寄り合い
「では、行って参りまする」
門前で、次郎はもなかを見送った。なんでも、西京の寄り合いだと言う。見るからに、面倒顔である。普段からやおら歩くが、今は牛のように遅い。
「太郎どの。先に申したよう、錦糸を求めるをな忘れそ。明日は市が変わる日、そちらには良さげなのは置いておらぬから、今日行きたべ」
「わかりました」
そう残すと、再び歩き出すが――
「昨日妾が、わけのわからぬ女に言い掛けられた所ぞ」
「わかっておりますから、はや〳〵」
次郎がそう返すと、三度もなかは歩き出すが――
「まことにわかっておるか? そもじは鳥頭で、させる能もおはせねば――」
「左様に行きとうないなら、俺が代わりに――」
「ほ。なでふ稚児扱いされねばならぬ?」
なぜなら汝は女童にあらずや、と次郎は思った。もなかはため息をついて、やっと出かけた。
寄り合いは、里長の家で行われ、近傍の者が集まって来る。ささらともなかは、俗世間から離れ、閑寂と過ごしてるのではない。尋常は人を寄せ付けぬが、かような座には出向いて、風俗の事〻を聞き入れた。
『来年の田畑は――』
『あそこの娘の病が――』
格式ばった話し合いではないが、各〻に様〻な事を告げ遣る。もなかは、姿勢正しく居座り、おるかおらぬかわからぬ気配。話の輪に入れないし、入りとうもない。抑、ささら達とこれら人〻とでは、住む世が違った。この二人は、陰陽道を勤めとして、詩歌や管弦などの貴族的な遊びを楽しむ。一方人〻は、日〻野良や商いに従事している。寄り合いでもない限り、両者が交わることはない。時間の感覚などは、生活の違いとして如実に現れる。ささら達は、一昼夜を十二等分する定刻法を使ったが、人〻は同じ昼でも、季節で長さが異なる不定刻法を使っていた。
かようなことから、お互い寄り付き難き心を持っていたが、人〻に手に負えぬ沙汰が起こればささらを頼ったし、ささらも人を要する時は里長を頼って、解けそうで解けない因みはあった。無論、ささら本人は滅多に人前に出ず、もなかが中人となったが。
むさき男どもに囲まれ、聞き苦しき言の葉には耳を塞ぎとうなる。はや退かばやと念じ、人〻が席を立つのに紛れて――
『いとま申て』
すら言わず、人知れず中座するのだが、今日ばかりは違った。やけに人の退き具合がよろしうない。さあれど、もう頃合いよと腰を浮かすと――
「もなか様、しばしお待ちを」
と、ねび人の里長が引き留めた。
「はて? 何でありましょう?」
「もなか様は、引歌殿はご存知でありましょうか?」
「そのお方は――そよや、昨年か一昨年前に、お眠りなされたのでは?」
「左様であります。その引歌殿が隠居しておった館に、ちと厄介が起こりましてな」
「ほ」
陰陽道を専らとする者が聞くと、“厄介”の言葉だけで、何のことかピンと来る。
「かかる沙汰は、ささら様に申し上げて――」
「余所の方は、輿にお乗りになって、羅城を出ていかれたではないですか。わしらにはわかりませぬが、当分お戻りにならないでしょう? こは片時も早うお願いしたいのです」
切に申す里長の翁が、もなかの逃げ道を塞ぐ。せむかたなく、もなかは今一度座り直した。
「引歌殿には、先の右大臣様より賜わった、三彩をお持ちでしてな。瀟灑美人像とか呼ばれる像であります。なんでも正倉院御物に値するほどの逸品で、引歌殿は生前『来世まで持て行く』とおっしゃっておりまして――」
はぁ……と、もなかは小さなため息ひとつ。はや厄介実とやらを、申してくれぬかと呆れた。
「その引歌殿には、二人の子息がいらっしゃって、これまた仲の悪うございました。あの方が耄碌になられると、女に押し付けて、金目の物を奪い合うようになり申した。兄弟共に、父君の墓を建て『供養とする』と託けて、その立像を奪おうとしているのです」
「あいや、話の見えませぬな。左様の沙汰は、妾にはあらじ、問注所にでも申し立てれば宜しくて?」
「厄介はここからなのです。引歌殿は、その立像をお隠して世を去りました。子息二人に、もはや争わぬよう、探し出してはならぬと。一度は和解して、父君の前で約したものの、お互い密か探し当てるのではないかと、疑心暗鬼になった子息らは、夜な夜な館に人をやって、探させているのです。そして、その館には“出る”とのことで、困っております」
「ほ。そのようなのは、放っておけばいいのでは?」
「そが難儀でして。わしらは、館に入らねば何もありませぬからな。頭を痛めているのは、霊ではなく、人〻の方であります。夜はおろか、昼までやくざ者、ゴロツキ、はては平氏の者までうろつき始めて、近傍に迷惑を振りまいております。強盗は当たり前、手持ち無沙汰に切り付けられることもありました。挙げ句の果てには、引歌殿の館に入って、戻ってこなくなった者を尋ね当てよと脅されて……」
もなかは、周りの人〻を見る。どれもこれも沈痛の面持ち。先程までさまざまな話が交わされていた寄り合いは、今や通夜の様相であった。寄り集まる熱で、暑苦しく覚えていたが、初冬の冷たき風が飛び込む。
「うべ。引き認めると、貴殿らはならず者どもを何とかしたいが、大元が引歌どのの子息ゆえ、如何ともしがたい。その像を、西京の外へやらば、兄弟の諍いも他人事。されど、その像は霊の潜む館にあるので、妾に退散調伏せよ、かように申すのであるな?」
「いかにも、いかにも」
「……」
人〻に緊張が走る。もなかの切れ長の目に、陰陽家らしい底冷たい眼光があった。白い禿と相まり、そら恐ろしと覚える。常には、気味悪い女童と敬遠しているが、こう霊が出たならば究竟よ、とばかり言い掛けたが、いかに思し召さん?
「あいや、もなか様⁉︎」
「いさとよ」
と云程こそあれ、もなかはつと立ち上がり、しず〳〵家を後にした。こは腹痛うなされたか? 人〻が、里長の方を向く。
「あは肯へなさったわ。さあらば、報をしたためまうけなければならん」




