鳥居祜 -3-
神社に向かう道すがら、色々と思いめぐらした。アメリが話したコトリ祭の件と、ウミの本名が一致している事は偶然とは到底思えない。状況だけ考えると、ウミは生まれたときから、浄化の巫女になる事を運命づけられていたみたいになってしまうじゃないか。そんな事、あり得ない。だって、前回の噴火は何百年も昔だって話だった。もし、その時から脈々と鳥居祜の名前が受け継がれてきたとしても、ふさわしいのは古杜家の子孫であって、ウミじゃない。この島は一体、何を隠しているんだ…?
ウミに直接、問いただしてみるべきだろうか。でも、彼女の性格の事だから、自分の本名の事について知っていたとしても、知らないふりをするだろう。そもそも、それを僕が知ったからと言って、何か意味があるのか? 僕が本当に知りたいのは…この浄化作業を、ウミが何事もなく、健康で終わる事ができるのか、というそのことだけだ。もし、そうでないのであれば…。どうすればいいんだろうか。別の巫女を立ててもらう? そんな事ができるのであれば、ウミ一人を選んだりしないだろう。浄化を途中で諦める様に関係者を説得する…。それか、ウミを連れて、黙ってこの島から脱出する…。どっちにしろ、ウミの意志次第になりそうだ。
「あ、ユウにいちゃんじゃん」
急に声をかけられて、僕はビクッとなった。それを見てか、クスクスと笑う声が聞こえてくる。
振り返ると、そこに居たのはアスカだった。
「なんだ、アスカちゃんか。久しぶりだね」
「これから人形山のお仕事? 大変だよね」
アスカは、浄化作業の事をどのように聞かされているんだろうか。
「僕はそうでもないんだけれどね。ウミの方が大変そうだよ」
アスカは、表情を曇らせた。
「やっぱりそうなの? 最近お姉ちゃん、なんだか体調が悪そうなんだよね。咳は止まらないし、お風呂上りは、そこら中、痒そうにしてるしさ。あと、夜中に光ってるのが、本当にキモい」
「ウミは、家だとどんな感じなのかな? 僕の前だと、凄く元気そうに振舞うんだけれど、心配なんだよね」
「家でもそんな感じだと思うよ。体調が悪いのは、ストレスが溜まってるのかな。ユウにいちゃん、ちゃんとお姉ちゃんの事、見てくれてる?」
それって、僕がストレス源になってる可能性があるってこと?
僕は、話題を変えようと思った。アスカにウミの本名の事を訊いても、この調子だと恐らく知らないだろうな。
「アスカちゃんは、どうして神社に?」
アスカは手から下げている紙袋を少し持ち上げ、僕に見せてきた。
「巫女の服の、上着。クリーニングに出して、お姉ちゃん持ってくの忘れたんだよね」
千早のことか。汗もかくだろうし、そりゃあ洗濯したいよね。あんな特殊な衣装を洗ってくれるクリーニング屋があるのか。
「ああ、それか、僕も、トリコ祭の時に着せられたんだよね」
僕は、アスカにカマをかけてみる事にした。アスカは笑った。
「あの時は大変だったでしょ」
僕は頷いた。
「アスカちゃんが神社に来るのは、トリコ祭が終わって以来?」
「う~ん、そうかな。そうかも」アスカは言葉を切った。「あと、トリコ祭じゃなくて、コトリ祭だよ。大切なお祭なんだから、名前、間違えないでよね」
やはり、アスカはウミの本名について、知っている事はなさそうだ。
僕とアスカは神社の石段を上った。
「そう言えば、ウミってもうすぐ誕生日だったりする?」
僕が訊いた。
「うん、よく知ってるね。来月十六歳になるよ。何かプレゼントでも催促されたの?」
「いや、催促はされてないけれどさ…。何か用意した方がいいかな、と思って。アスカちゃんは、何がいいと思う?」
「それは、お姉ちゃんとユウにいちゃんがどこまでの関係かによりますな」
「どこまでの関係って?」
僕が訊くとアスカは、お姉ちゃんも鈍いけれど、ユウにいちゃんも相当だよね、と悪態をついた。
「お姉ちゃんとユウにいちゃん、つきあってるの?」
え? つきあって…はいないんじゃないかなあ…。思えば、ちゃんと意識したことがない。
「う~ん、わかんないな…」
「それじゃ、お姉ちゃんが可哀想だよ」
可哀想? ってことは、ウミは僕の事を意識してるってこと?
「今は、人形山の浄化を一緒にやっているから、戦友みたいな感じかな」
僕の言葉に、アスカは反発するでなく、少し寂しそうな表情を見せた。
「ユウにいちゃんは、お姉ちゃんの事、ちゃんと好き?」
「そりゃあ、勿論、好きだよ」
「そっか…。じゃあ、浄化のお仕事が終わったら、ちゃんとユウにいちゃんから告白してね? 約束だよ?」
約束はいいけれど、それで玉砕したらアスカは責任をとってくれるのかよ…。ウミとの関係が壊れるのは嫌だし、正直、怖いよ。
「それで、何か用意するとしたら、何がいいと思う?」
アスカは、そうねえ、と呟いた。
「つきあってないなら、あんまり高い物は駄目だよ。普段使える雑貨とかがいいんじゃないかな。ハンドタオルとか、手鏡とかポーチとかさ」
なるほど。いずれにしろ、センスには自信がない…。
社につくと、アスカはウミの名前を呼んだ。出てきたのは僕の祖母だった。どうやら、丁度ウミは着替えをしているところだったらしい。アスカは祖母に千早の入った袋を渡した。暫くして、控室の方から、えっ、アスカとユウくん来てるの、というウミの声が聞こえてきた。それから、ドタドタと床を鳴らして歩く音がしたかと思うと、勢いよく扉が開いた。
「ねえ、ユウくん、見て見て!」千早を羽織ったウミが、僕に、その右手を見せてきた。「ほら、言われた通り、手袋したよ。いいでしょ」
白い歯を見せて笑うウミの右手には、いわゆる普通の軍手が嵌められていた。
僕は、隣のアスカに小声で訊いた。
「ねえ、手袋を贈るってのは?」
アスカは表情を硬直させたまま、答えた。
「いいと思う…」




