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かげほうし  作者: 海堂ユンイッヒ
28/45

日〻

 それより、次郎は心ならずも、出羽の山立らと()し起きを共にした。空模様や動植物を(つぶさ)に見て、連中に尋る。言わずもがな、これら人〻の風俗をも見る。

「ただ、この寒さと彼奴(きゃつ)らの訛りは厄介よ……」

 山家(やまが)の隅で、山立らの話を寄り聞く。はて、あは何を申しておるのやら。主従の如何は(すい)し得るのだが……。

 丈高う、片足引きずる大伴(おおとも)員季(かずすゑ)は、シカリと呼ばれる、十余人の獵師(マタギ)の親方だ。声うち歪むこと少なく、俗事にも通じている。この山家より出ること稀で、他のマタギや里人に左右を示す。食には、濁り酒(メグリワッカ)を欠かさず煽る。

 深江(ふかえ)是則(これのり)は、員季(かずすゑ)の同輩と見ゆるが、寧ろ肥ゆる山賊で、よう員季(かずすゑ)と諍いを成す。忌々しいことに、いまだに俺を安東の細作と疑って止まない。山具足を(こしら)え、(セタ)の面倒を見ているのは、この醜男(しこを)。熊足をよう食うが、酒に弱くてすぐ寝入る。

 また若輩者も多く、次郎の齢に近い男もいた。いづれも国人と見られ、言葉は遥か異なる。


 こんな自然の厳しい山中でも、人の集落はある。財といえば、猫の額ほどの山田ぐらいで、渡らひも厳しい。いわんや治める山立らが、一儲けする産業もない。むしろ連中が、山幸を分け与えている。殊に冬には、蓄えのほかに食べるものが少ない。

 次郎は、(ベコ)の牽く雪橇(ぞり)で、これら山里を巡りながら、山菜、キノコ、(しお)漬の川魚、干し(きたい)、木の実酒を分けて回る。

「あの細作、逃げるんでねが?」

 山家の内より、二人の獵師(マタギ)は次郎を心配した。外の程は見えねど、肌皮刺す寒さと隙間風より、天気(てけ)はよくわかる。

「なんの。日暮となれば、降り吹雪くこと請負。こへ帰る以外なにができよう」

「よりによって、山幸をしこだま持たせてるでねが。ケトバ(熊穴)にでも篭られにゃ――」

「オメエの頭には、その場所も入ってねぇのか。あは随分と山馴れたセタギ(獵師ではない人)だが、山は我らが坪にあらずや」

 是則(これのり)は、得心いかずとばかりに、熊足に齧り付いた。員季(かずすゑ)は軽く鼻で笑い、生木を焚べて――

「あの小僧は、やけに山口が利く。山姫様に奉った五岳の祝詞だか経だか、いたくお慶びになられている。冬なのに幸がよう獲れる」

 と濁り酒(メグリワッカ)を煽った。山立らは、当初こそ安東の細作と疑っていたが、次郎の言動がとても奥羽の人とは思えない。そして、是則(これのり)もそれを知る所。

 さりとて次郎は細作ではあるのだ。ただし安東のではなく、首府におわす公卿のではあるのだが。坊条から受けた密命とは、鎮守府将軍に継戦の心意気ありやなしやを見定め、国衙郡衙の手先に暗号を送ること。そして官軍・陸奥六軍の前線で工作をやって、互いに嗾けるのである。

 辺地の山立どもには、やんごとなきお人の権謀なんど、はるか雪雲の上の事情に等しい。

 唐突に、冷気が飛び込んできて、囲炉裏の火を吹き消さんとする。

「ただいま帰参した」

 おりしも、次郎が戸口に現れた。蓑が白妙になるほど、吹雪かれている。員季かずすゑは、是則(これのり)に目配せした。然ればこそ、と。

「けっ!」

是則(これのり)は、心(やま)しう、濁り酒を一気に呑んだ。

「して、里者はどうだったか?」

「口を揃えて、イタズが出たと申しておった」

「はて? 戦も近いゆえに、獵は早めに済ませておったのに……まだ害をなすものがおったか。お主、イタズを見たことは?」

「そは熊のことであろ? この目で見たことはないが、絵巻で学んでいる。大(ぶた)に似て、(そう)じて(からだ)は黑色、長頭で高脚、猛憨だが力多く、能く樹木を拔く――」

 是則(これのり)はその熊足に食いついた。その肉質は硬く、食する者は少ない。次郎はそれを横目に、続ける。

「熊は茄子(なす)を忌む。深山の人、薪を()りに行くに、かならず茄子を帶ぶことを見れば、熊必ず(はし)る」

 ウハハハと、山立二人は(はらわた)を切った。

「だからお主は、腰に茄子を下げておるのか!」

 人の笑へとなり、次郎は(むつか)る。

「ときに、道中五寸程の足跡を見たぞ。里人の言う熊にあらずや?」

「懲りずに興あることを申したり。さあらば、五十貫は下らない雄になる。かような熊は見たことはない。ワシらはな、仮初にもこの山〻を治めておるので、どれほどの熊がいかほどおるのか心得ておる。いわんやケトバ(熊穴)をや。せいぜい、何かと見紛えたのであろ」

