散
厨川の柵、陸奥六軍の最北且つ最後の砦である。その日は曇天で、斑に降る。将軍一義率いる官軍は、星羅の包囲網に加入し、自らも陣を開いた。また協同戦のため、連絡線が接続された。
柵近傍の宿盧を指撝所とし、白妙になった物見らが白息混じりに報告する。一義と仁義は、星羅の高官らと居室に胡座をかいて座り、床上の略地図を覗く。
「柵の周囲は三十三町許り。丘陵を二重の柵で守っております。徒士者は堀を超え、杭を登れますが、馬は正門、側門、裏門、木戸口しか入れませぬ」
「官庁街は外柵の西側、居館は内柵にござ候。この二箇所を占拠すべきであります」
「雪解の兆しはまた先で、空模様からまた冴えそうです。雪を溜めているでしょうし、火矢は意味がありませぬ」
薄暗い居室に、蝋燭の火が灯り、一義の掘り深い顔の陰影が際立つ。
「侍大将は、陣頭らにしかと申し渡せ。放火、掠奪、強姦は硬く禁ずと。非戦闘員に当たりては、殺傷すべからず」
土間に片膝着ける兵らに、強う言い渡した。
「どうか御慈悲を、お情けを……」
乙姫と小者三名は、別の宿盧にいた。逃げ出したり自害したりせぬよう、役人の横目をつけている。爺婆とその娘である下女は手を擦り合わせる。消え沈む気色の姫は、床に突っ伏している。
夜の帳が下りると、星羅の兵は松を光らせ、陣鐘を鳴らし、鬨を上げ、欺瞞攻勢をとった。柵内の陸奥六軍はいざ開戦と奮い立ち、その方に兵を固めて、火矢を射掛ける。
「星羅の助攻作戦始まれり。かゝれや〳〵!」
将軍方の陣太鼓がドン、ドン、ドロドロと鳴ると、徒士武者は大きな竹束橇を押し滑らせる。攻撃地点の守りは手薄となったとはいえ、猛射を浴びる。時折り、頭上を矢が走る。
『シュッと鳴るということは、まだ射線が高い。これがヒュッと鳴ると、耳元を走っていることになる……』
前進し続けると、柵上に掻楯が横並び、その隙間から防ぎ矢が狙っているのがわかる。将軍方の兵は、錣を傾ける。具足せぬ者は、前の者を楯とし、身を縮め、矢が立たぬよう祈る。安東の一斉射撃が起こるたび、仏に見放された者が斃れた。喚き叫ぶ負傷者を助ける猶予は無い。
軍太鼓の調子が変わると、兵どもは竹束をそのまま前に倒し、堀の橋渡しとした。ひたすら走り、柵元にひしと取り付く。梯子をかけ、蟻の如く登る。これを防ぎ拒まんと、安東方は、真上から射かけ、熱した油まで注いだ。
一方次郎は細作となり、木戸口に潜り込んだ。ここの守りは、将軍方への増援に回されていて、人はいない。戸口を毀ち、強盗提灯を闇夜に照らす。それを合図とし、仁義率いる驍騎が雪崩れ込む。
「いかに者ども。ここは柵戸の農耕地である。蹄を攢めて衝撃せん!」
と馬の足並みを揃え、大いに怒らせた。そのまま、柵を登った御方を囲む敵を目標とする。
「抜刀!」
その敵が、蹄音に気づいた時は遅く、背後から奔突された。頭蹴割られ、腰踏み折られて、をめき叫ぶ者数知らず。驍騎の奇襲に、その一陣は懼れをなし潰乱。算を散らしたる様に逃げ惑い、さむ〳〵に蹴散らされ、または背を貫かれた。掻楯は倒され、柵の一点が突破された。
「外の柵は破れり! ここを足掛かりにして、次なる攻勢を整えろ。我が方大勢なれば、勝ち時は近いぞ。陣頭、陣頭はおるか? 分遣隊を発して、あれに見える小屋を一軒一軒虱潰しに検分せい。怪我人は残置でよい、合戦が終わって担送しろ!」
血気盛んな仁義の号令一下、速やかに頭数を揃え始める。しかし、思惑通りにいかぬのが戦である。
「なんぞ彼の面の赤〻とした光は? 火を放ったのか? 固く禁じられておるに」
「あは星羅の方ぞ。しゃつ、欺瞞攻撃ではなかったのか!」
「構わぬ〳〵。柵の敵を全て討つ物臭よ。こちは分捕る頸だけで良い。隊列の再編急げ。先駆けはするな、無駄死にするぞ」
官庁街の占拠は星羅に譲るとして、安東茂任の居館だに責め落としたい仁義は、小休止、補充や再編もままならぬ状態で、内柵へ逼った。
