幕間 舞台裏で
「小話をどうぞー。」
『ハイエナはつらいよ』
時は4日ほど前…リナがサトリに会ったその日に遡る。
アールハイド王国、王都の中心にある王城へ、一般市民が着るような簡素な装いをしたハイエナの獣人の青年が向かっていた。明らかに場違いであろう彼に、王城の警備をしている騎士たちは気付かない。王城の庭園まで歩いてきた彼は、城の大きな入城口の前で指を鳴らす。すると城壁の一部がゆっくりと開き、隠し扉となる。
彼は素早く入り込み扉を閉める。そのまま勝手を知っているように城内を散策する。勿論、城内の使用人、騎士、貴族、役人たちは誰一人として彼に気付けない。
彼の名前は「ギィス」という。若干不満げな顔をしたままギィスは王城にいる近衛騎士団長の部屋へと向かう。
部屋の前まで行くと、部屋の中から何やら話し声が聞こえる。会議でもしているのだろうか? 終わりまで待つべきだろうか少しの間迷っていると、窓の外、庭園の大きなサクラの木に、ギィスの知っている魔力を纏った小鳥が見えた。疑問を感じながら、その小鳥に念話を送る。
『……もしかしてサトリさんですか?』
『やほ―!! サトリちゃんやでー!!』
『なんか用ですか? どうせ面倒事でしょ? あんたいっつも面倒事を持ってくるし。』
『ええ!? 酷いっス!! もーそんなつれない反応しないで欲しいでやんす!!』
窓の外には、よよよと翼で顔を覆い、器用に泣くふりをする小鳥。ギィスは心底迷惑そうな顔をする。サトリはいちいち動作が大げさでちょっと鬱陶しい。しかし、あんなでもサトリは神獣。始祖人の上司に近いのだ。全くもって面倒臭い。神獣の他の面子はまだ話しやすいのだが、何故サトリはこんなに胡散臭いのだろか。
『ちょっ、ちゃんと反応してもろてよかです? ワイだってちょっと今回はつらみしかないんですわ~。もうマジで大変なんっすって~。』
『確かにいつもより鬱陶しいですし、何か事件でもあったんですか?』
『拙者は突っ込みませんぞ? いつも鬱陶しいとか遠回しに言われても気にしませんぞ?』
どうせいつも通りにしょーもないことだろうなーと思うギィスであったが、ブチブチ文句を言うサトリから話を聞き始める。重大な話だったら聞かなくてはならないので。どれだけウザくても。
そして話を聞き終わったころ、ギィスは頭を抱える羽目になった。
『ちゅーわけで、このままだと上様が『ギルティスの涙』を使ってやったー、みたいになって指名手配されるかもしれないっす。』
「いや本当に何やってんだあの人……!! 何で街に到着してすぐ問題起こすのかな…!?」
『おーい、声漏れてはるでー。……あ、気配遮断の魔法使っとるんすなー。…それと一応解決策はありまっせ―?』
思わず頭を掻き毟りながら唸っていると、サトリから提案を受ける。ギィスは藁にも縋る思いでサトリに案を尋ねた。
ギィスたち始祖人にとってリナ、アストラルは尊敬する神であり、畏怖する存在である。万が一、この国が彼女と敵対するならギィスはこの国から出ていくつもりでいた。国に愛着はあるが、恩神と敵対するわけにはいかないし、なによりあの御方が暴れるとなると、自身の身が危険にさらされる。長い時を生きているとはいえ、ギィスは死にたいわけではないのだ。まず、あの御方が普通に死なせてくれるわけがない。
しかし、完全に手遅れという訳ではないようだ。ならばサトリの案に掛けてみるべきだろう。きっと、恐らく、流石になんとかしてくれる、と思う。例えサトリが普段狂気としか思えないようなことをしていても…。
『どんな策ですか? それを聞いてから判断したいと思います。』
『そうやな、取り敢えず『ギルティスの涙に』ついて、あんさんが知っておることを書いてくれへん? それを一番早い方法でメイシアと王都のギルドに送って欲しいっす。んで、上様…冒険者リナ・アストラルについての情報でも送っとたらええよ? 送る情報はおんしに任せますわ。』
『言ってることは普通だ……。』
『なにそのそれ以外は普通じゃないみたいなのは。』
『じゃあその小鳥の姿で踊るの止めてもらえます? こっちは真剣に聞いてるんですけど。』
この話をしている間、小鳥は翼を広げてクルクルと回るように踊っていた。確実に普通の感性ではない。これだから狂気を感じるとか言われるのだが、サトリはそれが分からないらしい。心底関わりたくない相手である。これが上司とかマジかー。
踊るのを止めたサトリはビシッと敬礼をしながら『で、どうするん?』と念話を送ってくる。今の外見は小鳥なのだが。シュール過ぎないか?
