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鎮守府の前身は、養老年間に置かれた陸奥鎮所(その場所は多賀城)であり、それが鎮守府となる。その後、叛乱により劫略され灰燼に帰したが、田村麻呂公により恢復された。公は更なる蝦夷征討のため、胆沢城を築き、そこに鎮守府を移している。
「申し上げます。ムマとスナは、滞りなく相模へ進発し候」
「惟」
府の正殿にて、近習に肩を揉ませている男が、鎮守府将軍の源朝臣一義。夫れ聞けば、清和帝には四代の孫、只野闐成が三代が後胤、義氏入道が嫡男である。
この父、故源義氏は、右馬頭まで登ったが、病日に篤く、猛き人とは言えなかった。此度の奧州動乱にも随伴したが、行軍の最中、細作が放ったのであろうか、流箭に中り、生死の境を往来した後に卒した。
喪に服すための交戦中断という態であったが、実のところ“継戦能はず”というのが正しい。子飼いの将兵を伴い、士気も尙らかに奧州入りしたのはよかったが、土地の無案内、第五列の撹乱、冬戦の不慣れで、勝閧を上げれない有様だった。
恨むらく、朝廷からの一文の金、一兵の援助も受けていない。さあれど、あの忌〻しき男が、督戦の官符を国衙郡衙に下し、あまつさへ密使も放っていると聞く。
『寛容たれ』
父義氏は、毎に仰っていた。抑も燒き討ちにして周っていれば、とっくに戦は畢わっていた。自ら鍬を持ち、善政を敷き、民を愛撫して負者も釋す。故に細作や第五列に悩まされた。
そのため、将軍一義は、出羽北山の俘囚主、星羅令髙へ與力を請うた。元を尋ねれば、同じ人〻に辿り着く故、主は猶豫としていたが、ついに許諾し、壱萬の兵を率ゐて、奥羽の境を越え來たのである。
趨勢は既に必せり。坂東武者と違い、彼奴等は冬戦にも慣れている。そして、自ら固く禁じている掠奪・燒き討ちも平気でやる。各地で城柵を抜き、安大夫の軍兵をして奔らせしめた。
今や星羅の計六陣が主戦となり、将軍麾下の第五陣は傍戦となっていた。せいぜい、ここ鎮守府胆沢城と、妻子がいる多賀城を守るのみ。
『このまま、奴原の軍功を、指咥えて見ているだけか……』
将軍以下の誰もが、臍を噬んだ。
「申し上げます。菊池宮より、荒雄山の深江是則の申状が上がって参り候」
それを開披すると、遅参を宥め求むものである。彼奴等では人頭の足しにもならぬが、山岳戦においては、畋猟兵に如く者なし。いずれ安大夫は、奔り埋づもること一定。山を狩りて身を尋ね、踨求むるに頃合いに使役せん。
一義は、さらに文が続いているのに気づく。
『此れなる僧、法術操ること奇しく、技撃にも工なり。陣の端に加へたまへ』
かように結ばれていた。
「此れなる僧とは、何為る者乎?」
「あの役人めが登る際、邂逅したとか。今は風邪の気を入れて、憔悴しております」
「きと見て来。目覚めるておるなら、こへ参らせよ」
「うぅ……」
見知らぬ天井が見え、次郎は身を起こす。背中を見せていた老医官が振り返った。
「おお、気づいたか?」
「野僧は一体……? 道中で倒れたはずだが?」
「礼は役人様へ言うがよい。気分はいかがであるか? 労気を起こしたのじゃろ?」
よく見ると、衣は直垂衾に変わっている。
「ああ。蚤がたかっておったので、洗って天日干しにしておる」
と耳慣れぬみちのく言葉と共に、生姜湯を持ってきてくれた。これは体の芯から温まる。
「ここはどこです? 鎮守府でありますか?」
「いかにも」
次郎を助けた、あの役人が几帳へ入ってきた。その声は言語分明、都の調子である。
「貴方は山立の格好をしておりましたが、そうではありませんね? 京の人とも思えない。その西聲……九国の人とお見受けします」
「いかにも。豊前の山より、中尊寺詣をする巡礼僧であります」
「ははぁ。では、相当な方違えとなりましたね?」
「まことに。国境の山賊に囚われたのです。一悶着あった挙句、用事までさせられました。勿来の関だに見ておりません」
次郎は、枕元に座る役人と老医官に山での生活を話した。
「ときに、この方のわづらいはどうか?」
「草臥とはいえ、詣はできぬ容態でしょうな」
次郎の意識は戻ったとはいえ、寒気と節〻の痛みは消えていない。
「当分は養生して下さい」
「いや、野僧は何でもない身。すぐにでも出立しとう存じます」
「ですが、今中尊寺へ参っても、有り難みはありません」
「と仰ると?」
「戦乱が再び起こってから、院は門を閉ぢて、法会も何も行われておりませんので」
「お前さんは、しばし養生して世が鎮まるのを祈っておればよい」
老医官が、鹿角も持ってきた。と同時に、直垂の男が医務殿に入ってきた。次郎と役人を見つけるなり――
