ダンディルグ王国 8
日も暮れて客が増えてきた酒場では、無理矢理城を連れ出されたラングスが、クリスと一緒に奥のテーブル席に座っていた。
顔を隠していたマントのフードを取ると、「本当に大丈夫なのか、クリス」、不安気な表情のラングスは、隣に座るクリスに問いかけた。
「大丈夫だよ、心配するな。絶対にバレないって。まさか国王が庶民に混ざって酒を飲んでるなんて誰も考えないよ」
「本当かな、それにあんな人形で城の者達を騙せるのか」
城に忍び込んだクリスは、ラングスにそっくりな等身大の人形を抱えて、王の間の窓から入ってきた。承認を待つ大量の申請書に目を通していたラングスに、飲みに行こうと誘いに来たのだ。王の席に人形を置いて、二人はそのまま城から姿を消した。
「クリス殿、本当に王を連れて来るとは、正直半信半疑でした」
そう答えるルシアスは、レオと一緒に先に酒場で、ラングスとクリスの二人を待っていた。
「じゃあ、みんな揃ったから乾杯しよう。同世代が集まって無駄話をしながら、酒を楽しむのも大切な仕事だよ」
店のウエイトレスが運んで来た酒の入った樽ジョッキで、彼らは乾杯をした。
次々に運ばれてくる料理にラングスは、興味津々だった。
「庶民が口にする料理を食べるのは、初めてだよ」
「美味いぜ、俺もここに来てからハマっている料理だ。それに美味い酒も多い」
「王よ、毒見しましょうか」と、レオが真剣な顔でフォークを手にした。
あー、面倒くさいことするなよと、クリスはテーブルに並ぶ料理を一切れずつ全て口に頬張り、酒で胃の中へと流し込んだ。
「ほら、毒なんて入っていないよ。もし、毒が入っていれば俺が何とかするよ」
滑稽に笑うクリスを見ていると、ラングスは自分の立場を忘れてしまう。
彼の分け隔て無い態度が、清々しく感じられた。
「クリスの言う通り、毒が入っていればその時何とかすれば良い。そんな事は気にせず、今を一緒に楽しもうじゃないか」、ラングスはフォークでワイルドボアの香草焼きを一切れ取り口に入れた。
「うっ、何だこの歯ごたえ。それに口の中に広がる油の甘みと鼻から抜ける香ばしさと言い最高じゃないか。さあさあ、ルシアスとレオも遠慮なく食べなさい」
男四人の宴会が、始まった。種族や立場に関係無く、友人として食事と酒を楽しみながら雑談で盛り上がる。
「しかし、クリス殿の」と、レオが話を始めるとクリスは話の途中で、「殿は要らないよ、みんな友人なんだから呼び捨てで良いよ」
王の方をチラっとレオが見ると、ラングスは無言で軽く頷いた。
ゴホッと咳ばらいをしてからレオは、「模擬戦で戦った感想だが、クリスは本当に只の冒険者か? 太刀筋や身のこなしから、俺達と同じ騎士の匂いを感じたが」
「レオの言う通り、俺も同意見だ。どこかの国で、騎士だったのでは無いのか?」
「本当の所はどうなのだ、クリス。カレンとの模擬戦も国の事を考えて戦ってくれていたよね」と、全てお見通しだと言うような目でラングスはクリスを見た。
「はっ、ははは。いつもならここは、適当に誤魔化す場面なんだけどな。せっかく友人になれたのに、嘘はつきたくないから正直に話そうか」
クリスはジョッキを手に取ると、残っていた酒を一気に飲み干した。
ぷっはーと、息を吐くと続きを話し始めた、「俺は、今は無きフリント王国の騎士だった。グランベルノに滅ぼされた後は、叔父の居るアルフェリアで冒険者になったんだ」
「あの、前線が消滅した戦いか?」と、ルシアスが目を見開いた。
「そうだ。あの時、数千は居た前線の兵士達は、一瞬で全て消滅した」
「無事に生き延びたと言う事は、お前は後方か城内で戦っていたのか?」、レオは思わず酒を飲むのを止め、テーブルの上にジョッキを置いた。
「そこなんだよな。正直に話すべきか、話さないでいるべきかで、悩むところは」
「そう話すと言う事は、クリスは前線に居たんだな」と、ラングスが突っ込む。
「どうせ、ダンディルグの情報収集能力は高いんだろ。おおよその事は知っていると思うけど」
ラングスは、両肩を上げて見せる。どうやら、大体の事は知っている様子だ。
「消滅した、しかし、全てでは無いよな。グランベルノの情報で数人だけだが、あの場を生き延びた者がいると報告があった。だから、同じ様にフリントの兵士で助かった者が居ても、不思議では無いだろ」
「あの状況で生き延びた奴がいたのか。それは、初耳だよ」
「それで、実際はどうなんだよ」と、ルシアスとレオが声を揃えて聞いた。
「俺は、最前線で戦っていたよ」、続けてクリスは小声で、「四隊だったからな」
最後の言葉を聞き逃さなかったラングスは、「四隊とは、意外だったな」
「フリントの四隊と言えば、死神と呼ばれた部隊じゃないか」、レオは思い出したように声を上げた。
フリント王国の騎士団は、第一隊から第十二隊の部隊があった。それぞれの部隊で役割は違っていたが、四隊は命知らずの騎士達が集められた部隊だった。
死を恐れず真っ先に切り込む部隊は、倒される仲間に目もくれず鋭い槍の様に敵の陣形を崩す役割を担っていた。
戦闘が終わる頃には、血で真っ赤に染まった鎧を纏う一団が四隊だった。クリスと彼の兄達が所属していた部隊は、そんな死神と呼ばれ他国からも恐れられていた部隊だったのだ。
「俺だけが助かって、一緒に戦った兄達は死んだよ」
「でも、どうやって助かったのだ? 光に包まれた前線は地面がえぐられ、人だけでなく全てを飲み込んだと聞くが」、ルシアスの問いかけに答え難くそうにクリスは小声で、「光の中心が俺だっただけだ」
「えっ、光の中心にクリスが居た?」と、ラングスとレオが呆気にとられた。
「ああ、冗談。冗談だよ」と、クリスは慌てて否定した。
笑って誤魔化したクリス。最後は冗談だと話したが、ラングスは、光の中心に居てあの消滅を引き起こしたのは、クリスだったと直感で思った。友人として信頼を得れば、いずれ彼の方から話してくれるだろうとラングスは黙っていた。




