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かげほうし  作者: 海堂ユンイッヒ
13/44

高砂

 奈良坂。ここは山城との境で、交通の要所である。税を納め国に帰る運上(うんじょう)長谷詣(はせまうで)と思しき輿(こし)の女房一行、そして回遊僧を装う次郎もいた。関近傍(きんぼう)検非所(けんびしょ)を見ると、托鉢(たくはつ)をしつつ、人の出入りを見守った。笠をちょいと上げて――

「やはり高砂殿は詰めておらぬか?」

 住ノ江より人相を伺っていたが、かようなお人は見えず。はて、いかがせん? 門を潜って、『高砂殿は、いかがはべりつらん?』と物問うても、どうせ邪険に扱われるのは明らか。あの放免からも――

(それがし)も詳らかに知らねど、こはただ事あらじと覚えまする。ちとご戒意(かいい)を要しましょう』

 と用心を促されていた。そこで一旦夜が更けるのを待ち、そこから事を起こすことにした。

「さあらば、腹支度せねばな……」

 と(おい)を下ろし岩に腰掛け、竹皮から屯食(とんじき)(きたい)、漬物を取り出した。


「うう、寒む寒む。山はよう冷えるの」

 麻衾(あさぶすま)を被った次郎が、手を擦る。すでに夜半、もう頃合いだろう。坂には誰もおらず、不気味に闇が垂れ込めている。足早に検非所に向かうと、門前に(かがり)が灯されていた。物見するに足らず。葦垣(あしがき)は綻ぶこと数多、いづ方より入れそうだ。それに宿直(とのゐ)の者どもも、弛緩しているに違いない。天下広しと言え、どこの物取りが、ここに押し入ろうというのか。

「やや?」

 関に沙汰ありと聞こえたにやあらん、馬に跨りし検非違使と武士どもが駆け出して行く。門から差し覗くと、しんとして人の気配はしない。されど次郎は用心のため、裸足で音を忍ばせて進む。

「詰所の侍も船漕いでおるわ」

 階下から覗くと、あやしき床敷きに(かめ)瓶子(へいし)がまろんでいた。武士がこの寒さの中、深酒して寝込んでしまったらしい。

 坪から館に登っても、役人は見えず。やがて案主(あんじゅ)文机(ふづくえ)と、(ひつ)を取り据う房に入った。次郎はそれらを開け、一枚〳〵を片時(へんじ)電覧(でんらん)する。関を通る運上の改め、追捕物取、上意伝達で、高砂を記す文書はついぞ出でず。

「ちぃ、無駄骨よ……」

 そろそろ潮時だ、先の検非違使一行が戻ってくるやもしれず。俺の足跡でも残せば、後々厄介となるであろう。役人などと馴れ〳〵しうなりとうない。

 その時、文書と文書の間より、折り畳まれた紙背(しはい)文書がハラリと落ちた。何ぞこは? 他は立派に()かれた紙というに、内〻で書きつけられた粗末な回状が紛れておった。よく見れば人々の名が走り書きされて、なんと“高砂”の二文字も認めた。

「関より外し人々は、筆を止めて記すべからず。この為し様は他言を禁ず……か」

 どうやら使庁との口上伝達で、余所者の次郎には露ほどもわからぬ。ただ“関より外し”、ここが高砂の跡を問う手がかりであった。

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