『……やりますよ。言っていることはまともでしたしね。すぐに取り掛かります…と言いたいですが、少し根回しをしてからでいいでしょうか? 今日中には終わるんで。』
『いいすよ~。じゃあ頼んだ!』
無駄にキレのあるポージングを決めた後、小鳥に化けたサトリは飛び立っていった。それを見送ったギィスは溜息を付いて気配遮断の魔法を解く。普段なら兎も角、この忙しい時期にさらに面倒事を押し付けられたのだ。王室相談役の立場を思う存分利用させてもらおう。今後の仕事の多さに達観しながらギィスはまだ会議中の部屋の扉を開いた。
彼の眠れない日々はまだ始まったばかり。
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『誰よりも臆病なのは』
ふいー。これで良しっと。ギィスはんに伝えたんで何とかなるっしょ。あ、どうも【申】です。サトリっす! イエ~イ☆ 上様の意向で魔王を創っていたら、上様に止められて怒られたよ☆ しかもその所為で上様が魔王役やるとか言い出したよ☆
……いいいぃぃぃぃぃやああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!! あかんってそれは~~~~!!! なじょして!? どうしてそうなんの?!?!?!? その場で止められたわいを褒めてくれてもええんやで!!! な・ん・で! 誰よりも容赦のない上様が魔王役とかやりたがるんです!?!?!?
ふうー、ふうー。おっしゃ落ち着こう。手は打ったし、これで何とかなるはずや。ちゅうかマジで早く魔王役用意せな上様本当に出陣しそうなんすけど。
魔王はこの世界に平和の重要性を示すための機構でもあるんや。そして力に溺れないようにする抑止力だったり、停滞を止める起爆剤だったり、いらんもん……この世界では重火器とかっす……を廃棄するための隠し蓑だったりしますの。つまり、めちゃ重要ってワケ。そゆことでわっち達、神獣たる『十の獣』が交代で勇者と魔王を創っとるんや。まぁ、わっちはミスりましたがね!!!!! マジで死んだかと思うとったわー。
おいら……サトリは元々はスライムやった。その頃はちょっとした自我があるだけだったんや。でも、それはいくつもの転生というプロセスを経て培われたもんだった。
通常ならば転生システムの中で失われるはずだった記憶は、誰かの記憶によって固定された。それが誰の記憶かは知らん。上様は心当たりがあるけど教えてくれんかった。何故? ま、そこは関係ない。本来なら消えるはずの最弱のスライムは、自我と憧れを持つことで成長することになったんや。
ワイは樹妖精を見たことがあった。彼女の使う魔法が、その奇跡が、俺の全ての始まりだった。魔法に憧れ、使おうとしていたら凄く強くなったんや。スライムは魔法が使えん。だから他の種族の特性を喰らって自分のものにしていった。そして魔法を覚え、使いこなせるように修練をしていった。その果てに僕は……何者でもなくなった。
いろんな誰かが混ざり、その思考を自我に吸収し。果てへ果てへと進んだ先にあったのは虚無。俺は、僕は、私は、あたしは、余は、我は、おいらは、わっちは、ワイは、「「「「「誰だ?」」」」」」」 どれが本当の自分か? さぁ……本来の姿は何だった?
『よっし! 捕まえた!!!』
そんなときに出会ったのは上様だった。見た瞬間に分かった。あ、この方にめっちゃ殺されてきたわ、と。……転生を繰り返して、その度にこの方に遭遇して殺されてるじゃーん。あれっ!? それ死んだのでわ?????
思わずフリーズしたワイに向かって、上様は何故かガッツポーズをしてこう言ったのだ。
『お前!! これから私の部下な!!』
『は?????????』
そこからは怒涛の日々。いつの間にか神獣になるは、名前を貰うは、仕事を押し付けられるは……いやぁ……何と言うか、我ながらよくやって来たなぁと思う。…………あれ、そう思うと何だか今回も何とかなりそうな気がしてきた。
ワイはサトリ。【申】の神格を持つ神獣。もう俺は迷うことなんてない。
「ちゅーか迷っとる暇なんてないんすよぉぉぉぉぉ!!!!」
今日も今日とて、上様にドヤされないために働こう! ………おいらは自分の身が可愛いもん!




