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トキノクサリ  作者: ぼを
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14/43

コトリ祭 -9-

 社の神前に藁人形を設置した頃、外はもうすっかり明るかった。人の話し声や、金属のぶつかるような音が聞こえてくるあたり、既に境内には人が集まっており、屋台の組み立てなんかに精を出しているに違いない。野辺達は無事に大量のカレーを用意できたろうか。

 横たえられた藁人形は、御神体を照らす蝋燭の橙の明かりと、社の小さな窓から挿し込む夏の強い日差しに包まれ、古くて暗い床板とのコントラストの中、ぼんやりと浮かび上がるように、光輝いて見えた。まるで、藁人形に生命を与える儀式でも始めようという雰囲気だ。

「これを…燃やすのか」

 僕が呟く様に言った。

「なんだか厳かな感じだよね」ウミが答えた。「色々な意味で、ドキドキしちゃうな…」

「コトリ祭とは、よく言ったものよね」委員長が静かに言った。「藁人形の子、どんな娘だったのかしら…」

 その昔、悪霊に命を奪われた女の子、という訳か…。それは事故だったのか、病気だったのか、それとも人柱だったのか。数百年以上続いている祭となれば、よほどこの島の歴史に関わる大事件だったのではないだろうか。

 藁人形からは、うっすらと灯油の香りがした。

 

 やがて、僕らの背中で、社の扉が開いた。僕はここで、初めてアメリの母親…つまり、神社の神主に会った。女性神職…。年末年始などで見慣れた、男の神主とは全く衣装が違う。烏帽子もなければ杓もない。代わりに、装飾された着物のような物をまとい、懐には扇を挿し、髪には金のカンザシ、手にはお祓い棒…大幣(おおぬさと言うらしい…を持っていた。僕は、挨拶をするタイミングもないまま、藁人形を前に跪くように指示され、頭を深々と下げた。神主は御神体に向かい、何やら長々と奏上を始めた。意識を集中すれば、かろうじて日本語で何かを言っている事は解ったが、内容は理解できなかった。ただ、この藁人形の来歴を探れるような情報はなさそうだ。当たり障りのないお祓いの言葉のように聞こえた。やがて奏上が終わると、神主は僕らの方を向き、数回、大幣を左右に大きく振った。さっ、さっ、という紙擦れの音と共に、淡い影が、視線を床板にしている僕らの前で大きく踊った。

 姿勢を直ると、神主の指示で、僕ら三人は藁人形を担ぎ上げた。いよいよ、境内に運び出すのだ。

 

 保健教師と祖母が社の扉を開くと、暗がりに慣れた目に外の光が強く挿し、眩惑した。が、それも藁人形を担いでゆっくりと外に出ると、あたりの状況が視認できるようになってきた。境内の広場には…既に多くの島の住人が集まってきていた。彼らは篝火の位置を知っているのだろう、丁度、社から広場の中心までは、道を作るかのように人が引いていた。ざっと、二百人は居るだろうか…。そして、僕らの姿を見るなり、歓声と拍手が上がった。遠目に、参道の屋台群が既に組みあがり、間もなく稼働するであろう様子が見て取れた。

「そうか…篝火に火が点ってから、屋台は稼働を始めるんだ。という事は、僕らは想像以上に注目されるという事か…」

「本番環境で練習するタイミングなんて、なかったね…ざんねん」

 アメリが小声で言った。僕は、もっと静かな状態で、粛々と執り行うものだと思っていた。


 僕らは、広場の中心に、藁人形を据えた。近くに燭台が立てられており、その中で火が焚かれていた。そうか、この火を使って藁人形を燃やすのか。

「いきなり本番とは思わなかったよ」僕が、二人に聞こえるくらいの声で囁いた。「具体的な段取りが解らない。誰がいつ火を点けるのか、神楽鈴は誰が渡してくれるのか、僕はどうやって巫女服を投げ入れればよいのか」

「もう、細かいなあ」ウミが言った。「アメリのお母さんが火を点ける、神楽鈴は社の階段に置いてあるからその間に取りに行く、服は踊りの最後に私たち二人が背中からハサミを入れるから、切れた段階で脱ぎ捨てて火に投げ入れる。わかった?」

