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06.休息フェードスリープ(that call a mystery)

 扉を開くと会議室のような場所へと出た。二十畳ほどもある大きな部屋の真ん中に大きなテーブルが置かれ、それに沿うようにいくつも椅子が並べられている。テーブルには一部に紙やテーブルランプのような物が置いてあり、誰かがここで作業をしたような形跡が残されていた。


 決して狭い部屋ではないが、大きなテーブルのせいか、移動できるスペースはそれほど広くはなく心なしか窮屈だ。壁は一面真っ白で寂しげだが無駄がなく、余計なことを考えず話し合いに没頭できそうな印象を受けた。


「さて、君には聞きたいことが色々あるよ」


 町役所に入ってからずっと私を先導してくれていた、小太りの黒い龍人であるケイトさん。背中や頭、腕にまで張り巡らされた厳つい鱗や、頭上に生えた鋭い角、そんな恐ろしい風貌にも関わらず突然やってきた私に恨み言の一つもなく、人懐っこい笑顔を向けてくる。


 路頭にさまよっていた所を助けてくれたジョンや、身元のない私を何も聞かずに形だけでも受け入れてくれたケイト。今、彼らの行いを一言で述べてしまったが、きっとそれは簡単なことではない。もしも彼らの立場に立ったとして、路頭に迷うような人を見かけても、私は手を差し伸べてあげられる自信はない。しかしそんな気苦労を物ともせず、彼らは私を助けてくれた。もしこの二人に出会わなければ今頃はどこかでのたれ死んでいてもおかしくないだろう。感謝してもしきれない。


「はい、何でも聞いてください」


「うむ、じゃあ好きなところに座って」


 ケイトは最寄りの椅子へと適当に腰掛けると私にも座るよう装飾の多い金持ちの手で促してくる。好きなところに、とは言うが結局話しやすいのが一番だろう。私は彼の反対側の正面に位置する席に静かに腰を下ろした。


「話をする前に、フードを取ってもらってもいいかな?」


「あ、すみません」そういえば被ったままだったのを忘れていた。本意ではないとはいえ、これから世話になる相手にとんだ無礼を働いてしまった。


 急いでフードを外し、軽く髪を整える。その際髪の中で指が通りにくくなっている事に気付き、既に一日以上、風呂に入っていないのを思い出した。


「どこからどう見ても、鱗無しだね。実際に見たのは初めてかな」


 顎に指を置き、趣深そうに私を眺めるケイト。その面持ちは真剣そのもので、邪魔するのも億劫だった私はしばらくの間、彼の観察にじっくりと付き合うことにした。彼の視線が私の体の部位へ細かく向けられるのを肌に感じる。


 しかしただ見られているだけというのも暇だ。動物園の動物じゃああるまいし、一方的に観察されているだけなのも良い思いはしない。なので私も観察することにした。彼ら龍人の体の作り、私たち地球人との違いを。


 まず龍人というのは全体的に体格が良い。比較的みんな背が高くて筋肉の発達したがっしりした体つきだ。私はまだ女性に会ったことが無いので、そちらがどうかはわからないが、今のところガタイの良い人にしか会っていない。遺伝子的な問題なのか、筋肉をよく使う種族なのか、はたまたその両方か。理由はわからない。


 そして私は顔へと視線を向ける。最初に目に入るのは頭から伸びる鋭い二本の角と間に生えている鬣のようなもの。頭や顔だけを見れば想像上の生物、龍や竜に近しい造形をしており、鼻や口あたりの骨格が前に出ている。目はつぶらで顔面の広さに比べると小さいが、そこら辺は個体差がありそうだ。因みにジョンは比較的大きく丸い目で、ケイトは比較的小さく鋭い目をしている。


「見れば見るほど不思議だねぇ。我々とは筋肉も骨格も全く違うようだし、とても同じ人間であるとは思えないよ」


「私も、龍人なんてフィクションの中だけの存在かと思っていました。まさか実在していて、しかも接する機会に遭遇するなんて考えもしなかった」


 関心全開に、ケイトは何やらノートに書き取りながら唇を指でなぞる。


 今でこそ慣れたが、よくよく考えれば二日前には考えられなかった状況だ。しかし龍人に出会い、龍人に襲われ、龍人に助けられて今に至っているわけで、今更現状を否定できる立場でもない。理由も理屈もわからずここまで来てしまったが、恐らくは実際に来てしまっているこの事実が今は大切なのだ。受け入れて前に進む以外に道はない。


「そうだろうね。それに関しては僕も全くの同意さ」


 ケイトは手を止め、改めて私と向き直る。


「さて、そろそろ質問させてもらおうかな」


 カーテンで閉ざされた外の世界の光が強くなり、窓越しにテーブルへ映された太陽の色が私たちに時間の経過を知らせてくれる。


「はい」私の短い言葉を聞いてケイトは頷いた。


「まず、君はどこから来たんだい?」


 そこからはケイトの質問と私の説明で展開されていった。最初に、私は地球という星に住んでいて、そこで生活をしていたら前触れなくこの世界へ来ていたこと。地球でいう人間は、私のような見た目の生物のことを指しており、ケイトのような姿をした生物は地球上には存在しないこと。フィクションでは存在すること。地球の世界観や、人間の価値観は、この世界のものとあまり変わらないこと。これらをケイトの質問を交えながら説明していった。


 私がこの世界に来るに至った経緯の詳細については、この場においては必要ないと考え省略する。正直に言えば、こちら側へ来る寸前の出来事に関してはあまり口にしたくなかった。


「成る程。そちらでは、我々は架空の存在であるということだね。しかし地球、何とも興味深いものだ」


「私はこの世界についてまだあまり理解していないのですが、どういった星なのでしょうか」


「ここは朱離系第三惑星、ジィラだよ。ほぼ君が語ってくれた地球と同じ環境と考えて問題ないだろうね。人的な問題はともかく」


「人的な問題?」


 何となく不穏なニュアンスだが、気になる言葉につい口を挟んでしまう。けれどもケイトは特に躊躇うこともなく口を開いた。


「今ねぇ、北半球に位置するほとんどの国が戦争に巻き込まれてしまっているんだ」


「ほとんどの国が!?」


 あっさりと発された言葉に驚きの声をあげる。それも無理はないだろう。なんせ、北側の国のほとんどということは、世界大戦規模の戦争が行われているということになる。これは確かに地球にはない要素とは言える。


「因みにこの町は戦争している場所とはかなり離れているから、被害は出ないし安心してね」


 子供にものを教えるかのような口調で、優しい微笑みをこぼす。


「ここの人たちでも戦争をするんですね。驚きましたが、安全なら良かったです」


 私はこの世界で上手いこと生き残り、地球へと帰らなければならない。それなのに戦争に巻き込まれてしまえば、生き残れるものも生き残れない。今の私は、無駄な争いは避け、トラブルに巻き込まれないように立ち回ることが大切なのだ。


「それにしても」ケイトは自身の記したノートのページをめくりながら、高揚的な溜息を吐く。


「こんなに早く勇者が現れるなんて、予想外の展開だよ」


 彼の言葉が理解できず、私は目を細めた。


「ゆ、勇者?」


 笑顔を保ったまま、彼は手元のノートを私の方へ向けるとそれを差し出してきた。怪訝に思いながらも、恐る恐る覗き込む。そこには私たちの造形をした生物と、「勇者にまつわる記述」とタイトル付けられた文章が並べられていた。


「これは何ですか……?」


 ノートからケイトへ視線を移す。


「これは、君だよ」


 陽の光がノートへと差し掛かる。手元の陰りが思考と重なり、私は次に持ってくる言葉に詰まった。

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