花火 -1-
その夜、僕はウミとメッセンジャーで会話をした。
―― お疲れ様、初日だったけれど、ウミは浄化作業は大丈夫だった?
―― うん、数が少なかったから、すぐに終わっちゃったよ
―― 体調に変化はない?
―― それが、全然なんともないんだよね。町に降った分の浄化の方が数が多かったけれど、いつもどおり。元気です
―― 何か色々と心配したけれど、ウミがなんともなくてよかったよ
―― ありがと。ユウくんは大変じゃなかった?
―― 今日の調子で進むのであれば、思ったほど苦労はなさそうだよ
―― そ。よかった
―― そう言えば、アメリのお母さんもウミも正装だったよね。あれ毎回やるの? 大変じゃない?
―― うん、毎回、着替えるんだって。大変じゃないよ。ユウくんのお婆さんが手伝ってくれるしね
―― 雰囲気の割にはあまり緊張感がなかった気もしたけれどね
―― なになに? 真面目にやってないって言うの?
―― そういう訳じゃないけどさ…。でも、緊張感がない方が気楽だよ
―― まかしといて。最後までお気楽にやってみせるから。あ、そうだ、花火大会はどうする?
―― あれ? 中止になるもんだと思ってたけれど
―― う~ん、そうなんだよね。でも、まだ何も告知されてないよね?
―― 花火大会があるなら、ウミは今度こそ浴衣を着るの?
―― もちろん! 短い青春を謳歌しなきゃ
―― アメリたちも誘う?
―― もう~! アメリたちの事は、いいの!
僕とウミの浄化作業は続いた。
次のエリアで、僕はとても不思議な光景を目にした。始め、僕は、今まで見てきた燐光石よりも、随分と光の弱い石が落ちているな、と思った。それが、近づいてみると、光っているのは燐光石ではなく、カラスの死体だったのだ。もっと正確に言うと、カラスの腹部あたりが薄ぼんやりと発光している。これは、どういう事だろうか? ひとつの仮説としては、カラス自体が燐光石の影響を受けて発光するようになってしまったという事。でも、それならばカラス以外の動植物がもっと発光していてもよさそうだ。となると、次の仮説として考えられるのは…。
僕はリュックから鉈を取り出すと、発光しているカラスの腹部にあてがい、鋸でするように、前後に動かし、裂いた。腐敗臭などはしない。死んでから間もないのか、または時間が経ち過ぎたのか。このカラスの様子から見ると、前者の方が可能性は高そうだ。まだ若いそのカラスの腹部からは血液と思われる液体が流れ出たが、同時に燐光石がひとつ、ころ、とこぼれ出た。
「飲み込んでいたのか…」
こいつはなかなか骨だぞ、と思った。もし多くのカラスが燐光石を飲み込んでいるとしたら、光を探すのが難しく、発見が困難になるし、いちいちカラスの解剖をしなければならない。それに気になるのは、何故このカラスは死んだのか、という事だ。石を飲み込んで呼吸困難を起こしたのであればまだ理解は早いが、もし、燐光石の毒によるものだとしたら…。
僕はペットボトルの水で燐光石を洗うと、袋にしまった。そして、立ち上がった瞬間…。
「ああっ!」
目の前の次の光景に、思わず、声をあげてしまった。というのも、そこには、夥しい数のカラスの死体が落ちていたからだ。ざっと数えただけでも…十羽を超える。いずれも、若いカラスばかりだ。これは、一体どういう事だろうか…。そして、残りのカラスは腹部が光ってはいない。僕は心臓の鼓動が早まるのを感じながら、念のために、それぞれの腹部を開いていく事にした。だが、いずれからも、燐光石は出てこなかった。では、何故、集団でカラスが死んでいるのか…。カラスが群れで行動するのは何となくわかる。恐らく、巣立ってからまだそんなに経っていないくらいの若者の一団。一様に死んでいるが、燐光石があったのは一羽のみ。この不可解な状況は、一体何だろうか…。
それから僕は、暫く歩いたところで、小さな沢を見つけた。山頂の方から流れてきているのか、闇夜の中で涼しい音を奏でていた。が、同時に、その沢に集中して燐光石が落ちている事も発見した。なるほど、雨で流された一部の燐光石は、沢に落ちて川底や下流に溜まるのだ。どこかに池があり、浚わなければならないとなると非常に面倒だが…点々と燐光石が光る水の流れは、地面に描かれた星座図のようで、心を奪われるほど美しかった。ウミに見せてやりたくて、スマホで写真を撮ろうとしたが、うまくは撮れなかった。
