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史的な夜話 その4

作者: 戸倉谷一活

私:あのぉ。

友:はいはい。

私:12月と言えば、赤穂浪士やないですか。

友:なんか、無理矢理話を持って行こうとしてないか。

私:ぃゃ、他に持って行き方がわからんかったんよ。

友:まぁ、なんでもええけど、赤穂浪士について語ればええんか?

私:お願いするわ。

友:そうやなぁ、最近、忠臣蔵の話自体、あんまし聞かへんよなぁ。

私:なんでやろか。

友:そもそも時代劇自体、廃れとるやん。

私:あぁ、言われてみれば。

友:あくまでもテレビの話やけど、な。

私:そやけど、ラジオなんかで忠臣蔵の話とか、聞くけ?

友:そもそもラジオ聞かへんし。

私:聞けよ!

友:そないな言い方せないでもええやんけ。

私:ラジオはええで。聞きながら他のことでけるし。

友:それやったら普通に音楽聴いとけや!

私:どっからラジオの話になっとんねん?

友:あんたが忠臣蔵の話し始めるからやんか。

私:ょぉわからんけど・・・

友:まぁ、忠臣蔵で気になる言うたら、あれやな、「この間の遺恨覚えたか」やな。

私:あれやろ、浅野さんが切りつけた時の台詞やろ。

友:この、「この間・・・」っていつのことやと思う?

私:それがわかれば、誰も苦労せんよ。

友:ぃゃぁ、気になってさ、調べたんよ。

私:はぁ、なにを?

友:ぃゃ、読んだのはウィキペディアなんやけど、吉良さんと浅野さん、実は2回目のコンビなんやな。

私:2回目?

友:そうなんよ。知っての通り、吉良さんと浅野さん、勅使饗応役で教える側と、教わる側やんか。

私:うん。

友:この松の廊下の事件が元禄14年なんやけど、天和3年にもこの2人、組んではるんやな。

私:1つ聞いてええか?

友:なんでっしゃろ。

私:元祿とか天和とか言われても、ようわからへんで。今が令和3年はわかるけど、昭和に換算したら何年かわからへんのと一緒でさ。

友:元禄14年は西暦1701年で、天和3年は西暦1683年な。

私:ほな、18年の間が開いたわけやな。

友:この18年の間に、どこかで会うてたさ、恨みを持った可能性もあるわけやん。

私:あぁ、なるほど。

友:例えば、元祿14年の時でも、2月29日まで吉良さん、江戸に居らんかったんやな。

私:はぁ?

友:だから、勅使が江戸に入ったんが、3月10日か、その辺でな。だから吉良さんと浅野さんがまともに顔を合わせて打ち合せようと思ったら、10日あまりや。その間に何かがあったやもしれへんけど、毎日顔を合わせるわけでも無いやろうし、2月29日に江戸へ帰ってきたとしても吉良さん、即浅野さんと打ち合わせが出来るとは思えへんやん。将軍さんにも報告せなあかんやろうし。むしろ事件のあった3月14日まで1回も2人は顔を合わせてへんのやないか、そないにも思うんやな。

私:ほんまかいなぁ。

友:あれやな、吉良さんと浅野さんの日誌が有ればええねんけど、両方共家が潰れたからか、無いんやろうな。

私:日誌?

友:我々の個人的な日記や無うて、業務日報みたいな感じの奴やな。今日は朝から誰と会った、とか。

私:なるほど。

友:何か行事に参加して、どの様に行動したとか、そういうのを日誌に書いて残すんやな。お公家さんなんかは代々日記を綴っていって、例えばお正月はどの様に過ごす、この行事の時はどの様な服装でどの様に行動するとか、そういうのを書いて積み重ねていくんやな。

私:ふぅ~ん。

友:例えば明日、なにか行事があったとしますやん。

私:うんうん。

友:そしたら、去年の日記とか、一昨年の日記とかを読み直して、服装とか、持ち物とか、必要に応じて挨拶の言葉とかを確かめる、みたいな感じやな。間隔のあいた行事やったら親の日記を読む、祖父の日記を読むとかで確かめるんやな。

私:今風に言うと、あれやな、結婚式行く時に、ご祝儀はなんぼが理想やとか、相手が親戚やったら見栄張らんと安うしてもらうとか、そないな感じか?

友:若干違うような気ぃもするけど、そういうのを毎回日記に書き残していくと、去年誰の結婚式に行って、ご祝儀いくら出した、だから今回も同じ金額出しておこうとか、わかりやすいやん。

私:結婚式って、人生で1回か2回しか行ってへん。

友:なんの話から結婚式の話へ飛んどんねん?

私:なんやったっけ?

