閑話 『灰の王』の災難
「閑話が入りまーす!」
山岳都市メイシア。アールハイド王国の中で最西端の都市であり、最も《禁忌の深淵》に近い都市と言われている。都市は堅牢な城壁で守られており、魔物に対抗するために強力な戦士たちを育成する『冒険者ギルド』の発祥地とも言われている。
勿論、ここに居る戦士は冒険者だけではない。アールハイド王国の王都から派遣された騎士団、他国から流れてきた傭兵など、様々な者がいる。彼ら彼女らに共通していることは、みな強者であるという事だろう。
この都市で最も強いものは誰か? この問いに対し、メイシアの住人たちは8割の者が彼の名前を挙げる。
「一番強いのは『灰の王』、グレイ・ガルグイユだよ。」
扉を開けて中に入ると、冒険者たちの喧騒が溢れ出してくる。そんな中をグレイはすり抜けるように進む。ここは冒険者ギルド、メイシア支部。王都では魔境と噂される場所であるが、グレイにとっては慣れ親しんだホームである。
白い大理石のロビーを抜け、ギルド職員に軽く挨拶しながら二階へと上がっていく。尚、本来二階は職員以外は立ち入り禁止であり、グレイも普段は通ることはない。しかし、今回に限って許可されたのだ。それはギルドマスター直々の高難易度の依頼が関係している。
「ギルマス、いるか? グレイだ。」
「おう。入ってこい。」
ギルドマスター執務室の扉を開けると、そこには難しい顔をしたギルドマスターがいた。
「……何だ。そんなに険しい顔をしていると、また孫に怒られるぞ。」
「むっ。それは困るな。…しかしなぁ、お前さんも聞いたら困るぞ。」
ギルドマスターは老いた猫の獣人であり、彼には可愛い孫がいる。時々ギルドのお手伝いをしているのだが、ギルマスが怖い顔をするたびにそれを止めに来る。このギルドの名物でもある。ただし、調子に乗っている奴には容赦しないのでも有名だ。
そんな孫の存在のお陰か、ギルマスは基本的に険しい表情をしない。よっぽどの問題事でなければ、だが。
「今回俺を呼んだことと関係しているのか?」
「ああ。グレイ。これはSランク冒険者の中でも信頼できるものでないと頼めなそうだからな。……というか、儂のスキルで分かったことだしな。」
「ギルマスのスキル? ……待て、それってまさか。」
「おう。恐らく、だが《禁忌の深淵》辺り、だな。」
グレイの纏う空気が変わる。それ程までにこれは大問題だったからだ。ギルドマスターの持つ特殊スキル。それは《狩人の瞳》という魔眼の一種である。能力は【危機察知】と【予測】。そして、《狩人の瞳》は極稀に所持者に危険があることを予知夢として教えてくれるのだ。更に危険地帯は赤く染まって見えるという便利機能もある。
「《禁忌の深淵》か…。何故急に? 今まではそこまでではなかったんだろう?」
「儂のスキルを知っていてあそこを調査できるのはお前さんぐらいだしなぁ。」
「ちょっと待て。予知夢はどんな内容だったんだ?」
「分からんよ。」
「どういうことだ。何が来るかぐらいは分かるんだろう?」
「儂との力量差があり過ぎるのよ。だから、見えん。」
「……元Aランク冒険者が太刀打ちできない、だと?」
「戦力差を察知することすら出来ん、が正しいな。最悪、お前さんよりも強いかもしれん。」
「マジかよ……。」
思わずグレイは溜息をつく。彼は自身の力を把握している。そこから考えて、ギルドマスターが察知した【危険対象】は……
「単独で国を落とせる何か、か?」
「……むぅ。やはりそうなるか。」
「ふっざけんななんだよそれ。そんなのが居てたまるか。」
「だから調査依頼だ。……くれぐれも死ぬんじゃないぞ。」
「ギルマスマジで覚えてろよ戻ったらユウヒィスのコース料理でも奢れや。」
「ぐぬぬ……。依頼料だけではダメか…。しょうがない。奢るからしっかり戻ってこい。」