 員季(かずすゑ)は、をこがましとばかりに、濁り酒を飲み干した。鼻の効く次郎は、その足跡に獣臭を覚え、世に人にはあらじと確信していた。しかし、余所者の話なぞ、山立の誰が信じようか? 是則(これのり)に言っても、当然聞き納れることはない。そのうち次郎は、俺が誤っていたのかと迷うようになった。


 この山には、物見櫓やぐらや岩屋などが点在し、山立らが在住する。そして山道を往反おうばんし、安東方を警戒する。もし、獲物を見れば俄かの獵りとなる。と或る山立の後について、獣道を登る次郎。

今日(けふ)は、天気(てけ)ん良かな、坊様(ぼさま)

「げに」

「そろそろ、星羅どもがここさ通るんで、よう見とかにゃ」

 暁の寄合で、山立どもが囲炉裏を囲んで言い合わすのを思い出した。そんぢゃうその行事はだれだとか、天気は如何とか、動物の足跡がどうだとか。この山警備は、数刻おきに交代となるが、夜通しで続く。次郎も歩哨として、要所に立たされた。

 (こと)に昨今、星羅氏の軍兵が入山してくるので、山立らは神経を尖らせる。寄合の座でも、どの山口より、いかほどの人が来るか、抜かりなく見定めよと、是則(これのり)が念押しするようになった。

 やがて二人は、山道を一望でき、且つ巧妙に隠された物見櫓へ登った。時をおかず――

「や、来おったぞ」

 ザラザラと草摺(くさずり)を鳴らす音が聞こえてくる。二人は(しとみ)から覗くと、小道を登坂する一隊が見ゆる。

 横の山立は、陣鐘を打ち鳴らし――

()め! 止めぇい! そこなる人〻は星羅か? 大将軍は誰人でおはしますぞ⁈」

 と静寂な山中に、ひなびたる調子打上げる。すると軍卒らは、北斗星描いた褐色旗をザッとさし上げ――

「いかにも我は星羅従来の家人、山(がた)聡介。隣は嫡子の()太郎、次男の誰〻ぞ」

 など、家の子郎党の名を張り上げる。

「入山手形を示めされよ」

 櫓を降りた次郎が、武者から差し出された手形を見る。山姫が彫られた真物だ。そこから、櫓上の山立ちに掲げた。滞りなく通行が認められると思ったが――

「こはいかに? 予定では廿(にじゅう)(ばかり)の入山であったが……(なんじ)らは(さんじゅう)は下らぬではないか?」

「遅れたてまつらじと、他家より聡介が隊に加入しておるゆえ」

「ならぬならぬ! 我らマタギは、今日はいかなる道をいかほどの人頭が登ると、日〻山姫様にお許しを請うて、山幸や身の安全を頂いておる。図に当たらぬ入山は、お怒りを蒙る。手形ありと言へども、認めること能わず!」

「こは虜外な。既に陸奥では戦端が切られておると言うに、今より下山して日を改めよと申すか? 我らとて功名立てんとする者どもゆえ、人に遅れるわけにはいかぬ。山姫とやらには、()げて許してもらえ!」

「そはそちの勝手。(のり)を破るわけにはいかぬ!」

「御仁らは、同い将軍の元戦う同志に、戦さを妨げる不届き者よ!」

「なにを言うか! 不届きとは、山を汚すうお主らであろ!」

「なんと⁈」

 両者に不穏が走り、こは煩ひよと次郎は怪しんだ。今は押し問答で済んでいるが、遅かれ早かれ、太刀がひん抜かれて血を見るのは明らか。さすれば、疑いなくあの山立は切られる。俺とて、諍いに巻き込まれる。

 次郎は、二人がが罵り合う隙に、足取りそっと櫓に登った。そして、やはらに印を結んで山立の背に触れる。

「……すわっ!」

「こはいかに? あそこに光り輝く天女の舞うは、山姫様にあらずや?」

「おおっ! まことに、まことに! 山姫様が、降り立ちなさった!」

 “昇天”と呼ばるる、仮初に幻聴幻覚を起こして、気を逸らす法術である。人によって見える物が異なるが、大抵は仏神や天女の類で、見たいと願っている物が出る。もちろん、次郎や武士団には見えない。そして、術者より高い法力・霊力を持つ人には、(やう)無い。

 この山立の耳目は空のうち、次郎は櫓より顔を出して、星羅の武者どもに言った。

「大将軍殿、こやつには野僧が説いて聞かせた。今直ぐ過ぎよ!」

 何が何だかわからぬ一隊だったが――

「御仁は話のわかる山立よ」

 と急足で進み始めた。

「今は降っておらぬが、氷が溶けておらぬ崖道があるので、足元用心せよ。山中で不要な火気は厳禁ぞ。指定の里で陣を張り、そこで飯を焚かれよ。余計な諍いは、起こすな人〻」

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