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トキノクサリ  作者: ぼを
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25/43

鳥居祜 -1-

 夏休みが終わり、久々に制服での登校となった。九月とは言え、残暑でまだ暑い。そして、半数が島外退避した今、登校する生徒はいつもよりまばらだし、実際に教室に入れば、すぐにそれを実感できた。寂しいと言えば寂しいし、お気楽と言えば、お気楽だ。

 ウミは先に教室にいたけれど、僕はすぐに違和感に気が付いた。当然、他の生徒が夏服…男子ならば半袖のスクールシャツ、女子ならば半袖のセーラー服…を着用している中、ウミだけが冬服、つまり長袖で厚手のセーラー服を着ていたのだ。確かに九月は衣替え期間だから、どちらを着て来てもいい事にはなっているけれど、やっぱり変じゃないか?

「おい、圷」丁度教室に入って来た野辺が小声で話しかけてきた。「なんで木百合は冬服なんだよ」

「知らない」

「なんだよ、お前ら夏休み中、ずっと一緒じゃなかったのかよ」

 そんな事を言われても、毎日会ってた訳じゃないし。

「あ~! ウミ、どうしたの?」後ろからアメリの声がした。アメリはスクール鞄を肩から下げたまま、ウミの席まで近づいて行った。「冬服にはまだちょっと早いんじゃない? 風邪ひいた?」

 よくぞ聞いてくれた。

「うん、ちょっとね」ウミが答えた。「多分、風邪だと思う」

 確かにウミは、授業中など、時折ハンカチを口にあてては、コンコンと咳をした。昨日、夜まで神社にいたから、体を冷やしたのだろうか。でも、気温はそんなに低かったとは思わないけどな…。


「あまり加減がよくなさそうだね」下校時、僕はウミに声をかけた。「体調悪いなら、今日の浄化はやめるように神主に相談しようと思うけれど」

 ウミは、いつもと同じ笑顔を見せた。

「ううん。大丈夫。ちょっと風邪をひいてしまったみたい。でも、すぐによくなるよ」

「ならいいんだけれどね。ウミは色々無理をしがちだから、悪くなる前に教えて欲しいな」

「うん、ありがと」


 その日、燐光石を袋にウミの許に戻ると、彼女はいつもと違い、白衣の上に千早を羽織っていた。巫女舞踊をした時に僕も着た、あの上着みたいなやつ。やはり、寒いんだろうか。でも、神主の表情はいつも通りだったし、ウミの緩い感じもいつも通りだったから、特に触れないでおくことにした。

「そういえば、聞いて聞いて」ウミが声を弾ませて言った。「最近ね、この神社の周辺に、夜な夜な幽霊が出る、って噂が立ってるんだって!」

 幽霊? 確かに、夜は薄気味悪い神社ではあるけれど…。

「それって、僕らも遭遇する可能性あるのかな? というか、一番神社に出入りしているの、僕達なのに、気づかないって事は、ただの噂なんじゃないか? いやまあ、その手の霊感みたいな物には自信がないけどさ…」

