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トキノクサリ  作者: ぼを
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コトリ祭 -2-

 図書室を後にして校庭に出ると、野辺はちょうど練習を終え、道具類を他の部員たちと片付けているところだった。彼は僕に気づくなり、声をかけてきた。

「アメリいた?」

 僕は立ち止まり、野辺の方に顔だけ向けて、答えた。

「いたいた」

「じゃあさ、先に木百合のカフェに行って待っていてくんない? あとでアメリ連れて行くからさ」

 ウミは今日、バイトの日だ。

「何? 何か用事があるのか?」

 僕が訊くと、野辺はボールの入った籠を片手に、近づいてきた。

「ちょっと耳に入れておきたい事があってな…気になる事が」

 気になる事?

「アメリからは、今日、充分気になる事を聞かされたんだけれど、それよりも気になることだろうか?」

「アメリから何を聞かされたかは知らねえけど、島の人全体にもそのうち関わってくるような話だと思うから、先に共有しておきたいんだ」

 野辺の表情から察するに、それなりに真剣な話の様だった。それで、僕は首肯した。

「それは解ったけれど…僕、ウミのバイトしてるカフェがどこにあるか知らない」

 野辺は驚いたような表情を見せた。

「お前、ウミと数ヵ月も一緒にいて、バイトしてる場所を教えてもらってないのか?」

「喫茶店でバイトしてる、とは聞いてるけれど…」

 野辺は不服そうな視線で僕をねめつけると、後でマップの座標を送ってやる、とだけ言い捨てて部室の方へ歩いて行った。


 ウミの喫茶店は…いや、カフェは、町の少し外れの崖沿い? にあった。正直、町に古くからある常連だけが通う純喫茶的なものを想定していたので、思いのほか洒落ていて驚いてしまった。外見から全容は知れないが、そんなに大きな建物ではなさそう。けれども、崖を切り裂くように設えられた階段を下りていき、まさに崖の中腹のような場所にカフェは建築されていた。つまり、崖の上からは建屋の存在は目視できない。

 僕が少しあっけにとられながら階段を歩いていくと、ウッドデッキで花に水を遣っているエプロン姿の女の子が確認できた。僕は、それがすぐにウミだと解った。僕が声をかけるまでもなく、ウミは僕の存在に気が付いた。

「え? あっ、ちょっと、ユウくん、なんできちゃうのよ!」

 なんだよその反応は…。

「野辺が、みんなに話したい事があるから、カフェで集合っていうから…。というか、なんで教えてくれなかったんだよ」

「そんな、恥ずかしいからに決まってるじゃない…」ウミは如雨露を片付けると、僕を中に案内した。「どうぞ、入って」

 恥ずかしがるような柄でもない気がするけどなあ。

 

 中はとても開放的だった。特に、入って正面は、全面ガラス張りで、そこから水平線を望む事ができる。屋内の照明は最低限で、外部から採光される陽の反射光だけで、日中は充分明るいのだ。それでいて落ち着いたインテリアは、まるで一幅の絵画のようでもある。カウンター席が四つ、あとはテーブル席が三つと営業面積は決して広くはないが、壁際にはアップライトピアノやギターなんかもあった。地域のイベントなんかもある程度対応するのだろう。

 僕は、ウミに誘導された椅子に腰かけた。


「この島の経済動向はいったいどうなってるんだろうね」

 僕が言った。ウミは僕に水とおしぼりを出してくれた。

「どうしたの? いきなり」

 エプロンのまま、ウミは、同じテーブルの、僕の斜め向かいに腰掛けた。 

「いや、だってさ、観光客なんてほとんど来ない様な島だよ? 人口だって高齢者に偏ってるだろうし、こんなオシャレなカフェが必要なのかな?」

「あ~、なにそれ、島をバカにしたな?」

「僕も一応、この島の出身者だから」

「ほら、そういう時だけ、島の人間の振りをする」言いながら、ウミは、にひひ、と笑った。「マスターが島の外から来た人だからだよ。一級建築士でお仕事をしていたそうなんだけれど、リタイアしてこの島に来て、カフェを開いたんですって。夜はお酒も出すし、島の人は結構使ってくれるよ」

