アルフェリア 6
ギルド会館に戻ると、疾風の戦団のメンバー四人が部屋の真ん中で、スライブにこっぴどく説教されていた。周りを取り囲む野次馬からも罵倒ともとれる厳しい言葉が投げられていた。クリスは報告の為に群衆をかき分け、輪の中心に入って来た。
「もう、それぐらいにしてやりなよ。十分、反省してると思うよ」
「戻ったか、私の部屋で報告を受けるから、後で来なさい」と、説教を終えたスライブは館長室へと戻っていった。
「まあ、みんな無事だったし。問題は解決したから、これでお開きだ」
疾風の戦団を取り囲んでいた群衆が解散していく。日が暮れて来たのでギルド会館を出て行く者、受付カウンターで話の続きを始める者、そのまま仲間と一緒に留まり談笑する者などに分かれ何時もの雰囲気に戻った。
クリスを前にする疾風の戦団の四人は、揃って頭を深く下げた。
「助けてくれて、本当に有り難うございました」、四人が声を揃えた。
「若気の至りだよな。今後、無謀な挑戦はするなよ」
「わ、分かりました。俺、自分がいかに未熟だったのか身に染みて理解しました」、アルフが唇を噛みしめながら涙ぐんでいた。
「自分の手の傷で分かるだろう。俺に勝てないのに魔獣に勝とうなんて百年早いわ・・・なんてな」と、クリスはおどけて見せる。
「あの・・・、どうやって逃げて来たのですか? 魔獣を倒してきたのですか?」と、魔術師のメルが上目遣いでクリスを見つめた。
「倒すなんて・・・、危ない事はしてないよ。追いかけてくる魔獣を振り切って逃げただけだから。途中で奴は、諦めて寝床に帰ったかな」
「素早い魔獣を振り切るって・・・並みの身体能力じゃないと思うのですが」
「ほら、その、身体能力強化の魔法を使ったんだよ」
「そんな魔法、聞いた事がありませんけど」
「あるんだ、騎士の家に伝わる秘伝と言うやつだよ」
深く追及される前にクリスは何とか誤魔化した。
本当は創造神の力を使ったのだが、素直に話せる事では無い。彼は出来るだけ自分の能力を他人に見せないようにしているのだ。詮索されるのも嫌だし、面倒な仕事を依頼されるのも嫌だったからだ。
エルフのチェッカはクリスに、助けてもらったお礼に夕食を御馳走したいので、館長との話が終わったらプルートの店に来て欲しいと告げると、仲間を連れてギルド会館から出て行った。
クリスが館長室をノックすると、中から入れとスライブの声が聞こえた。
「館長、話ってなんだよ」と、クリスは部屋に入ると四人掛けのソファに座り足を組んだ。
「クリス、今回の魔獣に関しての報告をしてくれ。それと、二人の時はスライブで良い」
「そうか、なら叔父さん。今回の魔獣は以前からの報告通り四つ足の獣型だった」
「叔父さんは、止めてくれるか。一回りしか年は、離れていなんだからな」
そう話すスライブは、クリスの亡くなった母親の年の離れた弟だ。生前の母からは、叔父の存在を知らされていなかった。偶然、クリスがギルドに登録する際に素性に気が付いたスライブから親族だと聞かされたのだった。
母の家族は、この自由都市国家アルフェリアの住民だった。
専従者だった祖父に憧れた弟のスライブはギルドで専従者として働き、今の地位へと上り詰めたらしい。きっと影では並外れた努力があっての地位だろう。彼は腕より頭の方が切れるタイプなのだ。
「へへっ、冗談だよ、スライブ。魔獣は殺さなかった。多少、痛めつけてから寝床の洞窟に放り込んで帰って来たよ」
「対処方法は合っている。殺さないで良かった」
「凶暴化してなければ、殺す必要はないよな。下手に駆除してしまうと、新たな魔獣が生まれる可能性があるんだろ?」
「詳しい事は分からないが、生態系のバランスを取るためなのか、殺しても新しい魔獣が現れるのは確かだ。今の魔獣より凶暴なのが出現したら困るからな」
「例えば、人型とかか?」
「そうだ、言い伝えではない。本当に人型の魔獣は、居るのだからな」
「そうだったな、スライブは戦った経験があるって話してたよな」
「ああ、パーティーを組んで遠征している時にな。太古の森で遭遇して俺以外の仲間は全滅したよ」と、スライブは夕日でオレンジ色の光が差し込む窓の外を見た。
「太古の森、失われた遺跡もある場所だな。お宝が多いと聞く場所だし冒険者なら一度は、訪れたいと思う場所だよな」と、ボソッと呟きクリスは立ち上がった。
「もう良いか? 俺は、帰るけど」
「ご苦労だったな。今回の仕事の報酬は、受付で貰ってくれ」
「分かった、じゃあな」
部屋で一人になったスライブは、本部への報告書に嘘の記述をする。
魔獣に襲われたパーティーを助けた方法は、運よく隙を見て逃げ出せた事にした。クリスの能力を知っているスライブは、常にクリスが厄介ごとに巻き込まれないよう注意していた。どの世界でも強大な力を欲しがる権力者は多いものだから。