友:あぁ、だから、吉良さんと浅野さんがいつどこで顔を合わせたか、それがわからへんと問題解決にならへん、と、言いたいねん。

私:それだけで問題解決言うか、「この間の遺恨覚えたか」の謎を解けるんかいな。

友:もしかすると、吉良さんと浅野さん、会う約束しとって吉良さんがすっぽかしたかもしれへんやん。

私:そりゃぁあかんやん。

友:そいで思てんけど、天和3年にも吉良さんと浅野さん、組んどるわけやん。この時って浅野さんは16歳で、吉良さん42歳なんやな。

私:16歳で勅使饗応役って、凄いなぁ。

友:前の年には朝鮮通信使を迎えてはるし、まぁ、この時代の殿様って若くても公務をこなさなあかんから大変やで。

私:でも、吉良さんも42歳、10代の若者をネチネチいじめそうやなぁ。

友:この時は、家老の大石良重さんが走り回ったらしいて、何事も問題なく済んだらしいねんけど、気ぃ使たんやろうな、この良重さん、5月に亡くならはるんやな。そやから、言うたら悪いけど吉良さんが良重さんをいじめて、寿命縮めてやで、その事を浅野さんが恨んどって、それを元禄14年3月14日に突然沸点が頂点に達して、刃傷沙汰に及んだとも考えられへんか?

私:長々語ってくれたけど、「この間・・・」って、18年も前のことも「この間」になるか?

友:そこが問題なんやけど、1つには浅野さんが怒りに我を忘れとった場合、昨日今日のことも、先週のことも、18年前のことも全て「この間」でくくってしまう可能性はあるやろ。

私:あるんかなぁ・・・

友:仮に浅野さんが乱心してはった場合、この場合も時間の感覚って無くなると思うんやな。だから「この間・・・」って言葉にこだわったらあかんのやないか、そないに思たんよ。

私:そぉなん?

友:この、「この間の遺恨覚えたか」って言葉さ、実は若干疑わしいんやな

私:どういうこと?

友:これさ、現場に居合わせた唯一の人である梶川さん、フルネームは梶川与惣兵衛頼照言うんやけど、この梶川さんが聞いて日記に残してはるんよ。で、この日記なんやけど東京大学の史料編纂所に1冊、東京大学の図書館に1冊、写本が残っとって、図書館の1冊には「この間の遺恨覚えたか」は記されて無いんやって。

私:そうなんや。

友:史料編纂所の1冊には記されとるんやけど、こっちの写本は享保12年に記されたんやないか、そう言われとるんやな。だから後々になって書き足した可能性があるやもしれへんねん。

私:ほな、なにを信じたらええねん?

友:一番ええのは浅野さん本人が理由を述べとったらええねんけど、裁判も無しに即日切腹やったから、公式な記録がなんも無いんよね。他にも多門重共言う人があれこれ書き残してはるけど、これも日が経ってから書いとるとか、後世の人が勝手に書き足したんちゃうか、そない言われとって今の時点では史料として、1回除外した方がええみたいなんやな。

私:ほんなら、ほんまに現場の状況だけで判断せなあかんわけやな。

友:そうなんよね。だから、浅野さんが何か一言でも理由を言い残してへんのがほんまに惜しいんやね。

私:ほな、やっぱし、急な乱心なんやろうか。

友:それやったら、理由なんて考えんでええから楽やけど、ほんまにそれで片付けてええんやろうか。

私:ほな、どないすんねん。

友:急な乱心であっても、すぐに落ち着いたんやろうな。切腹ん時に、取り乱してなかったらしいし。

私:ほな、瞬間的な乱心?

友:乱心言うんか、心の病に関しては知識も無いし、なんとも言われへんけど、人によって症状も違うやろうから、あんたが言うように瞬間的な乱心も有り得るよな。

私:結局、答えは闇の中かいな。

友:そうなるよな。

私:そやけど、討ち入りした四十七士はどないなんねん?

友:何故、四十七士が討ち入ったか、そこはまた問題になるよな。

私:まさか、勘違いで済ますとか、言いなや。

友:それは無いよ。この時代は敵討ちは当然の行為やったし、どの様な事情であれ、主君の討ち漏らした敵は家臣が討たなあかんやん。それに、幕府が浅野さんを取り調べてさ、原因がわかっとったら、こないなことにならんやったんよ。だから、四十七士の討ち入りって幕府への批判もあったんやないか。そない思うで。

私:幕府への批判、かぁ・・・

友:それと、もう一つ、強いて言うならば再就職を有利に運ぼうという点もあったんや無いかな。

私:再就職?

友:この時代、武士が再就職するんは結構難しかったんよ。だから、どっかの大名家が潰れると何百人、場合によっては千人を超す失業者が出て、路頭に迷うんやで。

私:そやけど、求人広告読んどる大石さんとか、想像しとうないなぁ。

友:そりゃぁ気持ちはわかるけど、吉良さんの首取ってやで、その後どないすんねん。講談師みたいに舞台に立ってな、吉良さんの首取った時の話で生活費稼いどったら、その方が武士として如何なものかと思うで。

私:まぁ、言われたら、そないな大石さんも見とうないかも。

友:それに、これに関しては前例があるんやな。

私:前例?

