前世の徳が足りなかった。
とある作品を読んで強くインスピレーションがわいたので。
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……………。
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…………………………。
―あれ、ここはどこだろうか。俺は確か家で母さんと喧嘩して……。
―やっと起きたのかい、寝坊助さん。私も暇じゃあないんだ。早くしてくれないかな。
―ん……?お前は誰だ?っていうかここはどこなんだよ!?
―うるさいなぁ、たかが元人間ごときが喚くんじゃないよ。間違って君を消し飛ばしたらどうしてくれるんだい?……まぁ、あえて現状を説明するならね。君は母親に殺されたんだよ。君、死んでるの。お分かり?
ーは?え、え、は!?はぁ!?死んだ?
―そう、死んだの。それはそれはあっさりと。まぁ、ありふれたことだしね。運が悪かったとでも思っとくといいよ。で、本題なんだけどね。来世の君をここで作るんだよ。
―来世の俺?
―来世の君さ。まぁ、記憶はなくなるけどね。死ぬ前の記憶も、ここでの記憶も。とはいえ、勿論好き勝手に決めれらるわけじゃあない。そんなことができるのは千日回峰行に成功した生き仏くらいのものさ。しかも残念なことに、君には積んだ徳がほとんどないときた。
―徳を積んでいないとどうなるんだ?
―それはまぁ、このボードを見ればわかるさ。
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・転生する場所を選ぼう!
1. 地獄道 (徳ポイント+300)
2. 餓鬼道 (徳ポイント+200)
3. 畜生道 (徳ポイント+100)
4. 修羅道 (徳ポイント+50)
5. 人間道 (徳ポイントボーナス無し)
6. 天道 (徳ポイント-500)
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―まずはこれさ。徳が無さすぎると来世で人間に生まれることすら難しい。君の今世で積んだ徳からいうと再び人間にうまれるので精一杯だろうね。
―そ、そんな……。
―まぁまぁ、最後まで話を聞こうよ。徳ポイントが余っていたら特性を振ることができるんだよね。来世は頭がいいとか、金持ちがいいとか、イケメンや美女がいいとか。……裏技なんだけど、マイナスの特性を振ることもできるんだ。例えば、生まれる家庭のレベルをマイナス5にすると、5ポイント分の余剰が生まれる。ここまではいいかい?
―要するに、能力にペナルティをつければ別のところにその分振れるってことなんだな。
―そうさ。じゃあ、実際にやってみようか。まずはどこに生まれたい?
―人間。虫や動物なんて嫌だよ。
―わかった。じゃあ特性を振っていこう。
―生まれる家庭のレベルを-4ポイント、知力を-2ポイント、身体能力を-1ポイント。余った分は全部容姿に振ってくれ。
―本当にそれでいいのかい? ペナルティの分の7ポイントとあわせて17ポイントを容姿に振ることになるけれど……。知力-2ポイントや身体能力-1ポイントは正直誤差範囲だ。でも、家庭のレベル-4ポイントはやめておくべきだと思うけれど……。
―あぁ。それでいい。
―君がそういうのなら。幸運を祈ってるよ。願わくば君の来世に幸多き事を。
こうして俺は、俺と言う存在は、実に呆気なく消滅した。
◇■◇■◇
私、赤根汐は今絶賛生命の危機にあった。切っ掛けは些細なことだった。昨日からずっとお酒を飲んでいた父に、少し控えた方がいいんじゃないかと言ってしまったのだ。
8年前、母が死んでからというもの、父親はめっきり変わってしまった。朝家を出たかと思うと夜遅くまで帰ってこない。……最初の頃、父は仕事に打ち込んでいるのだと、そう思っていた。
父が仕事をやめていたのだと悟ったのは、10歳の時だった。ある日学校から家に戻ると、珍しく父の靴が玄関にあった。まだ何も知らない子供だった私は、父の仕事が早く終わって帰ってきたのだろう、そう素直に思っていた。……父が知らない女の人からお金を受け取っているのを見てしまうまでは。子供ながらに何かが違うと思ってしまったのだ。その晩、父に昼間の女の人について聞くと、父は見たこともないような形相で私を怒鳴り付けた。
