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かげほうし  作者: 海堂ユンイッヒ
23/45

飾太刀

「そこな小僧さま! あなたはあの時のお人でしょうか⁉︎」

 もなかの使いで、三条坊門(さんじょうぼうもん)小路(こうじ)を歩いていた次郎が、声をかけられた。

「はて、その方は……?」

「七条の辻で、京童部(きょうわらべ)にゆすられていた者です。いや、白丁(はくちょう)のなりをされておるので、気が付きませんでした。ずっと尋ねておりました」

 はったと忘れていたが、そんな人がいたな。唐櫃(からひつ)を奪われようとしていた、やんごとなき人の殿人(とのびと)だったか?

「あの日の狼藉(ろうぜき)を、大殿(おおとの)様に申し上げますと、いたう感心なさって、『畏まり申せ』というお言いつけでございます」

「いさとよ、野僧はつまらぬ山の、味噌すり坊主。貴人のお目にかかる者ではありませぬ」

「何をおっしゃいますか? とく〳〵」

 と男に手を引っ張られる次郎。

 貴族に列せられる人々は、左京の北の条に偏って屋敷を構え、一条の宮やら土御門(つちみかど)殿やらと、その通りを呼び名としている。次郎が通されたのは唐破風造(からはふづくり)の四脚で、まさに(そう)門と評してよかった。門は家の格式を表すと言うが、余所殿(よそどの)の質素な板葺(いたぶき)門とは違う。中に入ると、この殿人は随身所(ずいじんどころ)と挨拶を交わした。車宿(くるまやどり)の中にいくつもの車があり、牛が繋がれ、牛飼いが座ってくつろいでいる。中門を横切り、南庭に入ると余所殿より大きな南池と中島があった。下女や下男などが、事繁く歩いている。

(きざはし)の下でお待ちくだされ。なに、そんなお顔をなされるな。別に取って食われるわけではございませぬ」

 次郎を(むしろ)に促すと、自らは後ろで砂の上に直座りする殿人。やがて――

「藤原大膳(だいぜん)大夫(だいぶ)様ぁ、御帰着ぅ!」

 先行きの舎人(とねり)が声高に叫ぶと、御殿の主と思しき公卿が、足早にやってきた。今し方内裏(うち)から帰ってきたのか、黒(ほう)指貫(さしぬき)纔著(さいじゃく)にし、手には笏を持っておられる。ただ藤原顔とも呼ばれる瓜実(うりざね)顔ではなく、色黒で逸り男のようであった。

「こは如何に⁉︎ あどなき小坊主にあらずや⁉︎」

 坪に良く通る声を上げる坊条。階前で止まると、次郎をしかと見る。

「わたうはなぞの人ぞ?」

 こう問われると、次郎が畏まって申しけるは――

豊州(ほうしゅう)は霊山彦、西號(さいごう)寺より参りました、仮印可(かりいんか)僧の次郎と申し候」

 と(うやうや)しく申す。

「まことにこやつか?」

 坊条が問うと、後ろの殿人は物言わずあど打つのみ。

「ふぅむ……にわかに信じられぬ。まあよいわ、頭を上げよ。これなる者が打ち籠められん所を、わたうが助けたとな? 主として、褒めてつかわす」

「いともかしこく存じる所で候」

「して小僧。こやつを救ったと聞く、その験力とやらを示してみよ」

 こは沙汰の限りよ。舎人どもはさらなり、貴人の御前で印を結ぶとなれば、俺は影法師と示しているようなもの。かと言って、『いでや』と言えば恥かくのみ。

「わたうは栄螺(さざえ)か? 口閉じて、何も申さぬではないか。いかに人〻、こやつが霊験(れいげん)(あらた)かなる術、見とうないはある?」

 かように主人から焚きつけられ、名乗り出る者がいるだろうか。益〻追い詰められた次郎は、とかうの言上にも及ばす。ええいままよ、都にはささら様やもなかさんのような、神通力を(あらわ)す人々が多かろうて。ようら見せれば、飽き満ち給ふべし。

「あば、あばばばばっ!」

 坊条の後ろにいた舎人が、片足首で吊るされた。次郎は“倒懸(とうけん)”の印を結んだのだ。こは害獣などを生け捕りにする料に使う。近習(きんじゅ)の者どもは息を飲むが、坊条はじっとにらまへるのみ。よほどの肝魂(きもだましい)があると見える。次郎が印を解くと、舎人は落つ。

 坊条の思ひ咎めるには――

『これぞ正なり! 絵巻で見し術、殿人が申した術、今ここで刮目した術、寸分違わぬわ!』

 と。そして取り繕ひて――

「さては影法師であるな? 小僧とて知らぬとは申させぬぞ。上代(かみだい)より一人法師と尊ばれ、堂上(どうじょう)にて主上(しゅじょう)祗候(しこう)仕り、五穀豊穣(ごこくほうじょう)国家安寧(こっかあんねい)万民安楽(ばんみんあんらく)を祈り、自ら朝敵怨霊を掃蕩(そうとう)する。されど、花堂(かどう)天皇の御宇(ぎょう)に、その玉の緒をお引き奉った(とが)で、返って朝敵の勅令を(こうむ)り四散した。それより今は、二度と日の下に出れぬ影法師と成り下がったではないか。かかる蛇蝎(だかつ)の如く忌み嫌われる者が、再び帝都に這い上すとは如何に? 御ゆるされを未だ蒙ってはおらぬぞ悪党めがっ!」

 と息も継がず次郎を一喝した。並居る雑人、舎人、家司などは、謀反の徒にも怯まず対峙する主人に頼もしうぞ思ふ。坊条にさこそ言われる次郎なれ。ただの小僧であらば、肝を消し、手足わななきて、命乞ひぬべし。それがどうだ? みな動かで、虎の眼で睨み返しておるではないか。

「さもさうず」

「すわ、こは憎き奴かな。我が太刀を持て来よ」

 家司が渡した飾太刀(かざりたち)を受け取り、(きょ)を曳きながら階を降りて、次郎の前で抜く。

(おのれ)が直々に、わたうの(くび)を奉ってやるわ!」

「……その太刀は、さぞかし切れるのでしょうな。しかしこの天下では、御公家様のお言葉のが、よう切れるのではないですか?」

 これには満座(まんざ)(きょう)に入りて、腸を切りける有様。坊条も哄笑(こうしょう)の極みにあった。次郎も切らるること世にあらじと思っていた。なぜなら貴族が自ら進んで罪作るわけがない。

「やさしう申したる者かな。いたう気に入った。わたうを召仕はん」

「……」

 坊条は舎人に目配せして、人〻を払った。後ろの殿人も例外ではない。辺りに誰もいないと見回した後、坊条は次郎と額を合わせる。

「その虎の目は不服か? (おのれ)はな、わたうのような里の武者法師を欲しておる。よいか、よう()け。(おのれ)の下で事を務めよ。然からば、影法師を朝敵とした勅令勅書を取り下ぐべく、具申(ぐしん)してやってもよい。いかに? 御ゆるされを蒙るのは、わたうらの師以来の宿願にあらずや? 考えるまでもなかろう?」

 そう耳語(じご)する坊条の顔には、どこか必死さがあった。黒の袍には唐花唐草(からはなからくさ)刺繍(ししゅう)がされ、指貫には()(あられ)彩文(さいもん)が施されている。(しとうず)と袴の(すそ)直土(じかつち)で、公卿らしからぬ振る舞いである。

「さうけ給候ぬ」

 次郎は、こう(いら)へる他なかった。

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