僕は、沢沿いに下流へと歩いた。今日のエリア外に出る事は解っていたが、沢の流れが最終的に海にでも繋がっているとしたら、僕が人形山を探索するだけでは不足かもしれない、と考えたからだ。だが、その不安は意外と早く消えた。というのも、麓に近い場所で倒木や岩に塞がれて、水の流れが弱まっており、そこより先には燐光石が見られなかったからだ。つまり、ここから上流の石を拾っていけば問題ない筈。倒木の周辺には数多くの魚が死んでいるのが見えた。
僕は、燐光石を拾いながら、来た道を戻った。人形山に何本の沢があるのか解らないが、石が集まっている限りは、集中的に攻略していく必要がある。あまり、ウミに一度に負担をかけたくはないんだけれどな…。
不図、沢沿いに、不思議な物を見つけた。暗闇ではっきりとは見えなかったので、ヘッドライトで照らした。瞬間、僕は全身に鳥肌が立つのを覚えた。落ちていたのは、明らかに人工物だったのだ。しかも、相当年代が古い物…。人工的に削られて加工された木の棒。その先端部には、意匠が施された大判の板が打ち付けられており、到底判読できないが、何かしらの文字が墨で書かれていたであろう跡が見て取れた。
「まさか…立札…? 人形山は立ち入り禁止だったんじゃないのか?」
僕はその立札と思われる物体をスマホで何枚も写真に収めた。図書委員のアメリだったら、何か解るだろうか…。
それから更に歩いていくと、僕は新たに、妙な事に気づいた。どうも、この沢沿い、歩きやすいのだ。水が流れているから木々が少ない、というよりも、まるで道を作ったかのように、木が生えていない。という事は、ここには昔、道が作られていて、人々が出入りしていた、という事だろうか。人形山の山頂に向かって? わざわざ道を? 何の為に…。
今日の燐光石の採れ高は、五十個を超えた。前回の倍以上だ。ウミは、頑張ったんだね、と笑ってくれたが、カラスの事や沢の事については何も言えなかった。
夏休みも残りわずか。アメリが図書委員の当番の日を見計らって、僕は高校の図書室を訪れた。アメリと会うのは島外退避のあの日以来だ。彼女は自分の決断を後悔してはいないだろうか。
「あれ、圷くん、珍しいね」
僕の姿を視認するなり、アメリが言った。珍しいって言われるのもなあ…。
「野辺から、今日は当番で学校に来てるってきいたからさ」
アメリは微笑んだ。
「いいよ、何かご用?」
僕はアメリに、人形山で撮った立札の写真を見せた。アメリはすぐに、わあ、怖いね、と呟いたが、写真を拡大すると、そもそも文字かどうかすら解らない立札の墨の跡を指で辿った。
「かなり古い時代のもので、人の手によって作られた物だというのは、間違いなさそうだね…」
「それと、この立札があった辺りの沢沿いは、まるで切り開いたかのように木の密集度が低くて、もしかすると道があったんじゃないか、と思うんだよね」
僕の言葉に、アメリは指を顎に当て、考える表情を見せた。
「道…ね…。山道が作られていた、という事かしらね」
僕は首肯した。
「でも、だとすると、何のために山道を作ってまで山を登ろうとしたか、という疑問が出てくる。大昔、人形山は普通に人が出入りしていたんだろうか」
アメリは、ゆっくりと席を立ちあがると、僕と目線を合わせてきた。
「古文書を紐解いてみましょうか」
アメリが提案した。
「古文書…? そんな物がこの島に存在するの?」
「ええ、すぐそこにね」
アメリは、図書室の中二階を指さした。そうか…ここにも立ち入り禁止区域が存在したんだっけ。
アメリの後に続いて、僕は図書室の階段を上った。細い階段の先に鍵の付いた扉があり、アメリは図書委員の特権でその鍵を開いた。中に入ると、また違った複雑な香りが漂ってきた。