 ああ、そういう経緯か。なるほど。僕は、カウンターの奥で無言でコーヒーカップの手入れをしている白髪で痩せ型の男性を見遣った。

「店先のお花とか、このテーブルの上の調度品とかはウミの趣味?」

「そうだよ、よく解ったね。かわいいでしょ?」

 僕は、白々しく首肯してやった。


「遅くなってスマン」野辺とアメリが、騒々しくやってきた。「あ、マスター、俺、アイスね」

「わたしも」

 アメリが続いた。

「ユウくんもアイスコーヒーでいい?」

「あ、ああ、うん」

 生返事をしてからすぐ、無表情のマスターは、ほぼ無言でコーヒーを用意し、ウミを呼びつけた。ウミは手際よく四つのコーヒーを、テーブルの上に並べた。僕はウミにありがとうを言った。

「あ、マスター、今日の豆は何だっけ?」ウミが、顔だけカウンターの方に向けて、言い放った。マスターは、コロンビア産の深煎り、とだけ呟いた。それを聞いて、ウミは僕らの方に向き直った。「だってさ!」

「お前、解ってねえだろ」 

 野辺がウミに、呆れ顔で言った。

 僕もコーヒーは詳しくないけれど、程よく冷えた液体は炎天下で火照った体を鎮めてくれた。


「で…」僕は野辺に視線を送りながら、言った。「なんだっけ?」

 野辺は、急に鹿爪らしい顔を作ると、僕ら全員に視線を送りながら、声を潜めて話し始めた。

「昨日、親父から聞いた話なんだけれどさ…」

「あれ、リュウくんのお父さんって…」

「ああ、漁師だよ」野辺がアメリに答えた。「漁師なんだけれど、どうやら、当面の間、島での漁が禁止になるみたいなんだ」

「そういえば、噴火の前後で、浜辺に大量の魚の死体が打ち上げられたとか騒がれてた気がするけれど、あの関連か?」

「…関係があるかどうかは俺には解らない。けれど、今から話す内容が噴火に関係あるのであれば、そうかもしれない」野辺は言葉を切ると、コーヒーで唇を濡らした。「そもそも、漁が禁止になる理由は、今の時点では明確には解らないんだ。というのも、まだこの話自体、噂話レベルだからさ。ただ、この話の続きで、気になる事を耳にしたらしい。それは、今後、この島の住民の半数を、陸に避難させる、という事なんだが…」

「避難…?」ウミが身を乗り出して呟いた。「でも、噴火はもう終わったよね? お祭の準備だって、これからだというのに」

「退避というのは、一時的に移動をするだけの事なのか、それとも長期的に陸に住む事を指すのか、どっちだろう?」

 僕が訊いた。

「おそらく、後者。もともと噴火の時点で、島外退避の話が出ていたのは知ってるだろ? 場合によっては陸の県営住宅や公民館で数ヵ月世話になる破目になるところだった訳だ。それが、幸いにも二週間程度で噴火は収束し、俺たちは今、ここにいる。にもかかわらず、このタイミングで禁漁になり、島外退避の話が出るのは何故だ? しかも、島民の半数だけってのは妙だ」

「それって…」アメリは心配そうな表情だ。「まだ、これから噴火が起こるって事…?」

 野辺は小さく数回、頷いた。

「それ以外に考えられないだろ? 島民がパニックを起こさないように裏で動いているようにしか思えない。噴火はまだ、これからなんだよ」

「でも、なんで半数なのかしらね?」

「用意できなかったんだろうね」ウミの疑問に、僕が答えた。「島民全員分の退避場所を用意できなかったんだよ。だから、半数を避難させて、もう半数を島に残す」

「そんな…半分は見殺しにされるってことなのかな…」

 アメリの言葉に僕はかぶりを振った。

「存外に合理的な判断だと思うよ。島に残る人間が半分であれば、対策にかかる稼働や期間や、もしもの時の人的被害も半分にできるからね。この前提から考えると、相当長い期間、退避させられる可能性があるな。まあ、野辺のこの話が本当だとしたら、だけれどね」

 野辺は、腕組みをしながら、まあな、と呟いた。普段の野辺なら真っ先に否定する筈なので、この話は野辺のでっち上げではなさそうだ。

「みんなバラバラになっちゃったら嫌だな…」

 ウミが言った。

「でも、なんで漁が禁止になるんだろう?」

 僕がそう言った途端、店の扉が勢いよく開いた。

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