人未遂です!」
「っと言っていますが?」
刑事が海道に質問する。
「そいつの言っていることは出鱈目だ。俺は、そいつが俺の女を誘拐したから手下を連れて乗り込んできたんだ。そいつこそが誘拐犯だ。」
「あのように言っていますが?」
刑事がそう言うと、玄羅が少し不機嫌なオーラを出しながら
「お主は、一般市民と暴力団員の言うことのどちらを信じるんだ?」
「それは、双方の言い分をしっかりと吟味してからでないと何とも言えないですね。」
「ほぅ~、そ奴等の罪はさっき神月が言った物だけではない。儂の孫も女を誘拐するときに止めに入って暴行を受けておる。儂も大切な孫をやられて腸が煮えくりかえっているんじゃよ。」
どうやら玄羅は、玉兎さんが海道達に暴行を加えられて相当なお怒りのようである。そんな中、他の刑事達も復帰する。そして、俺達と話していた刑事が事情を他の刑事達に説明をする。そして、再び玄羅に
「さっきも言ったと思いますが、それぞれの言い分を聞いた上で判断をします。」
「儂が信用ならんと?」
「身も蓋もない言い方をすると、そういう事になりますね。」
「小僧が…………いい度胸をしとるな!!」
どうやら自分に対しての信用が無いのが気に入らないのか警察官に怒気をはらませている。それも分かる気がする。元々超がつくほどの大会社の社長なのだ。そんな人がこんなことで信用を得られないなんて屈辱以外の何物でもないだろう。…………、だが、不思議と海道達の方は素直に信じているように思う。普通なら相手は反社会的な集団である。そんな相手の事を簡単に信じて、一般市民である俺達の言うことに対しては、信用してくれないなんて少し違和感を覚える。そんな事を考えていると、海道の手下の1人が、
「そいつは、ダンジョンにいるモンスターを連れている。それに、そこに居る犬も普通じゃあねぇ。俺達はそいつに痛い目に遭わされたんだ!」
どうやら、その男は昨日、芽衣ちゃんをつけ狙っていた奴の1人である。
「ほうっ、では、その辺りを詳しく聞きましょうか?」
刑事の1人が俺にそう言ってくる。なので、俺は反論をする。
「まず、、そこに居るスライムは確かにダンジョンのモンスターだけど、俺がきちんとテイムしている。それに昨日の件だって、その男と他の数人が小さい女の子を追いかけ回していたのを助けただけだ。」
「こう言っていますが、どうなんですか?」
「そいつは嘘だ。俺達はそいつに脅されて金を盗られたんだ。」
「貴方には、署の方で色々と聞かねばならないようですね?」
「なぁ、刑事さんよ。さっきからおかしくないか?」
「何がです?」
「だってさ、一般市民である俺達よりも反社会的な暴力団の方の言うことを信じるなんて可笑しくないか?」
俺が、少し釜を掛けてやると態度には変化は見られないが、明らかに目が動揺していた。
「そんな事有るわけが無いじゃないですか!我々は国民を守る組織なんですよ。そんな我々が反社会的な組織と繋がりが有るわけがないじゃないすか!」
「あっ、そうですか!…………、じゃあ、署のほうに行くので電話を一本掛けさせて貰ってもいいいですか?」
「わかりました。1本だけですよ。」
俺はその電話で御堂さんに連絡をとる。すると、御堂さんは激怒し、その旨を総理に報告する。勿論、これらの行動は、さっきまで一緒にいた俺達に犯行が無理なことを充分に把握しているからに他ならない。後は、玄羅に対する信頼があったのだろう。あの時間で俺を信用しようとは、俺は思わない。だけど、相手は政治家である。数多くの人と会っているので直感のようなものが働いていたのかも知れない。この辺りの事はよく分からない。そして、報告を受けた総理も直ぐに動いてくた。結果としては、警視庁の刑事が来て俺達は当然の如く無罪放免である。対して、海道達には、誘拐や殺人未遂等の罪で逮捕された。そして、最初に現場に到着した刑事達も徹底的に調べられ、どうやら海道から金を貰う代わりに海道達が起こす犯罪を隠蔽していたようである。