アメリが電気を点けた。そこは、一階ほどは広くはなかったが、実に様々な古い書物が所狭しと棚に並んでおり、収納しきれなかった分は段ボール箱の中に無造作に積まれていた。ざっと背表紙を追うと、高校の歴史関連の書物から、郷土史の様な物まで色々と見て取れた。
「背表紙が活字になっている本は、精々ここ百年くらいの本だよ」
アメリが言った。つまり、新しい書物だから参考にはならないだろう、という事だ。
「古文書、というのは?」
アメリは部屋の一角で立ち止まると、僕の方に顔だけを向け、手招きをした。
「普通ね、古文書って言っても江戸時代くらい以降の本しか残ってなかったりするんだよね。戦国時代以前の物は戦火で失われてしまったりしたそうよ。でも、この島は、そのあたりの時代の物も少し残ってるみたい。あ、それよりも古い時代になると、古文書の定義が変わってしまうから、あまり参考にならないよ」
アメリがなんとなく詳しいのは解ったけれど、そもそもどれがどの時代の書物なのか、なんて僕には判別ができない。確かに、その一角には、博物館のケースの中で見るような書物が積み上げられていた。適当にパラパラめくってみるが…なるほど、確かに文字や絵が描かれているのは解るが、全く読めないし、達筆なのか下手なのかすら解らない。
「もしかして、アメリはこの字が読めるの?」
僕が訊くと、アメリは舌をチョロ、っと出して、首を横に振った。なんだ、読めないのか。
「でも、図書委員の顧問の先生は古文専門だから、お手伝いしてくれると思うよ」
「人形山の歴史を紐解く本が見つかれば…だよね…」
アメリは、うん、と首肯した。
古文書自体を読めない僕達は、人形山、という文字に集中して探していく事にした。また、挿絵であれば何が描かれているかなんとなく解るので、それもヒントにしようと思った。が、崩し字が多く、それが漢字なのか、平仮名…そもそも平仮名があったのかも解らないが…なのかすら、僕には解らなかった。適当にページを繰っていくうちに、段々眠くなってきてしまう始末だ。
「圷くん、これ…」
アメリが、低い声で僕を呼びつけた。彼女が手にしているのは、一枚の地図のように見えた。
僕は、アメリの横に回ると、その地図に視線を落とした。地図、というより、正確には風景画に近く、縮尺なんかは恐らく出鱈目だ。でも、そこに描かれている物は容易に読み解く事ができた。
「これって…」僕が呟いた。「人形山の地図…?」
山を遠くから捉えた絵だったが、いくつかの目印が描かれているのが解った。まず目についたのは、山頂、という文字。なるほど、この時…と言っても何時代の絵なのかは解らないけれど…から、噴火口はあったのか。そして…その山頂に大きな丸が描かれており…「大岩」と注釈されているのが読める。更に、その横に鳥居のマーク。これって、山頂付近に神社があるってこと? そこから視線を落としていくと、川沿いに「山道」と書かれている。そして、麓のあたりには、もう一つ鳥居のマーク。これは、あのコトリ祭の神社で間違いないだろう。
僕はアメリと目を見合わせた。
「この地図、どこで見つけたの?」
僕が訊くと、アメリは手にしていた一冊の古文書を見せてくれた。
「この本の中に、挟んで入れられていたみたい。こっちの本を読むことができたら、もう少し詳細が解るかしら…」
「もしかすると、燐光石の事なんかも詳しく書いてあるかもしれない…。前回の噴火の後、僕やウミと同じ立場の人間がいたのか、燐光石をどうしたのか、島はどうなったのか、の記録が解れば、この島や僕達がこれからどうなっていくかも、予想がつくかもしれないな」
「うん、わかった」アメリは大きく頷いた。「古文の先生に、解読をお願いしてみるね」
階段を降りながら、僕はそれとなくアメリに、島外退避をしなかった事について訊いてみた。
「ん? 島外退避? そうね…。皆に、ご迷惑をかけちゃったものね…。でも、わたしは全く後悔なんてしていないよ。もし、この島で今後噴火があったり、燐光石の毒で苦しむ事があったり、最悪わたし自身が死んでしまうとしても…ね…。だって、島の外からそれを眺めて平気でいられる自信がないもの。だから、姉さんには悪い事をしたな…って、思ってるかな…」




