コトリ祭 -7-
アメリと他のメンバーがタマネギの面倒を見ている間、ウミと野辺と僕は、テーブルを囲んで腰掛けた。野辺が、話があるという。
「カレーを作るために、圷を呼び出した訳じゃない」野辺が言った。「色々と気になった事があってな…。俺なりに調べてみたんだ」
「気になった事…って、噴火の事とか?」
「これから火山活動がさらに活発化するかどうかなんて、俺が知った事じゃない。今更どうこうできる問題じゃないからな。俺が気になったのは、どういう基準で島外退避組と、残留組が分けられたのか、という事だ」
そう言えば、学校からも、役場からも、詳細な基準は聞いていない。国勢調査の人口統計を基準に性年代別に重みづけをして、あとはランダムで抽選した、とか、そんな話を誰かがしていた様な気もするけれど…。
「野辺くんは、どう考えてるの?」
ウミが訊いた。野辺は、周囲の視線や耳を気にするように一瞬あたりを伺うと、ズボンのポケットの中から、何やら小さな物を取り出した。それは、石だった。何故、石なんか…。
野辺は、僕とウミの目を交互に睨みつけた。
「この石を、どこかで見た事はあるか?」
僕とウミは、同時にかぶりを振った。
「そんな小さな石の事なんて、いちいち覚えちゃいないよ。まさか、隕石の欠片だとか言うんじゃないだろうな」
野辺は、ククク、と笑った。
「この状況で隕石という発想はなかったぜ。俺もこれが何なのかは詳しくは知らないが、噴火で降って来た物である事には間違いがなさそうだ。ただ、どこにでもある石、という代物でもない」
「勿体ぶるじゃないか。この石がなんだっていうんだ?」
野辺は、その石を僕に渡して来た。直径四センチの球の中には納まるだろうその物体を、手のひらに転がしてみると、所々が石英の様な、ガラス質の鉱物が結晶しているのが見て取れた。淡く黄色がかっている。
「それを両手で包んで暗闇を作り、もう一度見てみろ」
僕は野辺の持って回ったような言い方に訝りながら、両手で暗闇の空間を作り、石を包んだ。僕とウミは、肩を寄せ合ってその中を覗き込んだ。途端、ウミの表情が、一瞬だけ曇った。僕は、その要因がすぐに知れた。闇の中で、石全体がぼんやりと発光しているのが見えたからだ。そして、僕にはこの石に思い当たりがあった。祖母がブリキの箱に仕舞った、あの石と同じだ。
「野辺、この石、一体何なんだろう? うちの庭にも落ちていたみたいなんだ」
僕の言葉に、野辺は深く頷いた。
「この石が何か、は大きな問題じゃないんだ。俺が気にしているのは、どうやらこの石の存在は島の住民の中では殆ど話題になっていない、という事。それに、この石が発見された地域と、残留組の地域の妙な重なりだ」
「確かに、話題になっていないけれど…話題にするほどの物でもないからじゃないのか? 多く見つかっていなければ、話題にしようがない」
「俺もそう思う。だが、役場では、この石が見つかった地域を正確に把握しているらしいんだ」
正確に把握って…どうやって…。
「あ、そうか」僕が、気づいたように言った。「克灰袋か。配布された袋がエリアごとに番号管理でもされていれば、どこの地域からやってきた灰か解るんだ。その中から光る石を探せば…。でも、何のためにそんな面倒な事をするんだ?」
「流石に解らん。ただ、野球部の先輩である、消防隊員の息子の話によると、消防では石の発見エリアを地図にプロットしていたらしい。その先輩が地図を盗み見て、記憶している限りの範囲を、いくつかMAPに登録してある」
野辺はスマホを取り出すと、MAPアプリを起動させ、プロット場所を見せてくれた。合計五ヵ所。そのうちの一つは、僕が住んでいるエリアだ。祖母が石を役場に渡したのだろうか。
「残留組のエリアを重ねる事はできるのか?」
僕の言葉に、野辺は首肯した。
「残留組よりも、島外退避組を重ねた方が解りやすい。レイヤー表示をすると…」
僕は、言葉を失った。地図によると、石が見つかったエリアと、島外退避組のエリアは、全く重ならないのだ。つまり、野辺の仮説が正しいのであれば、今回残留組となったのは、その石が見つかったエリアの住民、という事になる。
「一体、この石は何なんだ…?」僕が呟いた。「いや、とはいえ、五ヵ所くらいを見ただけでは何とも言えない。偶然の可能性だって充分にあるよ。それに…ほら、よく見ると、全部じゃないよ。古杜家も石のエリアになってないか? 完全に正確ではないよ」
「まあ、確かにな」野辺は大きく息を吐いた。「なんとなく気になっただけだ。忘れてくれていいよ」
僕も、椅子にもたれかかると、溜息をついた。それから、終始無言のウミの方を見た。
「ウミ…どうしたの? 気分が悪いのか?」
僕は、思わずウミに声をかけた。彼女は、視点を遠くに、眉をひそめ、少し震えているように見えたからだ。
「あ…ううん。なんでもない。ちょっと、野辺くんの話に驚いただけ」
ウミは笑顔を取り戻した。
キッチンから、タマネギの焦げる甘い香りがしてきたころ、野辺はアメリの許に戻っていった。それで、僕とウミも、カウンター前に移動し、肘をついて様子を見守る事にした。
「キャラメリゼされて飴色になったタマネギは、鍋の中が一通り煮えた後、ルーの投入前に入れます」アメリが説明を続けた。「これより早いと、食感やタマネギの甘味が消えちゃうから注意ね。で、ルーはいくつかの種類の商品を混ぜると味が複雑になって美味しいんだけれど、そのあたりはあまりこだわらなくていいと思うよ。どうせ市販品だしね。隠し味でインスタントコーヒー入れたり、ヨーグルト入れたり、チョコレート入れたりしてもいいけれど、今回はやめておこうね」
程なくして、アメリの特製カレーが完成した。
「いけない、ごはん炊いてなかった」
アメリが小さく叫ぶように言った。
「大丈夫、マスターが用意してくれてるよ」
ウミがそれをフォローした。
エプロン姿のウミが…よく考えたらバイト中だから、一番働かなきゃいけない人だった…仕切って、丁度人数分のカレーが、カウンターやテーブルに並んだ。こんなに大勢でカレーを食べるのは、小学校でのキャンプ以来か、給食以来か。空腹という事もあったが、その家庭的な見た目とスパイシーな香りのカレーは、とても美味そうだった。
「素揚げした、カボチャやおナスなんかの野菜をトッピングすると、お店の見た目になるんだけれどね」アメリが言った。「お祭のカレーだしね」
「はいはい、皆、こっち見て」給仕をしていたウミが手を数回叩きながら、言った。「アメリが作ってくれたカレーなんだからね、感謝して食べなきゃだめだよ。はい、それじゃあ、手を合わせてください!」
ウミのセリフに、誰かが噴き出した。
「合わせました」
小学校ぶりの斉唱だ。
「いただきます!」
見た目は完全に家庭のカレーだったが、味は家庭のレベルを超えていた。アメリに作り方を教わろうという話になったのが、よく理解できる。複数の野菜が溶け込んだ類の味わいではない。恐らく、鶏肉から出たスープの強烈な旨味と、タマネギの奥深い甘味と、スパイスの辛さが渾然一体となっているのだ。
「おいし~い!」
メンバーの女の子たちが声を上げた。それで、アメリは恥ずかしそうに、頬を染めた。
「野辺くん、当日はアメリは手伝えないんだから、しっかりね」
ウミが声をかけた。野辺は、解ってるよ、と頷いた。




