もなか
西京極のなにがしの、人里離れた林に、陰陽家ささらの館があるとかや。次郎は、朝の獣道を歩み進める。紅葉の木立深く、空気が澄み渡り、人々の喧騒もない。陽気に四十雀が歌い、そよぐ木末に、落ち葉を踏む音。木漏れ日は天の薄衣のように見える。
「まことにこんな所に……?」
やがて石畳の道となり、蕭条たる余所殿に至った。平門や築土の気配は尋常で、小綺麗である。ただ陰陽の家らしく、疫病除けの守りだろうか、聻の字が門戸に見える。
「ふむ、人が居るように見えぬが」
権門勢家には、任官の推挙を受けたい者や様々な物が集まり、自ずと坪庭、御殿、門や築土が繕われる。没落すると、人々は離散して褪せ果てる。なので、門わたりの人や車でも見れば、その人の勢いがわかるのだ。
こんな話を聞いた。或る夜も更けた頃、物取りがこの館に押し入ったという。やがて人ならぬ絶叫が響し、朝には門前で夜もすがら引き散らされた尸に変わり果てていた。京中は震え上がり、夜はおろか、昼でも近寄らなくなったとか。
次郎が門を叩くに、やゝあって内より女の声して、
「たそや、秋露もうち払ふ人も無き所に」
と咎める。こは応へ次第で、俺も式の神に追っ立てられると、次郎は肝に免じた。
「豊前の山深きより、余所の方へ使いに候」
「遠国に縁は存じませぬ。悪しからず出でおはしませ」
門越しの声は、それ限りだった。
後日、次郎が懲りずまにはたはたと打ち叩いても――
『太衝の太の字、点打つか打たずかを、陰陽の輩と相論ずるとか』
『遅れております火災代厄祭に』
『勘文の清書のため』
このように門内の声は、何かと女主人の留守を返してくる。
「こは虚言をおっしゃるものかな。奥の千木の社より、麗しう椿の香するのは、余所の方がおはします標。どうかお取り次ぎ下さい」
しびれを切らした次郎は、そう言ってしまった。
「……」
門が細めに開くと、十ニ・三ばかりなる小せい女童が、顔ばかり差しいだした。怪しげなる小僧を屹度睨み付ける。
『白子!?』
次郎は驚いた。“幼くより髪も眉もみな白く、目に黒眼もなし、昔より今に至るまで、まゝ世に出くることあり”。病草子でそう学んだが、その人を見るのは生来初めてであった。
「貴様はたそ?」
「次郎と申します」
「ささら様に如何なる御用で?」
「人を通しては、障りあって詳らかにできません。お目通し頂いた時に」
余所の方の下仕へと思しきこの女子は、訝しげな目で次郎の丸頭から足先まで見た。見たことも聞いたこともない法師から、女主人を守ろうとしているのだろう。
「ささら様は朝方より、物忌みに入られたもうた。貴様の申すよう、しばし社に籠りゐて、差し覗くこともできませぬ」
「では、いかほど続きますか?」
「この札が外れるまで」
白子の下仕へは、忌と書かれた木札を門に掛けた。雪の様に白い手だった。
「太郎どのとやら。一つ頼まれてくれぬか? 夕暮れ時に、場末の野辺に厄介が出ておりまする。屈服退散の折には、ささら様に取り次ぎ致しましょうぞ」
冷ましき言い様と共に、門は再び固く鎖してしまった。




