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ダンディルグ王国 10

 黙って出ていく事に対してクリスは、カレンに悪いと思ていた。


 その気持ちに嘘は無かったし、アルフェリアに戻りスライブから頼まれていた仕事を終わらせたら、また戻って来るつもりでいたのだ。


 彼はモーガンに挨拶をする為、馬を引きながらギルド会館へ向かった。


「ミルフィーナ、モーガン館長に会えるか?」


「お急ぎでしょうか?」、受付で椅子に座り事務処理をしていたミルフィーナは、下を向いたままで話した。


「急ぎでは無いが、此処を出ようと思ってな。モーガン館長に挨拶をしたいんだ」


「ダンディルグは、お気に召されませんでしたか?」と、手を止めて顔を上げた。


「良い国だよ、此処は。でも、暇なんだよな。特にやる事も無くなったし」


「それなら、ギルドの依頼を引き受けてくだされば良いのに」


「ギルドの仕事をするなら、アルフェリアでも出来るからな。それより、先に片付けないといけない仕事がまだ終わってないからな」


「ふぅ、残念ですわ」と、手を止めたミルフィーナは受付を離れた。


 クリスは、カウンターにもたれながら室内を見渡した。


 パーティーの仲間を待つ獣人族の若者、一緒に依頼を受けてくれるパーティーを探す魔術師、朝から憂鬱な顔をして項垂れる中年の剣士など、此処には色々な事情を抱えた人が集まってくる。


 みんな生きるために、これから命を張るのだろう。今日が最後になるかもしれない、そんな気持ちを心の奥底に抱きながらギルド会館に集まる冒険者達を見ていると、毎日悔いのない生き方をしたいものだとつくづく思う。


 ソロでの活動を好むクリスは、今までパーティーを結成したいと思った事は無かった。


 仲間が死んでいく姿を見るのは、嫌だったからだ。騎士として戦場で戦った仲間達は、みんなあの世に行ってしまった。しかし、気の合う仲間と依頼をこなし、気ままな旅をするのは楽しいかもしれないと想像した。


 あり得ないか、そんな言葉が彼の頭に浮かんだ時、ミルフィーナの声が聞こえた。


「館長がお会いになるそうです。奥へどうぞ」


 館長室のドアを開けると、ソファに座るモーガンは、クリスにお茶を勧めた。


「また、荷物をまとめて出て行く準備をしてから来たか。しかし、お前は、つくづく自分の思いとは違う方向へ導かれるな。残念だが、今回も此処を離れる事は出来ない様だ」


ソファに座ったクリスは、煎れ立ての紅茶の入ったティーカップを手に取り飲む前に香りを楽しんだ。


「ダンディルグから離れられないとは、どういう事ですか?」


「王は、お前をよほど気に入ったのだろうな。指名の依頼が、ギルドに届いたよ」


「俺を指名して来たのか、ラングスは友人だ。彼の頼みなら引き受けるけど」


「仕事の内容も聞かずに引き受けるのか?」


「友人が俺に頼るのは、それなりの理由があるからだと思っている。王の依頼では無くて、友人として頼みを聞くだけだ」


「ははは、羨ましいな。若き王に忖度しない友人が出来るとは」


「それで、依頼の内容は?」


「依頼は、北の遺跡に眠る勇者専用の防具の一つ、カルラの鎧を探し出す事だ。カレン達に同行して欲しい」


「勇者誕生に合わせて女神が準備し、試練と共に封印する武具か」


「そうだ、勇者が心身ともに成長していれば、難なく手に入れられる力だな」


「試練は、勇者自身が打ち破らないと駄目なんだろ。なら俺は、旅の護衛なのか?」


「勇者に護衛は、要らないじゃろ。多分、王自身が旅に同行したかったのでは無いだろうか。それが出来ないから、友人である君にこのイベントを見届けて欲しいのだと思うよ」


「ラングスの目となり、試練を見届けるのか。信用してくれるのは嬉しいが、大役だな」


 紅茶を飲むクリスにモーガンは、「言いにくいのだが・・・」と、話しかけた時にバンと大きな音を立ててドアが開いた。


 明らかに怒っているカレンが、もの凄い形相で部屋に入って来ると、ソファに座るクリスの腕を力一杯掴んだ。カレンと契りを交わしたクリスは、怒る理由に心当たりがあるだけに、黙ったまま動かなかった。