友:例えば、赤穂藩四十七士の中に居た堀部安兵衛さんは、どこぞの仇討ちに協力して、その功績で堀部さんの婿養子になって浪人生活から抜け出したからさ。

私:そうやったっけ。

友:それともう一つ、浄瑠璃坂の仇討ち言うんがあって、寛文12年にあってんけど、これなんかも40人ぐらいが参加して、江戸の市ヶ谷浄瑠璃坂で恨みの相手を斬り殺して、幕府に「自分達がやりました」言うて届け出て、結果として島流しと言う結果になって、6年後に許されて、それぞれ再就職先が決まったという、そう言う事例があるんやな。そやから赤穂浪士も、この浄瑠璃坂の仇討ちを参考にしとるんやないかと言う見方もあるし、当時の価値観から言うたら決して間違ってはいないし、今みたいに美談として見るのは一方的に過ぎると思うで。

私:そうなんや。

友:結果として赤穂の四十七士は切腹になったけど、仮に浅野さんの弟さん、長広さんが赤穂の藩主か、もしくはどこかの殿様になってさ、家臣募集の広告出してやで、大石さんに家老として来て欲しいとか言うとったら、討ち入り自体が有ったか否か、考えたら微妙やと思わへんか?

私:そんなん、今まで考えたことあらへんよ。

友:まぁ、わしも今、喋りながら思い付いただけなんやけど、な。

私:それ言わんやったら、そこそこ格好良かったのに・・・

友:言わんけりゃ良かった。

私:それはそうと、貫文12年って、西暦で言うと?

友:1672年やな。

私:元禄14年が1701年やったから、29年か。その29年で島流しと切腹って、随分と判決が変わるんやな。

友:その点はあれやな、幕府のいわゆる老中とか、その辺りの人がどない考えたかによって変わってきたんやろうな。

私:それこそ前例を重視するとか、そないなんや無いんや。

友:そうやなぁ。前例言うんか、浄瑠璃坂の場合、殿様の葬式の場でさ、家老同士が口論した事がそもそもの原因やから、誰が見ても敵討ちってわかるやん。

私:あぁ、そぉか。浅野さんの場合、はっきりした原因がわからんもんなぁ。

友:まぁ、でも、弟の長広さん、宝永7年に旗本やけど、一家を成すことでけたんやから、良かったんやないか。

私:宝永7年って?

友:大石さんらが討ち入ったんが元禄15年、西暦1702年やから、8年後やな。1710年や。

私:ありがとう。

友:そう言えば、豆知識なんやけど赤穂市にさ、花岳寺というお寺があって、浅野家の菩提寺なんやな。

私:うんうん。そいで。

友:実は吉良家の菩提寺が愛知県の西尾市にあるんやけど、こっちも花岳寺って言う名前なんよ。

私:ありゃまぁ・・・

友:単なる偶然なんやろけどな。赤穂市の花岳寺は曹洞宗で、西尾市の花岳寺は臨済宗なんや。

私:ほな、花岳っていう言葉に仏教の深い意味があるんやな。

友:そこまでは知らんけど、不思議なこともあるもんやなぁ、思ただけ。

私:調べてきてよ。

友:面倒臭いし。

私:そう言えば、さ。

友:なに?

私:吉良さん、2月の29日まで江戸におらんやったと言うとったやん。

友:あぁ、最初の方の話に戻るんやな。

私:そしたら、浅野さんに1回も会わんやったかもしれへんねやろ。

友:あくまでも可能性の話やけど、な。

私:仮に1回も会わへんかったら、浅野さん、どないすんねん?

友:どないすんねんって、どういうこと?

私:吉良さんが物を教える立場やん。言うなれば先生がおらん状態で、勉強せぇ言うんは非道くないか?

友:そやなぁ、単純に考えれば18年前の経験を生かす、当時のメモかなんかを引っ張り出してきて対応するというのが考えられるよな。但し、この時陣頭指揮に立った大石良重さんが2か月かそこらで亡くなってはるから、後々に備えたメモとかを残していたか、その辺は疑問やな。も1つは元禄9年に浅野さんの親戚である三次藩の浅野家が勅使饗応役を受け取るから、そこから教えて貰うこともできたやろうし、さらに遡って寛文8年、西暦で言うと1668年に長矩さんのお爺さん長直さんが勅使饗応役を受けてはるから、その時のメモなんかが残っとったら参考になったんやないか。何を言うても歴史の中の「if」でしかないんやろうけど。

私:長々と語ってくれてありがとう。

友:あぁ、もぉ、こないな時間か。寝るベ。

私:でも、いつかどこかで決定的な証拠が出てきたらええよな。

友:そやけど、いずれか一方に不利な証拠が出てきたら、それはそれで問題言うんか、新たな火種になりそうで嫌やで。

私:それやったら、永遠の謎の方がええんかな。

友:そない思うで、わしは。

私:ほな、お休み。

友:はいはい。お休みなさい。

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