月を去った兎の夢は今もまだこの星に
家紋 武範様主催『夢幻企画』投稿作品です。
ギリギリセーフ! 締め切り前に駆け込み投稿してしまうのが僕の悪い癖。
夢幻企画で空欄になっていた「宇宙」カテゴリを埋めようと書いていたら、同じ事を考えていらした同志の方がおいででしたので、何とも場違いになりましたが、よろしければ読むリストの余白にでも加えてくだされば幸いです。
「おい、乗せてくれるか」
「あーはいは、い……?」
私の星間タクシーの窓を叩いたのは、ピンク色の肉球。もふもふの白い毛。
視線を上に向けると、サングラスに白く長い耳。
「あ、貴方はラビトさん!?」
「おう、気付かれちまったか」
サングラスをくいっと上げると赤い瞳。
間違いない! アステロイドベルトで見つかったっていう、月のウサギの生き残り、ラビトさんだ!
見た目は二足歩行のウサギ。その小さい身体で杵を振るう姿は、皆の注目を浴びた。
そして数多のメディアに出演した彼は時の人となり、月に永住権を得た。地球での仕事を終え、月に帰るのだろう。
「月まで頼めるかい? チップは弾むからよ」
「も、勿論です! 光栄です! ラビトさんを乗せられるなんて!」
「よせやい。そんな大層なもんじゃない。ただの餅をつくだけの男だよ」
扉を開けると、後部座席にちょこんと座る。車内がメルヘンな空気に包まれる。
声はおっさんっぽいけど。
「で、では出発します」
「安全運転で頼むぜ」
反重力エンジンを起動すると、私の車は宙へと浮く。乗り慣れてる車なのに、ハンドルを握る手が強張るのが分かる。
「にいちゃん、緊張するなって」
「は、はい!」
そう言われても力は入ってしまう。
「にいちゃん、地球出身かい?」
「は、はい、そうです!」
な、何で分かったんだろう!?
「だと思ったよ。俺のことをそうやって熱烈に歓迎してくれるのは、大抵が地球出身だ。月が身近だからだろうな」
その通りだ。私も昔から寝物語に月にいたウサギの話を聞いていた。人間が百年以上前、月に降り立った時に、月から消えたウサギの話を。
「ラビトさんは伝説の生き証人なんですよ! 私、子どもの頃から何度も聞いてて……」
「そうかい。百年以上経つのに、語り継いでいてくれる人間がいるってのは嬉しいもんだ」
ラビトさんは機嫌良さそうに笑う。
「親から子へ、子から孫へ、か。その営みがなかったら、俺もただのウサギっぽい宇宙人だもんな」
「あはは……」
確かにそうかも知れない。火星出身の彼女は、
「餅つくのって昔はこうやったんだ。へー。……で、何でウサギ?」
っていう反応だったからなぁ。
「にいちゃんは語り継いでくれるのかい?」
「……出来たら、いいんですけどね」
「おい、なんだよ。訳ありかい? 月までの暇つぶしだ。よかったら聞かせてくれよ」
「……愉快な話じゃないですよ」
そう。全くもって愉快な話じゃない。
火星出身の女性と知り合い、結婚して子どもも産まれた。
でも地球と火星の風習の違いに、段々と喧嘩が増え、妻は子どもを連れて火星に帰っていった。
私は仕事が手につかなくなり、職場を退職。
退職金を食い潰すまで無為に過ごし、いよいよ食い詰めとなって、社長秘書時代にやっていた星間移動車運転のスキルでこの仕事に、という、面白みも何もない転落人生だ。
「へぇ、そんな事がね」
「だから語り継ぐ相手がいなくなっちゃいましてね。あー、娘がいたら今日の事話すのになぁ……」
目頭が熱くなり、慌ててこする。
「だめだよにいちゃん。そんな簡単に諦めちゃ」
ラビトさんの厳しくも温かみのある声が、私の背にぶつかる。
「子どもからしたら、父ちゃんはいつまでだって父ちゃんだ。夫婦にゃ色んな事情もあるんだろうけど、それは子どもには関係ないだろ。きちんと話して会ってやらねえと」
「そ、そんな事言われても……」
子どもには会いたい。でも今更妻に何と言って会いに行けるだろう。
「……男は夢を守るために身体張るもんだろ? 違うか?」
「……」
月のウサギの夢の守り手であるラビトさんはそうかも知れない。でも私は……。
「なぁ、俺が実は月のウサギとは何のゆかりもない宇宙人だったらどうする?」
「えっ?」
急な話の変化に、驚いて危うくハンドル操作を誤るところだった。危ない危ない。
「どこぞの星から逃げてきて、たまたま月のウサギにそっくりで、『生き残りだ、生き残りがいた』って喜ばれるもんだから、ついその勘違いに乗ったとしたら?」
「……」
何を言ってるんだろう。
何が言いたいんだろう。
「子どもにしたってそうさ。親に抱く夢や理想は幻かも知れねえ。でも偶然でも何でも、一度持たれた夢は、おいそれと放り出しちゃいけねえ、そうじゃねえのかい?」
娘の顔が脳裏によぎる。
パパ、パパと抱きついてきた娘。
お風呂はパパとがいいと駄々をこねた娘。
大きくなったらパパと結婚すると周囲に言い続けた娘。
別れの日、「またパパと会えるよね?」と涙目で聞いてきた娘。
そうだ。私は娘の抱く「大好きなパパ」の夢を守らなきゃいけないじゃないか。
妻に何を言われようが知ったことか!
悪かったところは謝って、私の気持ちも伝えて、またやり直そう!
「……いい背中になったじゃねえか」
「ラビトさんのお陰です」
「しんどくなるぜ?」
「夢を背負うって大変ですね」
車内に笑い声が重なる。
「お、話していたら、もう月が見えてきたな」
「どちらにつけますか?」
「静かの海に付けてくれ」
「畏まりました」
私の車は、豪邸の前に着陸する。
「ありがとよ。楽しかったぜ」
そう言って支払われたお金は、明らかに多かった。
「あの、こんなに頂いては……」
「娘さんに何か買ってやんな」
「……ありがとうございます!」
私は白く小さな背中が門の中に消えるまでずっと見送った。
夢を背負う男の、小さくも逞しい背中を。
「さて、と」
車に戻り、私はハンドルを持つ手に力を込める。
あの話は本当だったのだろうか。
落ち込む私を励ますための嘘だったのだろうか。
確かめる術はないし、私にとってはどっちでも良かった。
妻と娘に会う決意をもらえた、それが私の全てだ。
「お土産、何にしようかな……」
つい浮かれた独り言がこぼれる。
そうだ、ラビトさん印のお餅はどうだろう。
このウサギさんを車に乗せたんだよと言ったら、どんな顔をするだろうか。
地球に向かう私の胸は、これから帰宅して寝るだけとは思えないほど、熱く高揚していた。
読了ありがとうございます。
猫らてみるく様の作品『満月の夜、うさぎを想う』の感想欄の話から思いついた話でした。お約束は果たしましたよ! いじりすぎて原型残ってないですけど(笑)!
これにて私の夢幻企画投稿は完了となります!
乱筆乱発でご迷惑をおかけしました!
読んでくださった方、評価やブックマークをくださった方、感想を書いてくださった方、そして何より企画運営をしてくださった家紋 武範様に心からの感謝を!
本当にありがとうございます!
お疲れ様でした!
さてこれからは読み手としてあちらこちらにお邪魔しようと思います!
よろしくお願いいたします!