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トキノクサリ  作者: ぼを
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人形山 -4-

 噴火の始まりは、まるで雷鳴の様だった。実際、僕は比較的近くで落雷があったと思ったのだ。ところが、窓の外は晴天。なんだが様子がおかしい、と訝り始めた所で、校内放送が入った。放送では、いよいよ噴火したこと、火砕流の発生やガス濃度が上がる可能性があるから、窓を閉めて校内待機することが告げられた。教室内は瞬時に騒然となり、僕は、周囲の生徒と顔を見合わせた。窓際の生徒が慌てて窓ガラスを閉めた。間もなく夏も本格化する頃、教室内はむせかえるようだ。多くの生徒が窓際に寄ったが、人形山の山頂は思うようには見られなかった。眼下では、ヘルメットとマスク姿の数名の教師が駆け足で校庭に出ると、両手で陽光を遮るようにしながら噴火の様子を見ている様だった。遠目に見る、その表情からは、深刻な事態ではない事が伺い知れたが、程なくして細かな石が降り始め、慌てて校舎に戻ってきた。数ミリメートルにも満たない噴石が窓にぶつかり、雨音に似た音をたてるのが聞こえた。暫くして、授業が再開された。と同時に、快晴だった空は、段々と曇り始めた。噴煙が太陽を遮り始めたのだ。一時間もしない内に降灰は地表を覆い、ついさっきまで見えていた校庭のフェンスも薄黒くシルエットだけがぼんやりと浮かび上がるだけだった。

 ガス濃度が殆ど上がっていない事、降灰はあるものの、細かな噴石は落ち着いた事、火砕流や火山弾の存在が確認されない事より、午前で授業は切り上げとなり、僕達生徒は帰宅させられた。ヘルメットにマスク姿、視界は判然とせず、なんだか気温も高いように思われた。息を吸い込むごとにマスクが少しずつ黒くなっていくのが、お互いに解った。それで、誰も何かを話そうとはしなかった。どうやら学校に通達された降灰予測速報では、噴石は人形山山頂から半径数キロ以内に降る事が予測されているとの事で、高校はその範囲内にあたるらしい。つまり、降灰被害だけであるのであれば町にいた方が安全という判断だ。町内放送では、およそ三時間ごとに降灰予想を流していたが、具体的な地域名を言われても僕にはよく解らなかった。帰宅してテレビをつけて初めて、降灰地域を視覚的に把握できたが、偏西風に流されるとしても、ほぼ島全体に渡って降灰するようだった。外出は極力控えろ、とか、車はスリップの恐れがあるから使わないで、といった事を連呼していた。また、停電の恐れや、水道水が濁る可能性があることも伝えられた。


 夜のうちに、スマホの連絡網が学校から回ってきて、夏休みが二週間ほど前倒れる事になった。つまり、明日から夏休みだ。降灰が落ち着くまでは引きこもり生活になり、誰とも会えないだろうけれど。


―― しばらくは会えないね


 連絡網の後、すぐにウミがメッセージを送信してきた。


―― どのくらい続くだろうか。数日で収まればいいんだけれど


―― 今回みたいな、噴煙があるだけの小規模な噴火だと、何ヵ月も長引く場合がある、って聞いたよ。そうなったら、島外避難になるのかな…


―― アスカちゃんやおじいさんは大丈夫そう?


―― うん、ありがとう。アスカは大丈夫、おじいちゃんは相変わらず不安そうにしているよ。畑の作物は、今年は駄目だろうって


―― 被害が最小限で済む事を祈るばかりだね…



 噴火から十三日目に降雨があり、その翌日、久々に空が晴れた。視界は広く、屋外に出ると、他の住民も同様に水を含んだ降灰で足取りの悪い中、外に出てきており、人形山の様子を伺っていた。噴煙は、やんでいる…。噴火は収まったのか…?

 程なくして、警察やら消防士やらが各家庭を回り始め、様子伺いをするとともに「克灰袋」と印字された黄色いレジ袋を大量に置いて行った。何と読むんだこれ? 消防士の話によると、この中に周辺の灰をかき集めて入れて、家の玄関先に積んでおいてほしい、との事だった。昨日雨が降ったので灰は重くなっているが、塵芥で灰や目をやられない利点があるから、今日のうちにある程度始末してしまった方が良い、と助言を受けた。幸いにして灰の厚さは数センチ程度だったが、状況によっては木造建築では重さに耐えらえず倒壊する場合があるそうだ。それで僕は、祖母からシャベルを受け取ると、急いで、庭や、家の前の歩道の灰を掻き始めた。屋根の上にも灰は積もっていたが、これはどうしようもないと思ったので、いずれ雨が洗い流すだろうと手を付けるのをやめた。夕方までにある程度始末してしまうと、僕は久しぶりにウミの家へ行き、思った通り進んでいない除灰を手伝ってやった。水分を含んだ灰は、気を付けないと滑り、ウミは何度も尻もちをついた。


 体中、灰で汚れたまま、シャベルを担ぎながらウミの家から帰宅したときには、もうあたりは暗くなっていた。道路清掃車が出たらしく、車道もある程度は除灰が終わっており、恐ろしく低速で慎重に進む自動車が散見された。

 祖母は夕飯の用意をしているところだった。僕は玄関から家に入る時、不思議な事に気が付いた。それは、僕が昼間作業して、灰を入れて積んでおいてたあのレジ袋のひとつが、妙に光っているのだ。僕はシャベルを物置にしまうと、改めてそのレジ袋に近づいてみた。確かに、一部分が、うすぼんやりと黄色に輝いている様だった。蛍でも迷い込んだだろうか…まさかね。僕はその光があんまり気になったものだから、袋のその部分を手で強引に引き裂き、その光を灰の中から探った。正体はすぐに知れた。


「…石だ…。石が光ってる」

 

 僕はポケットからスマホを取り出すと、それを写真に撮った。それから石をつまみ上げると、自分の手のひらに置いてみた。大きさは数センチほど。よく見ると、なんだが一部が半透明な風になっており、まさに蛍のように光輝いているのだった。それは、息を飲むような美しさだった。灰の中に混ざっていたのだろうか。全く気が付かなかった。

 僕は、その石を手に乗せたまま、玄関の扉を開け、ただいまを言った。靴を脱いでから居間まで行き、祖母に呼びかけた。


「婆ちゃん、婆ちゃん、珍しい石を拾った」


 僕の言葉に、祖母は手を手ぬぐいで拭きながら、何があった、と寄ってきた。

 僕は、老眼で目を細める祖母が見やすい様に、その石を顔に近づけてやった。途端、祖母は普段見せないような表情を作った。目を大きく見開き、それから少し手を震わせるようにした。そして、大きく溜息をつくと、


「…そうか…その石が出てしまったか…」


 と呟いた。何か知っているのか? 

 祖母は、無言で僕の手のひらから石を拾い上げると、布巾で丁寧に包み、ブリキ製の小さな菓子箱の中にしまった。僕は、石について祖母から何かを訊き出そうと思ったが、その祖母の想定外の行動と、普段は見られない気迫に鼻白み、何も訊けなかった。


 夜、僕は全く寝付けなかった。ウミに、石の写真をメッセンジャーで送ってやった。ウミはその幻想的な光を面白がり、今度見せて欲しい、と返してきたが、祖母に取り上げられてしまったと言うと、残念がった。人形山の噴火で落ちてきたものなら、また拾えるかもね。


 夜中、祖母が誰かと電話で話をしているのが、薄い壁を通して僕の部屋にも聞こえてきた。普段、僕よりもずっと早く就寝してしまう祖母にしては、珍しい事だった。


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