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かげほうし  作者: 海堂ユンイッヒ
44/45

これで一旦終わりです。

 厨川の柵より胆沢城まで、庶民は凱帰の列を眺める。

『やっとこさ……』

 こうも言いたげな顔である。そも陸奥動乱の始めより、山や隣国へ離散していたが、星羅氏の進出に連なる形で戻りつつあった。しかし、この軍士らの素行は悪く、駐屯地近傍の里で乱暴や掠奪がよく起こった。

 菊池宮にも目安状が届いたが、星羅の助力無くして奧州平定無しとて、一義は黙殺した。人〻は、このまま居座られるのではと不安が過ぎる。


 胆沢城の広場で、将兵や役人が整列する。将軍一義、御曹司仁義、その妻乙姫、星羅令髙(をさたか)、高官らは南面する。

 そこへ縲紲(るせつ)の安東茂任(しげとう)が引き摺り出され、口縄を解かれた。途端に、讎敵(しゅうてき)を面罵して憚らない。瞋恚(しんい)極まって、をめきさけぶ声、梵天まで聞こえる程である。

『しゃつ、聞くだに胸糞悪うなる』

 一義は眉根を顰め、(すみ)やかに(くびきれ)と処刑人と目交わす。責め苦により各疵を被ってはいるが、最期の抵抗は止まらず。姉の乙姫は、そんな痛〻しい弟の姿に、顔を覆った。

「目を背けてはいけない。和御前はもう坂東源氏の女。しかと刮目し、旧家と袂を断て」

 と隣の夫が、無慈悲に言う。処刑人が太刀を抜き、鋒を斜めに構えると、陽の光を反射した。

「姉上っ! 貴女は安東の女でありましょう⁈ いつまで妻の態を作っておられるか⁉︎ そこなる男と刺し違えても忠義を見せてくだされ! なぜ御目を背けられる⁉︎ この裏切m――」

 ここで茂任の言葉は了った。乙姫は背を向け、咽び泣く。処刑人は手利きで、弟君はさして苦しまず逝く、仁義は妻に言っていた。残雪を染める赤の少なさが、その印であった。

「萬歳、萬歳、萬歳!」

 厳粛な雰囲気は、断頭を以て歓喜の渦に包まれた。一同は両手を上げて平定を祝った。

「奧州昌盛(しょうせい)栄苍(えいそう)、一朝の敵風に散乱して切られけるこそ哀れなる……」

 菊池宮はひとりごち、遥か彼方の京を眺めていた。


 鎮守府は戦後処理で多忙となっていた。そこへ畋猟(でんりょう)兵の大伴員季(かずすゑ)と深江是則(これのり)が登り、申し開いた。

「逃げた安東典任(のりとう)に、ナテツキを仕掛けられ候。夏まで追撃中断せざるを得ませぬ」

「また冬に凍っていた川の氷が、谷風で溶け出し、押し渡るのは危険であります」

「此尤もしかるべし。御辺らも大義であった……」

 もとより、将軍は勲功と餘黨(よとう)掃蕩に尚一()は費やす胸であった。

 陸奥で起こったことは、五日後には中央に報告が届く。将軍源一義朝臣が奉る、俘囚安東茂任の頸の仔細、并び降人の交名觧文が朝廷に進覧された。

 (べこ)を庶民に返還し、借り上げ料や損料の支払いですったもんだしているが、菊池宮は残務整理を在庁役人に丸投げする算段だろう。次郎が見ても、出で立ち急ぎに気もそぞろとなっていた。


去来(いざ)帰なむ!」

 鞍上の菊池宮は、役人・歩兵・降人含む二十余人に対し、来し方を指差す。将軍は事繁く、簡略の離任式で済ませる段取りであったが、この吏官は式そのものを辞退した。今や雪解の中、進發する一行。肩の切所も塞がっていない次郎もいた。渋る老医官に――

『都までおぼつかなく思ふらん』

 と無理に同行させた。

 平泉の方より、寺院の鐘の音が心の底に答ふ。菊池宮は口取る次郎に尋ねる。

「後ろ髪を引かれますか?」

「いえ、野僧に髪はありませぬので」

 すく〳〵しう答えるその禿を馬上から見ると、なんと当意即妙よと役人は笑て興に入った。

 辺地では、上代の遺風である駅が今も機能しており、そこで鈴を鳴らして馬を替えた。そのまま昼夜兼行で官道を進み、近江国の甲香郡に至る。そこで、安東茂任の頸を献ずる式を挙行する手筈となっていた。


「臣一義、暴逆残害の頸を京土に伝えん……」

 式日、まず菊池宮が将軍の名で、奧州平定遅引の謝辞から始めて、朗〻と事の次第を述べた。次郎が欠伸を噛み殺す頃になると、役人が函を開け、美酒に浸した頸を取り出して、頸台に載せる。降人が、嗚咽しながら(くしけづ)る。そして頸を鉾の鋒に挿し、前に進み出た。

 受領人たる検非違使の看督二人は、放免を十余人相連れていた。武士崩れの元頭領が、恭しく前に進み出、頸付きの鉾を受け取る。その放免が引き下がると、一同は南に歩き進む。先頭の放免は、“損皇威魁師之斬首是也”と書かれた幟を掲げていた。京に近づくにつれ、人が蟻聚(ぎしゅう)のごとく出て、わいのわいのと騒ぎ立てる。その数は増えるばかりで、勝計すべからず。

 洛中では、行列を見ようと車まで繰り出してくる。その物見から、好奇心の目が覗いている。

「野次馬に貴賤なしか……」

 次郎は呆れた。

 茂任の頸もまた、西獄門に(さらさ)れ、父子は再会したのであった。もっとも言葉交わすことも、(なんだ)垂ることも無かったのだが。

 どこぞの僧侶が頸二級に向かって読経する。俺もそうすべきか? 次郎は自問したが、安東滅亡の遠因となっていたゆえ、偽善に他ならない。

 無常の風が吹き散らし、春過ぎ夏に成ぬ。

また頑張って書きますので、しばらく待ってください。

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