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フリント王国

 肥沃な大地に恵まれ栄えたフリント王国は、今まさに滅亡へのカウントダウンが始まろうとしていた。人の良い国王フリント四世は、隣国との不可侵条約を信じ平和な世の中が続くと思っていた。ただの紙切れに署名された条約は、守るも守らないも相手次第なのに。それを信じた真面目な王は、軍備縮小を条約通り実行してしまった。


 勢力拡大を目論んでいたグランベルノ王国は、この機会を虎視眈々と待っていたのだ。


 自ら兵力を削減し守備力の低下した国にもはや侵略者を追い払う力は無い。


 侵攻してきた三万の軍勢に対してフリント王国は一万五千の兵力しか残されていなかったのである。

それでも国を守るためにフリント王国騎士団は奮闘したのだったが、三日も経たないうちに戦力は三分の一以下へと減少してしまった。


 国を守る使命感から彼らは諦めず後退しながらもグランベルノ王国軍に立ち向かっていた。

 最前線は、息絶えた仲間達の屍だけが累々と積み重なっていく。

 そんな中、必死に戦う彼らは敵兵士達が剣を上げ歓喜する姿を目の当たりにする。

 

 戦場の空気が一変したのに気が付き、後ろを振り返った。


 城はどうなったのだ? 

 俺たちの国は、大丈夫なのか?

 城を守る仲間達も懸命に戦っているはずなのに、この歓声はいったい何なんだ。

 前線で戦う兵士達に走った不安は、現実のものとなっていたのだ。

 後方から奇襲攻撃を受けたフリント王国は、敵兵に占拠され陥落していた。

 城壁の上では、剣と盾の描かれたグランベルノ王国旗が風でなびいている。

 城が敵の手に落ちてしまえば、前線に残されたフリント王国の兵士達は敗残兵となる。


 彼らに与えられた選択肢は、最後まで戦いここで死ぬか、敵に降伏し捕まり奴隷と成り下がるか、戦場を放棄し生きるために逃げるかだった。


 多くの兵士達が背を向け戦場から逃げだす中で、諦めず戦う男達が居た。

 クリス・アラート、若き騎士の彼も諦めず戦う男の一人だった。


 兜を脱ぎ捨てた彼は、銀髪を風でなびかせながら片膝を付いた。腕に装着する双龍のレリーフが刻まれた盾を外し、最後の力を振り絞り両手で剣を握りしめ立ち上がる。


 終わっていないまだ終わらせないと、クリスは前に進んだ。

 何がここまで戦いに執着させるのか、彼自身にも分からない。

 父を幼い頃に戦争で亡くし、母も亡くなった父を追いかけるように病気で命を落とした。

 早く功績を上げ父の名に恥じない家にしようと約束した兄達は、昨日の戦いで戦死したと聞いた。


「家族を失い国も無くなった今、もう戦う理由すら無いのに・・・」


 全てを失った彼は、この戦場で最後まで戦えば自分もみんなの所に行けると思っていたのかも知れない。


 前から来るのは、勝利を確信し狂人と化した敵兵達。


 最悪な状況なのに、クリスは身震いしながら笑っていた。恐怖など微塵も感じない。もはやこの戦は彼にとって国の為でも、失った兄弟達の弔い合戦でも無かった。


 彼の奥底で眠っていた本能が、純粋に戦いたいと訴えて来るのだ


 重装歩兵達に囲まれたクリスは、素直に自分の気持ちに従おうと決めた。

 返り血で真っ赤に染まった鎧は突入部隊の誉、最後の生き残りとして花々と散る覚悟で。

 

 クリスが剣を振りかざした瞬間、天から差した光が彼を照らした。


 クリスは手にしていた剣を地面に突き刺し、呆然と自分に近づいて来る光る物体を見つめる。

急に静まり返ったのは、世界の時間が止まってしまったからだった。


 目の前の光は人の形をしているが、あまりの眩しさと神々しさでまともに見ることが出来ない。腕で目を覆うと、光の中から声が聞こえる。


「私の名は、クルシュトワ。この世界の創造神である。クリス・アラート、お前の行動は面白く、興味をそそる。なぜ、まだ戦おうとするのだ?」


「分からない。もう、戦っても意味が無いのは分かっている。でも、このまま終わるのは嫌だと思った。そうしたら頭の中から戦えと何かが訴えて来たんだ」


「私の創り出した弱き種族は、予想外の行動をする。それが時に私を楽しませてくれる。人間族は、実に面白い生き物だ」


「俺の行動は、あなたを楽しませているのですか?」


「そうだな。死を目前にしても純粋な気持ちで戦うお前の姿に興味を持った」


「それじゃあ、死ぬまで戦うので、そこで見物していてください」


「死なない! いや、死なせない。それより私の気まぐれに付き合ってくれないか?」


「気まぐれですか? 俺が神に何かをするのですか?」


「何も要求はしない。お前は自分が思うままに生きれば良い」


「そんな事を? 俺の人生なんて平凡に終わるかも知れないし、きっとつまらないですよ」


 創造神クルシュトワが何を考えているのか、クリスには全く見当もつかない。

 しかし、思うままに生きて良いのなら興味が沸いてくる。

 正直、何の束縛も無く自由気ままに生きて行けるのなら面白そうだ。

 騎士の家に生まれたから何の疑問も持たず兄達と同様に自分も騎士になっただけだし。


「私は、この世界を創造する者。私が作り出した命は、全て平等に愛している。人族、魔族、獣族、それに自然や動物、魔獣も全てだ。しかし、私が作り出した命がどの様な一生を送るのかは、それぞれの命が決める事。その中で、面白い輝きを放つ命に目を奪われ興味を持つ」


