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アルフェリア 5

 クリスはギルド会館へ戻る途中、森の中の小川に服のまま飛び込んだ。


 あまりの匂いに、このまま帰るとみんなに何を言われるか分からない。せめて匂いだけでも取りたかったのだ。


「ぷっはぁ、気持ちがいい!」、飛び込んだ後になってしまったと思った。


 この小川を利用する人は多いのだ。森で害獣駆除をする冒険者、木こり、山菜や薬草を取りに来る人など、ひざ下ほどの深さの小川は使い勝手が良いのでみんなの水飲み場になっている。服のまま川に飛び込んでしまい、周りに迷惑をかけていないか心配になった。


 クリスは周囲を見渡したが、誰も居なかった。


 良かったと、ほっとしたのも束の間、木陰から音が聞こえた。


「誰かいるのか? 居るんだったら、服のまま川に入ってしまって申し訳ない」


 返事は無い。しかし、人の気配を感じるクリスは警戒行動を取った。音のした木陰へ足音を立てないように気を付けながら近づいた。


 ガサッ、ガ・ガサガサ。音が大きくなり目の前の枝をはらうと、裸の少女が立っていた。


 クリスの姿に気が付いた彼女は、「キャ、キャァァァ―――・・・」と、悲鳴を上げた。


 綺麗に整った顔立ちの彼女は、腰まである長く黒い髪に赤い瞳で十六、七歳に見える。濡れた張りのある白い肌。手のひらに収まる小ぶりの乳房がクリスの目に映った。薄ピンクの乳首は、ツンと上を向いている。


 瞳の色からして彼女は魔族のようだ。魔族には角など生えておらず、人間族と見た目はほぼ同じ。彼らの方が、少し身体能力が高いぐらいしか違いは無いのだ。


「す、すまない。水浴びをしていたのか」と、クリスは慌てて背を向けた。


「ひ、ひ・・・酷い。覗かれていたなんて」と、小川の中にしゃがみ込んだ。


「誤解だ、俺は覗いていない」


「でも、私の裸・・・見たでしょう?」


「ああ、綺麗な体しているな。って、・・・見てしまった事は謝る。ごめん」


「ぐすん、服を着るまでそのまま、こっちを見ないで」


 泣いているのか、彼女は鼻をすする。ゴソゴソと服を着る音がしなくなると、キンと金属音がした。


「こっち向いて良いわよ」


 クリスが振り向くと、彼女は鋭い切っ先を彼の喉元に向けていた。


 白いブラウスの上には、赤色の胸当てをしている。細くしなやかな腕と足には籠手と脛当を装着し短いスカートに黒いスパッツを穿くのは、女剣士だった。


「あ、あああ。謝るから、その剣をしまってくれ。俺はクリス、アルフェリアから来た。君は?」


「これから死ぬあなたに、名乗る必要あるの?」


 冷たい視線をクリスに浴びせる彼女は、ピクリとも動かない。


「剣士なんだね君は。ちなみに人殺しは、良くないよ」


「うるさい、覗き魔! 私の裸を見た男は死刑よ」


 どうやら彼女は、本気でクリスを殺めようと考えている。乙女の裸を見た代償は、死をもって償わなければならないのか。女性には重い両刃の剣を微動だにさせず構える彼女は、自分の腕に自信がある様子だ。


 クリスは、一歩後ろに下がった。


 慌てた彼女は、そのまま腕を伸ばして剣で突こうとした。


 刃先から離れられれば、何も怖くは無い。その前に、硬化の作用が続いているので剣で切られても平気なのだが。それをしてしまうと化け物扱いされそうだ。


 クリスは、軽く手で剣を払うと剣を握る彼女の手を掴んだ。

 真横に立つ彼女は、クリスの鼻先に頭が来るぐらいの背丈だった。

 クリスは少し頭を傾けて彼女の耳元に、顔を近づけた。


「謝っているだろ。許してもらえないのか?」


「嫌だ、もう、何なのよ。あなたのその身のこなし、何処かの騎士なの?」


「どうして、俺を騎士だと思う?」


「・・・、しょうがないわね。私は、ダンディルグ王国から来た、カレン・レーシアズです。剣術と体術を騎士団で教えてもらいました。だから、あなたの身のこなしがただの冒険者ではないのだと分かります」