しかし、楼閣に拵えた積弩が亂發し、遠方から狙い撃ちにされる。胸板すら裏かくその太矢と、返しも付いた内柵によって、徒士武者での責めは、柵元で足踏み状態となった。当然、驍騎でも如何ともし難く、仁義は苛立ちを隠さない。
「然るべい僧やある? とく〳〵仕れ!」
闇夜から現れた次郎が、内柵の上を走る。驚き呆れる安東の兵を尻目に、門横の弩楼閣にひしとしがみつくと、輕捷に傳い昇る。
「射とれや!」
と楼閣に矢が次〻と立つものの、跳梁として狙い定まらず。皆人の矢逸れて当たらず、再び射れども又当たらず。楼中に踊り込んだ次郎は、弩の射手を調じた。門の綱を見出し、はたと切る。
「いたした!」
門戸が開くと、将軍方は喜び勇み、大勢亂入て責込む。他の弩楼閣に侵入し、やがて全て沈黙した。
「先づは、茂任を打てや!」
今や馬から降り、徒士武者となった仁義が、太刀を揮り翳す。次郎は、楼閣の欄干から身を乗り出し、様子を伺う。官庁街からは、火が風に煽られ建物を呑み込む。また戦男どもの怒声と陣鐘の乱打が聞こえる。目下には、押しに押す将軍方が、敵の屍を踏み越え、居館へ我先に突入している。
「……」
彼方此方に目を凝らすが、長八尺計なる大男は見えず。だが、煌びやかな挂甲を着装する安東茂任が、館から打って出てきた。仁義を蕨手刀で指し、大音を揚げる。
「来たか、坂東の宏蠹めが! 朝威の袈裟に野心を隠し、奧州を蝕み続けども、胆沢公の慈悲で済ったその命、今一度我らに太刀を抜くとは……恩を知るを人とは言ふぞ。恩を知らぬをば畜生とこそ言へ! されども我ら安東の運命は尽き、朝は望めず、かばねを晒すのみ。此上には、悪族とひっ組み、刺し違う事こそ本意なれ!」
「只今のたまふ者こそ大将ぞ。あますな者ども、漏らすな若党、いけや!」
頸欲しさに、数多の武者が責掛かれど、返って冥土への一太刀を食う。
「さては〳〵良き敵なり。さあらばこの俺が――」
と仁義自身が、同い年頃の大将に駆け出し、火花出づるほど太刀打ち合う。技量は伯仲して、両軍はしばし自らの戦いを忘れ、見蕩れてしまった。両者は手力疲れで間合いとり、庭で円を描くようにして次なる手を考える。
ふと、仁義が足元の砂を蹴り上げ、茂任の顔に掛けた。次郎も受けた目潰しである。怯んだ隙を逃さず、仁義は斜交いに一条切り込むが――
「⁈」
居館の中から、手斧が投げられ、あと数寸で御曹司が殺されるところだった。
「出たぞ、武魔だ!」
将軍方の顔が一様に引きつる。
「……」
この悪法師は、物を言わぬが、茂任の前に打って出る。
「忝い」
安東の大将は、郎党と共に邸の中に逃げ入った。
「見よ、敵将が奔ったぞ! もはや安東は終わり。勢に乗り、しゃ首打ち切って名を挙げろ!」
仁義がをめき叫ぶ。兵数人がかりで切りかかるも、直黒具足と亀甲の楯で防がれ、馬手の打棒で、頭微塵に打ち摧かれた。むずと組む者、やにはに捽搏挽裂と為る。さあらば、射殺さんと放つものの、黒き玄甲良ければ裏かかず。その返礼とて、武魔は楯裏に忍ばせている手斧を投げ、射手の肘元よりふっと切り落とす。
「一以当百とは、かくもこの男よ……」
将軍方の兵は、余す事なく打ち戦慄く。悉く皆打棒を受兼ねた。その棒先は鰐亀の頭を擬しているが、血糊が滴っており、まるで血に飢えた亀に見えた。
「ちぃ」
仁義が前に出るが及び腰だった。黄海の戦いでも、軽くいなされ、鉄拳の乱打で呆気なく伸びたからだ。
「ここはひとつ、野僧にお任せあれ。御曹司は大将を追いたまへ」
物の隈から出てきた次郎が言った。
「善し、法師は法師とこそ戦うべけれ。御辺らは俺に続け」
と仁義は周囲の武者を率いて、居館の中に乗り込んでいった。
「……」
次郎を睨む武魔は、馬手の打棒を茎短に持つ。灸治の残香が僅かに漂うので、弓手の打所は癒えていないか?
