アルフェリア 10
勇者一行がギルド会館に入ると、カウンターでクリスは眠そうに欠伸をしながらリリと話をしていた。
「お早うございます、クリスさん」と、ミツヤが元気よく挨拶した。
「お早う、勇者殿は朝から元気一杯だね」
「ここから魔獣の住処までは、どれぐらいの時間がかかるのでしょうか」
「王女様か、此処からだと半日で着けるよ」
「ならば、明日には魔獣を倒して戻って来られますね」と、不愛想なケンが口を開いた。
「それはどうかな。何が起こるか分からないよ」と、クリスは目を細めた。
「そうだよ、早く終わらせようと考えると失敗するかも知れないから、みんな気を引き締めよう。力を合わせて魔獣討伐するんだよ」と、ミツヤは仲間達に油断しない様に注意した。
ミツヤの言葉にクリスは、何か答えを得たように感じた。
そうか、通常なら生まれて来た勇者は幼少の頃から訓練し鍛える。十五歳になると、仲間と共に実戦経験を積み。勇者が十七、十八歳になる頃には、騎士達でも相手ができない程の化け物が出来上がる筋書きなのだが。異世界から来た彼は、訓練をしていない上に実戦経験も無い。
勇者として召喚されたミツヤは、弱いのだ。訓練をする十分な時間が無いから、強引に実戦経験を積ませる算段だったのか。
「勇者の装備は、それだけなのか? 勇者なら専用の鎧や盾などの武具があると聞くが」
クリスの問いかけにリリアが慌てた様子で答えた、「これから揃える予定なのです」
「方々に散らばり保管される装備を揃えるのは、大変だな。古の塔や洞窟なんかにあるんだろ?」
「そうです。魔獣討伐から私達の冒険が始まるのです。今日は大切な第一歩となりますので、クリスさん、よろしくお願いします」
「これは、これは。重要な役割を任されたって訳か、皆さんの足を引っ張らないように気を付けます」、クリスは指で鼻を擦るとギルド会館のドアを開けた。
彼らの実力で魔獣退治など到底出来ないかも知れないと考えながらクリスは、勇者達を引き連れ名もなき森の中を進んで行く。
「あの、クリスさん。私達が戦闘している間は、どうされますか?」と、リリアが話した。
「俺のクラスはブロンズなので、安全な所で待機しますから王女様は心配しなくて良いですよ」
「えっ、ブロンズなのですか。魔獣の住処へ案内をしてくれるので、シルバークラスの人だと思っていました。あと、私の事は名前で呼んでくださいね」
「分かりました、これからは名前で呼ばせてもらいます。俺は案内を任されましたが、魔獣と戦うのは勇者さまだと聞いています。それに、一緒に戦っても足手まといになりますからね」
「ごめんなさい。そうですよね、案内だけのお約束でしたね」と、リリアの残念そうな表情をクリスは見逃さなかった。
ああ、やはりそうか。
自分達の実力を王女は、理解している。このメンバーで魔獣退治は、無謀な事だと彼女は気が付いているのだ。
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・誰か、誰か・・・」、突然森の奥から叫び声が聞こえると、バキバキと木々が倒れる音が近づいて来た。
前方から冒険者達が逃げてくる。彼らの後ろから追いかけて来るのは、クマだ。体長4メートルを超すブラックベアが姿を現した。
「おい、どうしたんだ」、クリスの問いかけに冒険者の一人が、「害獣駆除に来ていたんだが、ギルドで聞いていたよりデカかくて。怖くなって逃げてきたんだよ」
冒険者達は、すれ違う勇者一行には目もくれず我先にと逃げ去った。
「怖くなって逃げたのか? 中途半端な考えで仕事を引き受けるからだよ」と、クリスは呆れ顔になった。
「丁度良い、僕たちが倒しますよ。みんな、協力して」と、ミツヤがブラックベアの前に立ちはだかった。
「では、私が動きを封じます」と、ケンは盾を構えてブラックベアの攻撃を受けた。
後方支援をするエレスとリミアが交互に魔法を放つ、「ファイヤーアロー」、「ウォーターバレット」
最初に火の矢がブラックベアの右腕に当たり、毛が燃え上がる。
次に無数の水の塊が弾丸となりブラックベアに当たると、ブラックベアは態勢を崩した。
ミツヤは聖剣を構え果敢にブラックベアに切りかかった。
ギャアと一声上げると、浅い傷を負ったブラックベアは腕の火を消した。
突進してくるブラックベアをケンが盾で防いだ。
この連携攻撃は、ブラックベアが倒れるまで延々と行われた。
魔獣を倒せる力があるなら、これくらいの害獣は瞬殺のはずだ。クリスは、一時間ほどこの勇者達の攻撃を眺めていた。彼の隣には、リリアが固唾を飲んでじっとミツヤ達を見つめていた。
「あのー、リリアさんは攻撃に参加しないのですか?」
「私は、ヒールしか使え無いので攻撃に加われないのです」
「えっ、何か補助魔法は使えないのですか?」
「はい、まだ知識と経験不足で。早く勇者様のお役に立ちたいのですが」
無事ブラックベアを倒した彼らは、戦闘で魔力と体力を消耗しクタクタになっていた。リリアはここからが私の仕事だと、疲れて地面に座り込む仲間達に回復魔法ヒールをかけた。
クリスは、悟った。そうだったのか、ヒールしか魔法の使えない彼女を卑下する意味で、人々はホワイトウィッチと呼んでいるのか。
日が暮れてしまったので、クリスは野宿の準備を始めた。彼のショルダーバッグから出て来た簡易テントを双子の姉妹が不思議そうに見ていた。
「凄いですね、ストレージの魔法が付与されているのですか?」と、二人の声が揃う。
「そうだよ。ストレージの魔法は、便利だよね」
「どうやったのですか? 魔法が付与されたバッグを買ったのですか? 貰ったのですか?」
「いや、見つけたんだよ」と、クリスは真顔で嘘を付いた。
「羨ましいです。私達も欲しいですよね」
創造神から貰った力の根源は、創造力。クリスが想像するものは、何でも具現化出来る。
ストレージは、クリスが想像した物の一部だ。何でも入る便利な鞄が欲しいと考えていたら、ストレージ機能付きのショルダーバッグの創造に成功した。ストレージの魔法は知らないが、想像した事が簡単に実現できるなど、誰にでも話せるような力ではない。
焚火の前で勇者達と一緒に食事を済ませたクリスは、疲れ切った彼らに気を遣った。
「みなさん、今日は疲れたでしょう。見張りは俺がやるので、休んでください」
「クリスさんのお言葉に甘えて、みんな休ませてもらいますね」と、ミツヤが答えた。
ケンは少し気になるのかクリスに、「あなたも休んだ方が良い。私が交代するから、途中で起こしてくれ」
「有り難うございます。その時は、声を掛けさせてもらいますよ」
クリスは、木を削りながら一人焚火の前で考え事をしていた。
勇者なら身体能力向上や回復魔法は、最初から身についているものだと思っていた。しかし、ミツヤはブラックベアと戦う時に、身体能力を向上させる魔法を使っていなかった。彼は、魔法の使い方が分からないのかも知れない。それに異世界から来た彼は王の話しに何の疑問も待たないのだろうかと、クリスは気になった。当たり前の様に仲間と一緒に戦う姿に違和感を覚えたのだ。