「カレン、落ち着きなさい。クリスは、王からの依頼を引き受けてくれるのだから」


「モーガン館長、そんな事はどうでも良いのです。私が怒っているのは、黙って出て行こうとしたからです。第一夫人の私に、何も説明してくれない事に腹を立てているのです」


「ふ、ふふふ。そうなのか、そう言う仲になっていたのか」


 女性なら誰でも心と体を許した男性が、黙って出て行けば怒るに決まっているのに、分かっていて行動するとは何とも若いなと、モーガンは思った。


「はぁ、責任は取るけど。とにかく悪かった。まあ、落ち着いて座れよ」


 クリスに促されたカレンは、大人しく彼の隣に座った。


「ちゃんと話して欲しいの。強い種を分かち合うのは、女の務めだから何も言わないし、あなたの自由を束縛しないから」


 そうだ、彼ら魔族は、強い種を独り占めしてはいけないと考える種族だった。

 クリスは、種族間の文化の違いを思い出す。カレンは、自由な自分にピッタリの女性だった。


「黙って出て行こうとして悪かった。これからは、どんな事でも君に話すよ」


 感情をあまり表に出さない魔族のカレンが、怒り、悲しみ、喜ぶ姿にクリスは、彼女を愛おしく感じた。自分以外の他人には見せない女性の表情に、男性はとにかく弱いものだ。


 涙が出ていたのか手で目を拭ったカレンは、「今回だけだからね、許してあげる」

 

 クリスとカレンの話がまとまった所でモーガンは、手紙を懐から出した。


「スライブからだ、早馬で届けられた」


「何かあったのか?」と、クリスは受け取った手紙を読む。


 短い文章の手紙には、『ミツヤがお前を尋ねて来た』とだけ書かれていた。


 何か悪い事が起きたのでは無いかと、クリスの脳裏に浮かんだ。


「悪い知らせだったか?」と、心配そうにモーガンが尋ねた。


「いえ、人間族の勇者が俺を尋ねてアルフェリアに来たみたいです」


「そうか、報告は本当だったのかも知れないな」


「何の報告ですか?」


「数か月前にグランベルノは、カルラシアを侵略した。人間族の勇者が、先陣を切ってカルラシア王を倒したと報告があってね。侵略後、カルラシアの人々は、身分に関係なく全ての住民がグランベルノの奴隷として捕らえられたらしい。最新の情報では、グランベルノの発展のための重要な労働力として苦役を強いられているそうだよ」


「騙されたのか、あれほど注意しろと言ったのに」、自分を頼ってアルフェリアにミツヤが来たのなら、きっと彼は自分を追いかけてダンディルグに来ると思った。


「モーガン館長、お願いがあります」


「君の願いなら、受けてあげるよ」


「人間族の勇者ミツヤは、必ず俺を尋ねて此処に来ると思います。だから、彼が来たら俺が戻って来るまで、引き止めて貰っても良いですか」


「お安い御用じゃよ。しかし、人間族の勇者は悲しい運命を背負ってしまったのう」


「同じ勇者として、ミツヤには同情します。護るべきものに騙されたショックは、計り知れないでしょうね」と、カレンは膝に置く手で拳を作った。


「騙されるだけなら良いが、グランベルノ王は、命令に従わず逃亡した勇者の命を狙うだろうね。だからこそ、俺を頼って来たと思う・・・彼の力になりたい」


 クリスは、手紙を握りしめた。女神ディアナには悪いが、これ以上強引に勢力を拡大するのなら、人間族の王であっても容赦なく倒させてもらうと、心の中で誓った。


 モーガンとの話が終わるとカレンは、逃げられないようにクリスの腕にしがみついた。


 一瞬、彼女はためらいを見せたが、意を決したのか真っすぐ見据えて口を開いた。


「モーガン館長、今後クリスは、私と一緒に暮らします。ミツヤの事も含めて連絡は、私達の屋敷へお願いします」


「おい、待て。君と一緒に暮らすのか?」


「そうです、私の家はもうあなたの家なのです。さあ、行きましょう」


 足を踏ん張るクリスをカレンは、強引に引きずりながら部屋から連れ出した。その姿を見つめるモーガンは、楽しそうに手を振っていた。


 ギルド会館の前に停まる馬車にクリスを押し込んだカレンは、使用人に指示を出した。


「彼の馬と荷物は、全て屋敷に運んでください。では、参りましょうか」


「カレン、屋敷って君のご両親も住んでいるのか?」


「ご心配なく。住み込みの使用人は二人いますが、私一人ですよ。両親の顔は覚えていませんし、誰なのかも知りません」


 クリスは、窓の外を眺めながら思いに耽る。


 勇者として生まれた彼女は、物心がつく前に両親から引き離されたに違いない。


 幼い頃から魔族を護る使命を果たすために、教養や訓練を一人で受けて来たのだから、親は居ないも同然かと考えた。


「なあ、カレン。両親に会いたいと思った事は、無いのか?」


「ありません。生まれてから今に至るまで、ずっと一人でしたから」


 無理に作り笑いをする彼女に、何とも言えない思いが込み上げてくる。隣に座るカレンを見ると、クリスは屈託のない笑顔を見せながら、彼女の手を取り自分の顔に触れさせた。まるで、彼女に笑い方を教えるような仕草を取った。


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