「和僧と野僧は同じき影法師。此れ本を尋ねれば、神代より上代にかけ、殿上法師としてお仕えし、五穀豊穣、国家安寧を祈り、朝敵・怨霊を調伏せり。哀しき哉、勅勘を蒙りて四散した後も、いづれまた堂上で巡り会わんとて、日陰者ながら日本国への加護を祈っておったものを……」
傾聴に値するのか、目の前の大法師は黙している。その鬼を擬した目の下頰当からは、表情わからず。
「堂上にあらねど、道の奥で同法師と邂逅する、これ欣ばしきかな。されど、和僧は安東方で野僧は源氏方。こは天命か神仏の御手まさぐりか? はたまた天魔の所為か? 安東の運命も今夜限りのこと。いかなる故ありて、なぜゆえその方に付くかは知らねど、同じ滅びの道進むを見るに忍び難し。野僧たまさかに源氏の方人となったが、こは仮初なりて、和僧に怨恨は一切無し。こは手打ちとし、どこにでも往ね」
と聞程こそあれ、武魔は亀楯を前に構え、突っ込んできた。
「そが返答かっ!」
片足軸に身を回す次郎。打棒を振り上げ乱打する武魔を、ひらと舞い避く。下手に間合いを取るより、寄って翻弄すべし。ただ、亀楯の薙ぎ払いに用心せねば。また打棒の石突は、鰐亀の足・爪を擬しおり、返し振りで刺してくる。加えて、この大法師自身の足癖が悪い。体術にも心得がある。ひょっとすると暗器を仕込んでいるかもしれぬ。験力もいかほどか見当も付かぬ。
物言わぬ武魔だが、あまりに敏く動き回り、己が頭上や股下まで使われて避くる小法師に腹を据えかねたのか、意表をついた一振りをした。次郎の調子も崩れ、たまらず木太刀“鰹木”で受けたが、それは丁と柄元より折れてしまった。武魔はそのまま畳み掛けるように打棒を叩きつける。
「⁉︎」
居館の庭に、やたらと火矢が落ちるようになった。法師二人は、星羅の軍勢が接近しているのを悟った。途端、火の雨かと思うほど、一斉射撃が降り注ぐ。武魔は亀甲の楯で防ぎ、次郎はその武魔を楯とする。
示し合わせたように、両者は簀子に登り、廂まで踊り込んだ。身八尺の大男としては、手狭である。膂力に任せ、簾を裂き、几帳を倒し、格子を落とし、柱や床まで打ち摧く。これなる大男は、内より館を毀つのではないか?
それより、太刀か何かを探さねば。同い影法師とあらば、験力は子供騙しに過ぎず。彼奴が塗籠の壁を割ると、珍品什物の類が見えるが、こんなもの戦いの用にもならぬ。
さらに二人は暴れに暴れて、講堂に出た。ここでも焼ける臭いを感じ取り、既に炎と煙が回っていた。焦熱を肌皮で感じる。
武魔は息を整えるために止まった。ちょうど、次郎の後ろに黄金の釈迦如来像がおわしまし、その目と合った。火災の光陰と陽炎で、現世なされたように見えた。言語せねど、武魔は大いに動揺した。
「⁈」
彼奴は手斧を投げた。軌道からして、次郎目掛けてではない。はっと気付いた時には遅かった。床と柱と天井に反発したそれは、後ろより次郎の肩に刺さった。
「不覚っ!」
激痛と共につぶつぶと出る血。みる〳〵力が抜ける。思わず尻餅をつく。
「南無三これまでか……」
武魔はやをら歩み寄るが、やたらと釈迦如来像を気にしている。踵で後ずさる次郎に、武魔は打棒を振り上げた。
次郎は懐から護符を取り出すと、封蝋を解きて披露する。途端、絶対零度の猛吹雪が荒れ狂い、講堂を氷漬けにしてしまった。目の前にいた武魔も氷柱となり死んだ。
「どうりで冷たいわけだ……」
今や唯の紙切れとなった餞別を見れば、あかんべの落描きがあった。あの女童め……。
「いかん、館が!」
武魔が暴れたか、火で焼けたのか、それとも護符の冷凍か、柱や梁が折れ、天井が崩落しつつあった。あの大法師を供養したかったが、傾く館では間に合わず、片合掌で済ませる。早や出ずんば、俺も後追いすることになる。次郎は未だ冷たさが残る護符を肩の切所に当て、ほう〳〵の態で出た。