 僕の言葉に、ウミは、あはははは、と爆笑した。神主も笑っている。

「ユウくん、わたし、わたし!」

 ウミは笑顔のまま、人差し指で彼女自身を指した。ああ、そういう事か。

「なんだよ…。夜、帰るときに、ウミは光ってるのかよ」

「あ~! わたしだって、光りたくて光ってる訳じゃないんだからね」

 昨日はあんなにはしゃいでいたくせに。

「でもさ、ウミが光りながら神社から出て帰宅するのって、想像するとなんだかコミカルだよね。やっぱり一緒に帰るようにしようか?」

 ウミはかぶりを振った。

「ありがとう。でも、大丈夫。だって、ユウくんが幽霊と夜な夜なデートしてるなんて噂になったら、わたし、やだもん」


 その週の体調確認の日になっても、ウミは冬服を着ていたし、咳も相変わらずだった。

「なかなか治らないね」さすがに心配になった僕は、カーテン越しに声をかけた。「何日か学校を休めばいいのに」

「そうなんだけどね」ウミが答えた。「でも熱はないし、咳がでる以外は至って健康なんだよ」

 健康ねえ…。寒気もあるんじゃないのか。

「お前は全く異常なしだな」町医者が言った。「むしろ、もっと働いて、あの娘の負担をできるだけ減らしてやった方がいいんじゃないか?」

 確かに一回あたりに回るエリアの範囲を広げれば、浄化に必要な日数は減る。

「とは言え、最終的に浄化する石の数は同じなんじゃないですか?」

「早く終わらせた方がいいのか、長くはかかるが少しずつの方がいいのか。俺には解らんな」

 じゃあ、無責任な事言うなよな…。

「う~ん。特に問題はなさそうなんだけどね」保健教師が声を上げた。「あら、可愛い下着ね。ちょっとブラジャー外してくれる?」

「だから先生! そういう事は小声で言ってよ」

 カーテンの向こうの、ウミの膨れ面が目に浮かぶ。

 カーテンがシャッと開いて、保健教師が顔を出した。隙間からウミが見えないか、気になっちゃうじゃないか…。

「先生、どう思います? 心音も肺音も問題なさそうなんですよね」

 町医者はまた、白衣から煙草を取り出すと、一本だけですからね、と断ってから火を点けた。

「本人が風邪、って言ってるんだから、そうなんじゃないですかね。とりあえず咳止めだけ出しときましょうか?」

 保健教師は頷き、一本だけで終わりにしてくださいよ、と言うとカーテンを閉めた。

「先生に咳止めを出して貰うから、飲んで様子を見てもらっていい? 毎日必ず検温はしてね。何かあったら、すぐに電話するのよ」

 ウミは、解りました、と回答した。

 町医者は、顎で僕に、近寄るように合図した。それから、小声で言った。

「本当に体調悪くなっても、本人は白状しない可能性があるからな。お前、ちゃんとあの娘の事、見ておけよ」


 人形山の探索は順調だった。例の子ガラスは、度々僕の肩に乗るようになった。携行食をその度にとられるのだが、石を入れる袋を巣とでも勘違いしたのか、枝の上や、少し離れた厄介な場所にある燐光石を代わりに集めてきてくれるようになったので、エリア消化の速度は各段にあがった。これは本当に嬉しい誤算だった。同時に、山頂に近づくほどにエリアあたりの燐光石の数は増え、九月中頃にもなると、一回あたりの個数は百個近くにもなった。幸い、エリア自体も狭くなっているので、拠点を作って荷物を置き、そこを中心に燐光石を効率よく探す事ができた。そして…僕はいちいち累計数を数えてはいないが、ウミが毒を吸い取って浄化した燐光石の数は、既に千個は超えているはずだ。ウミの風邪はあまり良くならず、かといってそれ以上悪くなる様子もなく、相変わらず咳は続いていた。


 そんなある日、僕はウミの祖父から呼び出された。あの爺さんから呼び出される事なんてなかったから、ウミの体調の事で何か個別に告げられるのではないか、と内心狼狽えたが、どうやら、全く別の用事の様だった。

「猟銃、貸してやったろ?」

 猟銃? 猟銃の話なのか。

「そうですね。おかげ様で大活躍です」

「あまり殺生すんじゃねえぞ。人形山の生き物は神がかってるからな。最近、あの神社に化け物が出るんじゃないか、って噂してる連中もいるからな」

 それは、あなたの孫娘の事だよ、きっと。

「鳥を撃ったのは一回だけですよ。殆どは、高いところの燐光石をとるのに木の枝を狙ったりとか、そういう感じです」

 僕の言葉に、祖父は満足そうに頷いた。

「それでな、わざわざ呼びつけたのは、その猟銃の事で警察がうるさくてな」

「警察…ですか?」

「前にも言ったが、猟銃を人に貸し与えるのは御法度なのさ。とはいえ、こんな状況だからって、予め方々に話は通しておいたんだけどな。形だけでもいいから、譲渡をした体は作って置いて欲しい、という事らしい」