「どう言う意味ですか? 与えられた命の使い道は、俺の自由だと言う事ですか?」


「そうだ。だからこそ、お前は自分のしたい事をすれば良い。その姿や行動で、私を楽しませて欲しいのだ。お前の命の輝きに興味を持った」


「そうですか、変わった趣味ですね。でも、出来るのなら俺も神さまがおっしゃるように、自由に生きて見たい」


 良く考えてみれば、国や社会を作ったのはそれぞれの種族だ。


 法や秩序などは、支配者が支配しやすくするために作った産物なのだ。


 封建制度の下で君主に従い仕えるのが自分の役割だと幼い頃から教育されていたから、今の社会に疑問すら感じていなかった。


 神は命を創造する存在であり、生まれた場所や環境でそれぞれの立場や身分を決めるのは、神では無いのだ。

 

「そうだお前が自由に生きてくれると、この世界には新しい風が吹く。男神や女神に与えた役割とは違う方法で世界に調和をもたらすことが出来るかも知れない」と、最後は小声で呟くようにクルシュトワは話した。


「新しい風、役割、調和? 何を言っているのか良く分かりませんが」


「お前は、理解しなくて良いのだ」


「でも、此処じゃなくてもう少し早く神様とお会いできていたら、本当に自由になれたかもしれませんね」と、この戦争で命を落とす予定のクリスは残念に思っていた。


「何を言っているのだ? 私に興味を抱かせた命をそう簡単に終わらせる訳が無かろう。お前には、私を楽しませる責任があるのだから」


「そんな、無茶な。今俺は、敵兵士達に囲まれているんですよ。それにあなたが思うような出来た人間ではありませんし」


「出来の良い子より出来の悪い子の方が可愛いと言うだろ」


「ありがたいですが、きっと平凡な一生で終わりますよ」


「どうだろうな。そうならないようにお前には、私の創造の力と神剣を与える。力があれば、平凡にはなるまい」


「そんな力を貰って、自由気ままに暮らして良いのですか?」


「私の気まぐれに付き合うのだ、良い条件だろ」


「後で後悔しても知りませんよ」


 創造神クルシュトワは、手を前にかざすと剣が現れた。

 真っすぐ伸びる細身の片刃の剣、刀身には見たことも無い文字が刻まれている。

 妖艶に輝く剣は、騎士が使う剣より少し長い感じがする。


「クリス・アラートよ、我が御名の元神剣と加護を与える。最後にこの状況から抜け出すために、『神の鉄槌』と叫び力を使うが良い。では、よき旅を」


 クリスが神剣を受け取ると、光は消えた。


 戦場に時間が戻る、クリスの目の前に居る敵兵士達は、今にも飛び掛かって来そうな雰囲気だ。若い騎士を討ち自分の手柄を増やそうと考える兵士達は、理性を失った目をしている。


 クリスは神から与えられた神剣を構えると、周りから笑い声が聞こえた。


「刀身の無い剣を構えているぞ。殺される気満々だな」


「何を・・・」


 神剣を見ると柄しか無い。創造神から与えられた時に見た刀身は無かった。


 あれは、死ぬ前に見る走馬灯の様なものだったのか、一時の夢に自由を見出した自分が恥ずかしくなった。


 “しっかりするのだ、夢では無い! 刀身はお前が望めばいつでも具現化される”と、クリスの頭の中で創造神の声が聞こえた。


 半ばやけっぱちで両手に持つ神剣をクリスは天に掲げ神から与えられた言葉を唱えた。


「ええーい、神の鉄槌!」


 柄から刀身が現れると、天に向かって一筋の光が放たれた。

 雷鳴が戦場に響き渡り、閃光がクリスを中心に周囲へと広がって行く。

 光が敵味方関係なく兵士達を飲み込んでいくと、前線が巨大な光のドームで覆われてしまった。


 音のしない光の中で敵味方合わせて数千の兵士達が、次々と霧散し消滅する。同時に地面に転がっていた死体も全て消えていく。


 光が消え去った後の戦場にはクリスだけが残された。


 後悔より先に恐怖を感じる。全身の力が抜けた彼は、その場に座り込んだ。


「俺が、全員消し去ってしまったのか・・・。仲間の命まで奪ってしまった」


 体が激しく震えるので暫く動けなかったが、自由に生きようと決心したクリスは、立ち上がり着ていた鎧を全て脱ぎ捨てた。


 グランベルノ王国の旗がなびく城を背にして、行く当てもなく戦場を後にしたのだった。


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