 …うん、わかった。でも二人は毎年見ているから知っているかもしれないけれど、僕は初めてなんだから、もう少し優しく教えてくれたっていいのに…。


 神主が社からしずしずと姿を現すと、一面は水をうったかのように静かになった。僕らは、神主と入れ違いで退場し、神楽鈴を各々両手に握った。鈴が揺れて、シャン、という小さな音が、まるで鐘撞堂の鐘のように、静寂の中、あたりに木霊した。僕は鈴を緋袴に押し付け、音が必要以上に響かないように対処した。

 雅楽も囃子もないが、神主は一定の歩調で藁人形の前まで行くと、今度は集まった住民たちに対し、大幣を振るった。そして、燭台から松明を取り出すと、藁人形の顔の部分に当てた。火はすぐには点かなかったが、やがて浸み込ませてある灯油に引火すると、藁人形全体が火を上げた。

 神主は大衆に向かって、今より巫女舞と詔刀の奏上を行います、と一言だけ言うと、社に引き返して来た。神主の視線の合図で、僕らは神楽鈴を持って藁人形を囲んだ。正直、とても緊張した。藁人形の炎との対比で住民たちの顔は暗がりに見え、誰が来ているのかは詳しく知れなかったけれど、恐らく野辺を始めとした高校のメンバーや、アスカたちも見ているだろう。

 僕らは、互いが位置を確保したことを確認すると、視線を送り合って開始のタイミングを計った。僕は、大きく深呼吸をした。とたん、大衆の中から、僕らの名前を叫ぶ声が響いた。すぐに、同級生たちが応援を兼ねて囃して来たのだと解った。

「調子狂うなあ…」

 そんな僕の呟きも、もうウミやアメリには届かない。


 僕ら三人は、神楽鈴を一回、シャン、と鳴らしたのを合図に、詔刀の発声を開始した。体育館の様な反響はなかったが、それでも木々に囲まれた広場に三人の声はよく木霊した。やがて倍音が生まれ、声が一体となったところで、再度神楽鈴を鳴らし、僕らは舞踊を始めた。巫女装束は練習の時のTシャツなんかの恰好と比べるとかなり動きづらかったが、緋袴の裾や、千早の袖なんかが、踊りに沿って空気の中を、まるで風がそよぐかの様に流線軌道を描いて滑るのが、とても心地よかった。僕らは踊りながら、爆ぜる音を時折立てながら燃える藁人形の周囲を回り、奏上を続けた。風、汗、重み、声、倍音の響き、神楽鈴の音。すべてが渾然となり、まるで、僕とウミとアメリ三人の体や精神が一つに重なり、藁人形としてこの世に再生するかのような錯覚に見舞われた。


 やがて、僕らは一通りの奏上と舞踊を終えた。神楽鈴の音を合わせた合図と共に、ウミとアメリは神主から断ち切り鋏を受け取ると、駆け足で僕の背中に回り、緋袴の裾から一息に断ち始めた。襦袢まで切られるのではないかと一瞬だけ不安になったが、二人は手際よく袴、白衣、千早を裁断した。

「ユウくん、いいよ」

 ウミが小声で合図してくれた。僕は、勢いよく巫女服を脱ぐと、両手でできるだけ畳むように丸め、そのまま藁人形の火にくべた。巫女衣装は、上昇気流で、刹那、舞い上がるかの様に見えたが、すぐに炎に飲まれ、藁人形に覆いかぶさるように燃え始めた。これで、悪霊は娘を連れ去るのを諦めるのだろうか…。

 

 僕らが社まで退くと、今まで静かだった大衆は、改めて歓声と拍手でもって、労ってくれた。それと同時に、老人たちを含めた町の男たちが、薪を一斉に藁人形に放り込んだ。これで、篝火は今夜まで燃え続ける、という算段だ。夜は夜で、石を投げつける頃には、同様に盛り上がるんだろうな、きっと。


 控室に戻り、僕らは化粧を落とし、着替えた。保健教師も委員長も祖母も、僕らの首尾を称賛してくれた。特に祖母は、僕が島で最も重要な祭の大切なお役目を果たした事に、安堵の気持ちがあるようだった。つまり、これで僕も、島の生粋の住民として皆に認められたのではないか、という事だろう。祖母は祖母なりに、気遣ってくれていたようだ。