 譲渡…ねえ。そもそも僕は免許を持ってないんだけれど、それはいいんだっけ。

「僕は、何をすればいいですか?」

 祖父は、ああ、と頷いた。

「手間をかけるが、役場に行って住民票をとってきて欲しいのさ。それと譲渡証明書が揃えば、なんとかな…」

「住民票って…僕、とった事がないんですけれど…」

「なに、役場の窓口に行って、住民票を出してくれ、って言えばいいだけだ。三百円くらいで出してくれるよ」

 そう言えば、アメリの転校の手続きの関係で役場に行ったとき、アメリもそんな話をしていた気がするな。

 僕は、手数料自腹がひっかかりながらも、快諾した。


 役場はまだ開いている時間だったので、僕はその足で向かった。前回も前々回も、混乱する人々でごった返していた役場は、今日は閑散としている。僕は、殆ど待ち時間なしで、窓口に相談する事ができた。

「住民票ですね…」係のおばさんが言った。「家族全員記載が必要ですか? それとも、ご本人だけの記載で大丈夫ですか?」

 しまった、そんな選択肢があるとは聞いてなかった。ええと…。

「家族全員が載った物をお願いします」

 全員入っていれば、誰も文句ないだろう。

「はいはい、全員…ね」おばさんは視線を手許に落として作業をしながら言った。「それで…必要なのは、あなたの家族の住民票でいいですね」

 おっと。それも聞いてなかった。譲渡する側の住民票が必要なのかな…それとも、される側…。

「ええと…ですね。僕の住民票と、あと木百合家の住民票の両方をとりたいんですが…」

「木百合家? 委任状か何か、お持ちですか?」

 これが役所仕事という物だろうか…。次から次へと困難が立ちふさがる。いや、僕の準備が軽率だっただけか。

「委任状はないんですが…木百合ウミのお爺さんのお遣いで来ているんです」

 僕の言葉に、おばさんは何度か頷いて見せた。

「あのお爺ちゃんのお遣いなら、いいわ。出してあげる。形だけ、あなたの手書きでいいから、委任状を書いて貰える? あと、今度来た時に健康保険証か免許証を持ってくるように伝えておいてね。あなたの保険証は、今、出してくれる?」

 これは…公文書偽造? まあいいのか。基本、誰もが顔見知りのコミュニティなのだから。僕は、言われたままに委任状にサインした。祖父の名前が解らなかったので、木百合、とだけサインした。これでいいのか。


 呼び出しがかかるまで、待合の椅子に腰かけている様に言われた。僕は役場の中を呆然と眺めながら、アメリと野辺と一緒に来た時の事を思い出したり、一人で島外退避する事になった委員長に思いを馳せたりした。結局、僕とウミがこうなったのは、委員長の判断があったからなんだろうか…。委員長は、下手に悩んでいたりしないだろうか…そんな性格でもないか。


 思ったほど待ち時間なく、僕は窓口に呼ばれた。手数料を支払ってから…そうか、二通あるから倍の値段になるのか…住民票を受け取った。初めて見る住民票は、なんだか好奇心を擽った。それで、待合の椅子に腰かけて、少し内容を眺めてみる事にした。

 まず、僕の住民票。そうか、亡くなった人の名前は出てこないんだ。両親の名前はなく、祖母と僕の名前だけが記載されている。こうやって住んでいる場所を管理しているのか…。

 じゃあ、ウミの住民票はどうだろう。ウミの家も両親は亡くなっているから、三人の筈だ。祖父と、アスカと…あれ? ウミの名前が…ないぞ。んん?

 木百合の住民票には、確かに三人分の名前が並んでいる。そのうちの二つは、あの爺さんとアスカで間違いがない。生年月日からしても、間違いない。けれど、もう一人の名前は…ウミじゃない。ウミは、いない…。ウミの代わりに…なんて読むんだこれ? 「鳥居…祜…」? フリガナがないから解らない。生年月日を見ると…僕と同じ年の生まれだ。しかも、来月誕生日か。これ、ウミの事なんだろうか…。

 僕はその住民票を持って、窓口のおばさんに声をかけた。

「住民票の名前って、フリガナは解らないですかね?」

 おばさんはかぶりを振った。

「自治体によってはフリガナも出てくるみたいだけれどね、ここの住民票は漢字しか出ないの。木百合家の名前? お爺ちゃんに訊いてみたら解るんじゃないかしら」

 そうか…。

 僕は役場を出ると、祖父のところへと引き返した。

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