「元騎士だ、今はギルドに所属する冒険者だよ」


「・・・ッ、痛いからその手を離してくれる?」


 クリスが手を離すと、カレンは不思議そうに痛みを感じた利き手を擦る。クリスに掴まれていた間、剣どころか体を動かすことすら全くできなかった事に驚いていた。


 首を傾げたクリスは、普通に痛みを感じるのが不思議な事なのかと思っていた。


「それより、この森で何をしてたのよ?」


「俺か? 俺は、魔獣に襲われた冒険者パーティーを助けてた」

「その、襲われたパーティーは何処なの?」


「俺が囮になっている間に、先に逃げたよ」


「ふーん、嘘じゃないでしょうね。なんか、きな臭いわよ」


「君こそ、一人この森で何をしている? 間者の仕事でもしているのか?」


「違います、修行です」と、言い切ると足を開いて偉そうに胸を張った。


「ふっ、修行か? こんな所で修行するなんて君は何者だ? もしかしら魔族の勇者とか?」と、冗談半分で笑いながらクリスが話すと、カレンは真っ赤になって下を向いた。


「ゆ、ゆ、勇者です。私は、魔族が信仰する武の女神アテーナの加護を受けたから、強くならないといけないのよ」


「そうか、笑ったりして悪かったな。強くなりたいのか?」


 真っすぐクリスの目を見つめながらカレンは、「はい、私は強くなりたい」


「そうか、偉いな」と、笑顔でクリスはカレンの頭を撫でた。


「こ、こ、子ども扱いしないで。十七歳の大人なんだから」


「ごめん、ごめん。それよりこれからどうする? 俺は町に戻るけど、君も一緒に来るか?」


「いいえ、一緒に行動する仲間が、少し離れた所で野宿の準備をしているの。それに、ダンディルグ王国に戻らないといけないし」


「ここからダンディルグまでは、早くても二か月は掛かるぞ。長旅になるな」


 クリスは何かを思い出した様にショルダーバッグの中をゴソゴソと調べ、小さな指輪を取り出した。


「君の裸を見たお詫びにこれをあげるよ」


 カレンは乳白色の石がはめ込まれた指輪をクリスから受け取った。


「この指輪? 力を感じるけど」


「それは、護りの指輪。何か危険なことがあれば、君を助けてくれるよ。まあ、君の裸を見た代償としては、安いかもしれないけど」


「代償としては、まだ、足りないわ。でも、せっかくだから貰っておきます。有り難う」


 カレンは、指輪を握りしめ小さく笑い声を漏らした。


 魔獣をも一人で倒せる勇者の彼女に言い寄って来る男性は皆無だ。だからなのか自分の身の安全を気にかけてくれるクリスは、彼女からすると始めて会うタイプの男性で興味が沸いた。


 変な人だな。勇者と知れば、普通は驚くものよ。


 彼は普通じゃないのかしら。それなら私の動きを止めた彼は、勇者より強い? 


 じゃあ、この人は一体何者なの?


 考え事をするカレンの前でクリスは片膝を付き、彼女の手を取った。


「お嬢さんに女神の祝福を、それと君との出会いに感謝する。これからの旅の無事を祈ってるよ。じゃあ、俺は帰るから。元気でな、またどこかで会えると良いな」


 彼女の手の甲にキスをした後、ジャブジャブと川を渡りながら手を振るクリスにカレンは、「もちろん、きっとまた会えるわ。その時は、ちゃんと責任取ってもらうから」


「良いね。その時は、責任取ってやるよ」


 クリスにとっては、何気ない別れ際の言葉だった。この出会いは、二人にとって忘れられない印象的なものになった。


 出会いと別れとは、時として偶然が重なり必然となる場合があるのだが、この先再びカレント出会う事になろうとは。


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