「あ~あ、本当は浴衣を着たかったな」

 ウミが言った。確かに、この役目だと浴衣で祭を楽しむ、というのは困難だ。

「ホントにね。でも、花火大会の時にまだ着られるよ?」

 アメリが答えた。

「そうなんだけどね、今年は花火大会やるか、解らないじゃん」

「ああ…そうか。そうだよね」

「それに、アメリは島外退避組だから、花火大会はどのみち、わたしだけだし」

「圷くんと一緒に見ればいいじゃん」

「う~ん、まあね」

 

 着替え終えて外に出ると、なんだか開放的な気分だった。ウミは両手を頭の上に伸ばすと、全身で大きく伸びをした。

「おなかすいたね」

 ウミが言った。

「折角だから、何か食べようよ」アメリが言った。「お祭だもんね」

 僕とウミは、同時に首肯した。

 普段は物静かな境内の広場だが、今日は、既にいくつもの屋台で埋め尽くされていた。

「あ、イカ焼きがある!」

 ウミが言った。そういえば、ウミの好きな食べ物って聞いたことなかったな…。

「イカが好きなの?」

 僕が訊いた。ウミは微笑むと、頷いた。

「一番好きなのは、おさしみかな~。この島で採れるイカのおさしみは、絶品なんだよ。知らなかった?」

 知らなかった。言われてみると、この半年間、島の特産品なんて気にしたこともなかったな…。

「あとは、みかんかな…」

 アメリが呟くように被せた。

「そう! みかんみかん。みかんも島で採れるんだよ。甘くて美味しいんだから」

 イカの刺身と、ミカンか…。なんだか強烈な組み合わせだ。

「まあ、でも、今日はイカ焼きはよしておきましょう。だって、リュウくんのカレーに貢献しなきゃ」

 アメリの提案に、僕らは賛成した。


「野辺、ノルマの調子は?」

 僕は、屋台でカレーを掻き回している野辺に声をかけた。彼は僕らを見るなり、にやりと笑った。

「ようやく世紀の大巫女殿がお出ましになったか」

「からかうなよ。大変だったんだから」

「悪い悪い、いや、本当、よかったよ。お疲れさん」

 野辺の言葉に、ウミとアメリがありがとうを言った。

「材料はちゃんとそろったみたいだね。カレーはうまく行った?」

 アメリが野辺に訊いた。

「アメリの味を百パーセント再現できたかと言われると怪しい。だが、タマネギ三百個を昨日のうちに苦労して仕込んだ甲斐はあったと思うぜ」

「そうか。三皿、貢献に来たんだけれど」

 僕らは野辺に料金を渡すと、紙皿によそったカレーを受け取った。なかなかのボリュームじゃないか。

「屋台の裏に長机とパイプ椅子が散乱してるから、適当に座れよ」

 僕らは混雑する中、なんとか三人分の椅子とテーブルを確保した。周りの人たちが、僕らが巫女舞をやった本人である事に気づくと、頑張ったね、とか、よかったよ、とか、声をかけてくれた。なんだかやりづらい…。

 僕らは、椅子に腰かけ、いただきますを言うと、同じタイミングでカレーを口に運んだ。うん、悪くない。タマネギの甘味がよく効いている。

「なあ、アメリ、どう? 何点?」屋台から野辺が顔を出した。「まあ、俺が作った訳じゃないんだけどさ」

「なんだよそりゃ」

「うるせえな。仕込みは最大限貢献したさ。とくにタマネギは、既にアメリより早く刻める自信がある」

 僕らのやり取りに、アメリは、ふふふ、と笑った。 

「そうねえ…九十点かな」

「おっ、悪くない!」

 野辺は表情を明るませた。

「百点のカレーは、いつか一緒に作ってあげるね」


 一通り屋台を回り、町の人たちとのコミュニケーションもある程度とる事ができた。それでも時間が余ったので、一旦解散する事にした。疲れたので、帰って昼寝でもしようと思った。

「ユウくん、夜の、篝火を消す石投げには参加する?」

 ウミが訊いて来た。

「参加するつもりだけれど…寝過ごす可能性は否定できないな」

 僕の返答に、ウミは少しだけ寂しそうな表情を見せた。見ると、アメリもなんだか神妙な表情をしている。

「圷くん、まだ仕事は終わってないかも」

 ん?

「どういう事? 委員長からは、巫女の仕事が終わったら完了だと聞いていた気がするけれど、まだ何かあるんだっけ?」

 アメリは、ゆっくりと頷いた。

「母さんがね、石投げの時間に、もう一度集まって欲しいって。大切なお仕事だから、って。だから、必ず来てね」

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