「おう。」
グレイは会話を切り上げ、準備を行う事にする。ギルドマスターに背を向け、何事もなかったかのように冒険者ギルドを出ていく。誰にも危険が迫っていることを気取られないように。
それを知っているのはギルマスのみ。
「……頼んだぞ。」
グレイが《禁忌の深淵》に辿り着いたときにまず目にした物は可笑しな痕跡だ。人類種のものと見られる足跡。そこからから推察するに身体はそこまで大きくないようだ。まるで子供の足跡。であれば小人族の成人がいると判断する。彼らは成熟しても小さく、身長は150㎝にしかならないからだ。《禁忌の深淵》に辿り着くことが出来るのはSランク冒険者や国が抱え込んでいる戦士、後は騎士の一部位だろう。もしくは古より生き続ける【始まり者】達くらいか。【始まりの者】、始祖人はあまり政治や国のあり方に口を出さず、協力もしない。しかし、有事の際には助言し、もしくは彼らの強大な力を振るう事もある。
「始祖人関連だったらどうしようもねぇなぁ……。今気づくんじゃなかったけど。」
うん。思わず溜息をつくのは仕方が無いだろう。というかほぼほぼそうなんじゃないだろうか? 新しく見つけた痕跡、それは水で濡れ、破れた地図。5大国は勿論存在が隠された海の向こう側についても記載されているようだ。落とすか普通。こんな明らかに大事なものを。
呆れていると何処からか咆哮が聞こえてくる。上位の魔物が狩りを始めたようだ。ここはいったん離れて休息をとって――――
『思ってたより強いんだが!?』
「は?」
遠くから聞こえてくる声に、グレイは耳を疑った。高く澄んでいる声は恐らく女性、それもまだ若い。更には焦っているようだった。
そう認識したとたんにグレイは駆けだす。魔物の声と足音を聞き、その少女に追いつく。そう。何と見つけたのは少女だったのだ。
「伏せろ嬢ちゃん!!」
そしてグレイは知らなかった。本当に大変なのはこの先からだと。
グレイが見つけた、リナと名乗る少女は何処までも不思議な少女だった。……うん。年齢はちょっと信じられないが。流石に50は詐欺だろう。それは置いておくとして圧倒的な魔力を持ち、繊細なコントロールもあっという間に手に入れた。……その前に甚大な被害が出たが。身のこなしも軽く、体術も優れたものなのだろう。しかし、余りにも常識を知らない。リナには海を渡ってきたか、どっかの国の重要人物だ、と言ったがもう一つあり得る可能性がある。
一般人、もし、そういったリナの言葉が正しいとするならば?
考えられるのは【龍の楽園】、ドラゴニアに住んでいる者だろう。つまり、始祖人かそれに準じる者。どちらにせよ大問題になりうるだろう。
世界中で今までに確認されている始祖人は10人。彼らがどこから来たのかはずっと謎に包まれていた。その強さの秘訣も。そんな中でのドラゴニア出身者と思われる人間が世の中に出てきたら騒ぎにならない筈がない。……そして一番問題になるのは恐らくリナ本人。こいつ、話していて分かったがかなーり自分勝手なのである。それはもう見事に自己中心的なのである。八つ当たりで魔物を殲滅させていたし。そんなに黒油をショーユと呼ばせたいのか……? というかそんな風に暴れたら止められる気がしない。正直ギルマスがこいつが原因だと言っても納得する。
「ほらグレイー!! あれじゃない!? メイシア!! もう目に見えてるよ!!」
「分かった分かった。ちょっとは年相応に落ち着けよ。」
「やかましいわ!! あんたはもうちょっと若々しいことを言いなさい!」
「いやどんなことだよ。」
リナから目を離さないように調査依頼を切り上げ、メイシアに舞い戻ったグレイだったが、後から振り返ってみてこの判断は英断だったことを確信するのだが、今はまだ誰も知らないことである。