「その方二人、ゐでられよ。将軍より御下問がある」
と言い付けた。
「比日起居すること何如?」
強い東国訛りで、次郎の前に座る吏官に話しかける一義。二人と将軍の間には、容易ならぬ面魂の侍が居並ぶ。
「は。奧州の溷濁を憂いて暮らす日〻に、変わりありません。さて忠実、白し上げる事あって、急ぎ登った次第であります。国守殿は、府に降り国を整えるよう命じられておりましたが、戦が再開したとお聞きになり、急ぎ京へ帰られました」
はっ、怯なしの藤原某よ、と侍どもは薄笑いを浮かべた。
「京で除目が迫っているのは、ご存知でしょうが、今は受領功課定の最中であります。坊条様が将軍の聞書をお挙げになりまして、次期陸奥の守に擬定なされたことを、お慶び申し上げます」
居住まいを正して頭を下げる役人に、近習らは驚嘆の声を上げた。しかし、口元だに崩さない一義は、狐疑を懐く。
『此は、梅干の方略なり』
受領は徴税請負人として、妙味(私利)を得るものだが、こうも国が荒廃していると、味は無いに等しい。要は、恩賞として受領にしてやるから、はや戦を鎮めて建て直せ、旨味を得るのは以後である……かような含みであろう。
「不肖一義、いやしくも弓馬の家に生まれ、甚だ国を治める學も才も無し。左様に雖も、事急なりて辞退する猶予も無し。故に謹んで引き受ける所存。命を捨てて報い奉り候」
その後、将軍と吏官は事務のやりとりをしていた。後ろの次郎は、置物の如く不動である。ややあって、一義が或る近習に目配せする。
「その方、将軍の御前まで出られよ」
その近習が、次郎を睨んで威丈高に言った。
「畏れながら、野僧は諸国一見の僧に候。戦にも除目にも関わらぬ身、やがて罷り退きとう御座います」
「聽さず。来たれ、吾れうぬと言わん」
一義は睥睨した。致し方なしと、目の前まで進み出る次郎。なんと歯十五六の小僧にあらずや、そう見定めた。さあれど、将官の前というに、眼光鋭く恐懾すら表わさず。
「如何なる山より参った何者乎?」
「豊州は霊山彦、西號寺より参りました。仮印可僧の次郎と申し候」
当然、誰も是を知らず。況や影法師をや。
「山の本尊は?」
「御名をば阿流毘と仰られ、一疋の虎を随えておられます。光背には雷を模し、雷紋の甲冑を纏われ、左手には短刀を持ち、右は小手を翳す出立であります。眉間に皺を寄せられる顔は、仏法に倍く奴原に睨みを利かしておられます」
「経典与教義は?」
「阿流毘様が、一个の僧であられた時の阿言那であります。人山一如と仰っておりまして、悟り開かんと深山大岳を栖とすれば、谿壑の寒さ染み、叢竹に惑ひ、雨颪に晒され、常闇を恐る。やがて身は朽ち、言語罕となり、気も狂ひ、死肉だに欲す。将に虎人に堕ちんとする時、細風を仏の御聲と疑ひ、鳥花の綻びに悦び、人心地を取り戻す。平瀬に物化の理を見出し、つひに落ち懸かる雷ごとく仏の法を受くるのです」
「うぬが目的は?」
「即ひ仮印可と雖も、霊場・霊跡と結縁のため諸国巡礼をやります。また人〻を助け、仏法を説く旅でもあります。我が山の法兄らは、せい〴〵都まで往くのが慣例でしたが、奧州中尊寺の勝利並ならずと聞き、野僧も見ばや聞きばやとて、足を進めたのであります」
坂東の果てにも、荒法師の霊山ありて、曩祖より冒すべからず……一義は、かかる遺戒を思い出した。
「是則の申す、『法術操ること然然、技撃にも工然然』と。これ卽ち信乎?」
「豈に其れ然らんや。野僧は只の沙弥であります」
率爾一義は、鞘をばひん拔き、その逆手で太刀を横一文字に切った。次郎は、将軍の膝元に厳物作太刀あるを見て、その手を用心していた。
「⁈」
頸に一寸許の浅切所が入り、血が落つ。
「中に韞む有りて以つて出さずは、うれはうたてき者也。召仕はん」
一義は自得の意で言った。
『厄介なことぞ、これは……』
御前から罷り出た時、次郎は落胆した。既に陸奥は兵馬で満ち〳〵て、幟と煙が天を突き、矢を射あっている。坊条から賜った命は既に遂げ、後は平泉と中尊寺でも見て、帰京しようとばかり考えていたからだ。
「……ふむ」
悄然とする次郎を側目で見る吏官。あの男の一振りを見切るとは、やはり只者ではないと感心した。次郎は医務殿を出るなり、天の位置より方位を定め、門がどちらに幾つあるか数えていた。正殿に登った時も、近習を数え、武器となる物を探し、殊に一義の間合いに入った時には、いつでも逃げる居住まいであった。
「牀蓐へ戻りましょう。体に障りますので」
「……」
足早に往く厚雲から、また雪がちらつき始める。一義の前から退いた途端、緊張の糸が緩み、再び寒気を覚える次郎であった。




