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かげほうし  作者: 海堂ユンイッヒ
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『ちぃ、あは駑馬(どば)にあらず!』

 青毛のいとよう肥太った輓馬(ばんば)は、雪を蹴立て次郎に猛突進してくる。武魔の頭上で回る縄鏢(じょうひょう)の刃が、ひしと音鳴りしたかと思うと、既に地に植えられていた。

「くっ……⁈」

 奴の馬手に、頭より飛び込んだ次郎。目前の刃が、地下より抜け飛んだ。なんという速さよ、見切ることだに能わず。仏の慈悲で、死を免れたが、次はいかに?

 木太刀を()るすら忘れ、起き上がるが、武魔は既に馬を返へし、また鞭を(ふる)い回して迫り来る。早や動けば、読まれて刺される。留まれば馬に()かれる。いかがせん⁈ さしずめ、今一度縄鏢(じょうひょう)の死角たる、馬手の足元へ……!

「あいやっ……取られたり……取られたり!」

 或る武者が絞り出す中、将軍一義は目を瞑った。あは胸板(くだ)かせた()? 思へらく、痛み覚えずして逝った。親兵が側で呟く。

「しかし、如何様にとられたんじゃ? 全て見えんかったわい……」

 あれなん神速の鞭捌きと言ふべき。竜と己が体躯に鞭を這い纏わせて、刃の向樣を違へ、足元の小僧を討ち取れるぞかし。静寂が一帯を覆う。武魔も馬を止め、鞭もダラリと垂れ下がる。倒れる次郎の周りの雪が、赤く染まる。安東の軍兵は、胡簶(やなぐい)を叩いて喜んだが、直ぐにどよめきに変わった。

「なんぞ、あの小僧……また立ち上がりおった!」

 次郎は刹那体を捩り、壺を免れたのだ。痛みを和らげ止血する呼吸法“安泰”で、なんとか命を支え、木太刀を握る。しかし、こは四半時(しはんじ)も続かぬ。はや終わらせて、手当受けねば死ぬぞ……。

「……」

 武魔は、次郎の眼光いまだ鋭し、戦意ありと汲むと、再び縄鏢(じょうひょう)を回す。

『この馬よっ! 戦う以前に、彼奴を引き摺り下さねばっ!』

 次郎は、弓手の馬鐙に身を擦り付けるようにして、刃をすり抜け、振り向きざま、馬尻に一打喰らわせてやった。泡を吹いた馬は嘶き()がり、武魔はもんどりをうって落馬した。陸奥六軍の馬は、こち方に迫り来る輓馬に大いに驚き、これまた鞍上の兵を振り落としつつ陣を乱す。

『あの竜馬、我が物にせん』

 と徒歩兵がひしと取り付くが、尻っ跳ねの足に、顎を蹴割られ散〻な目に遭う。

 一方の武魔は落馬上手、隙を晒す事なく跳ね起きていた。母衣(ほろ)の代わりとした大楯(亀甲を擬している)を馬手に持つ。縄鏢(じょうひょう)を振り回し、次郎へ滲み寄る。

「一義が弓を持て来!」

 鞍上より、家人に命じる。いかなる寒さであろうが、柵より出る際は必ず張って火元に置き、備えとしていたのだ。

 縄鏢(じょうひょう)を乱打する武魔に、その先かからず避くる次郎。

「まだ味噌坊主は、受太刀であるぞ」

 未熟者め、そう一義は心内で罵った。一見、四方四角に跳廻んでおる。さあれど先は力一杯、今は片足の軸を宗とし、動き()く数寸先で刃を逃れておるわ。あれなる惡法師は、合戦や柵抜きに長じた兵で、むしろ輕捷(けいしょう)な小僧には不得意である。しかし、小僧は小僧で、刹那気を抜けば、胸に穴が開く。

「⁈」

 武魔の手捌きが異なる――そう次郎が気付いた時は遅かった。刃が地を蛇行し、鞭ごと足首に巻き付いた。そのまま次郎は宙に浮き、仰様(のけざま)に地下へ叩きつけられる。鞭を足から解くと、刃を次郎に突い立てんと、武魔は弓手を高らかに挙げた――

「あの曲者に矢一筋とらせん」

 義一は弦を弾き、狩俣(かりまた)を打(つが)えて射遣る。そのまま武魔の鞭を手元から射切った。

 まじろぐ武魔を、次郎は逃さない。鞭持つ手首は甲無しと見出して、死力を尽くし鋒を捩じ込む!

「⁈」

 武魔は、声出さずとも亀楯で次郎を突き飛ばす。

「いたした、味噌坊のしてやったり!」

 歓声が上がる官軍に対し、陸奥六軍は更なるどよめきが上がる。

「いやまさか、一以当百の悪法師が……」

「外野の与力とは卑怯なり!」

 武魔は縄鏢(じょうひょう)すら持てず、弓手の手首を押さえている。

「……」

 そのまま印を結ぶと、俄然霞が爆ぜ、体躯を包みこんだ。そして雪風が晴らすと、そこに大男の姿はなかった……。

「すわっ、悪法師の負けなり! あんな小坊主に一太刀入れさせるとは……」

「こは風向きのよろしくない」

 万が一にも武魔は破れるとは思っていたかったので、動揺が瞬く間に伝播した。陣後の兵卒から、いと寒き臆病風にやられ、逃げ出す。

 祗候する府の陰陽師は、自陣の黒気が晴れ渡り、むしろ安東方に澱んでいるのを見た。

「堅甲失せ、賊衆謀を失へり。當時機は發し、勝事は咫尺(しせき)の間なり」

 将軍の号令一下、陣太鼓がドン、ドン、ドロドロと鳴ると、官軍は奮い立ち鬨を(どっ)と上げた。

「遣るまいぞ!」

「味噌坊の功につゞけや、殿原っ!」

 皆人打ち物ひん抜いて、敵の背へ迫り入り、さむ〴〵に戦う。安東の軍は潰乱となり、殺傷殆ど()くさせた。

「余すな、洩らすな!」

 後日、菊池宮は日記に、こう書くことになる。

(たお)(ほろ)ぶる人馬は、(あたか)亂麻(らんま)の如し。肝膽(かんたん)地に塗れ、膏膩(こうじ)雪野を汚す』

 “安泰”の利生が止み、脈打つ痛みがぶり返す次郎。御方の人馬に次〻と追い抜かれ、太刀杖をついてやっと体を支えながら、ひとりごつ。

「あの大男……影法師であった……」

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