「なにもしらねぇガキがいっちょまえの口を利くんじゃねぇ!殺すぞ!?」
その日から父はいろんな女の人を家につれて来るようになった。私は知らない女の人の臭いがする父は好きになれなかった。お酒を飲むようになって、すぐ怒るようになった。私に手をあげたことも何度もある。それでも、私は父を嫌いになれなかった。優しかった頃の父を忘れられなかったんだ。
そしていま、父は私にナイフを突きつけていた。いつもなら私を数発殴れば気が済むような些細なこと。でも、酔った父は理性の箍が完全に外れてしまっていた。激昂した父は、近くにあったナイフを持って私に襲いかかってきたのだ。
「お前、誰に向かってそんな口利いてんだよ。おい、聞いてんのか!」
「ひうっ……。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して下さいすみませんもう生意気言いません許してください!」
「あぁ!?ガキの癖にいっちょまえに媚びやがって!殺されてぇのか!謝るなら態度ってもんがあるだろうがよ!……ちっ、酒はもうねぇのか。おいお前、買ってこい!」
無理だ。今のご時世、明らかに未成年の私にお酒を売ってくれる店なんて存在しない。思わず口にした言葉に父は更に激昂する。
「そんな……」
「よっぽど死にたいみてぇだな、おい。口答えすんのか?」
「ごめんなさい買ってきます買ってきますから!」
◇■◇■◇
5,000円札を掴んで家を飛び出したはいいものの、私は途方に暮れていた。買わずに戻れば私は殺されるかもしれない。でも、買うことはできない。売ってくれる店が存在しなければ買いようがない。仕方なく、私は家の近くのコンビニでビールを盗むことを決意した。
コンビニに着いた私は、1度大きく深呼吸してから店に入った。そのまま恐る恐るお酒のコーナーに向かった。父がいつも飲んでいるビールを見つけると、素早く鞄に忍ばせる。そして私は、商品を探しているふりをしながらその場から立ち去ろうとした時だった。
「君、同じ高校だよね。」
「ひッ。」
声をかけられたことに驚いた私は思わず小さく悲鳴をあげてしまった。慌てて声の方向を見ると、私より少し背が高い、同年代くらいの男の子がいた。
「ごめんね、驚かせちゃったかな。でも君、お酒を鞄の中に入れたよね。」
男の子のその台詞に、私の頭の中が真っ白になった。どうしよう、警察呼ばれる?店員さんに親を呼ばれたら……。私の頭の中をただそれだけが回り続ける。
「未成年はお酒を買っちゃいけないんだよ?」
「流石にそれくらい知ってるわよ。私は未成年じゃないわ!」
「嘘だね。だって君、俺の高校の制服着てるじゃないか。まさかコスプレって訳でもないだろ?」
流石に服装まで気が回っていなかった。家では着替える暇すらなかったのだ。つまり私の格好は学校から帰ってずっと制服のままだった。図星を指された私は反論できずにただ黙っているしかない。
「……。」
「別に君を警察に突きだそうとかは思ってないよ。ビールを棚に戻したら帰ればいい。」
「何が目的なの?なんで私を庇うの?お金は持ってないわ。」
「そんな、それじゃあ俺がゲスな奴みたいじゃないか。別に何も要求するつもりはないよ。」
「ごめんなさい。庇ってくれようとしたのは嬉しいわ。でも、私はこれを買わないといけないの。」
「なんで?自分で飲むって訳でもないんだろ?」
「理由は言えない。でも、買う必要があるのよ。」
「困ったなぁ……。仕方ない、姉ちゃんを召喚して代わりに買って貰おうか。あ、お酒は棚に戻そうね、とりあえず。」
そういうと男の子は私の鞄からビールを奪い去ってもとの棚に戻すと、自らのポケットからスマホを取り出して電話をかけ始める。
「あ、もしもし。姉ちゃん?あのさ、ちょっと家の近くのエイトまで来てほしいんだけど。……え、理由?来てから話すよ。……まぁまぁ、いいからいいから。待ってるからね!……。ちょっと待ってくれるかな。今姉ちゃんが来るから。」
「なんで」
「何が?」
「何で助けようとしてくれるの!?私たち初対面でしょ!?なんで初対面の人にそこまでできるの?何が目的なのよ!」
「俺にもわからない。でも、なんだか放っておいたら後悔しそうなんだよ。こんな風に感じるのは初めてなんだ!俺にもどうしたらいいのか、どうしたいのかなんてわからないんだよ……。」
「私は大丈夫だから。放っておいてよ。あなたに心配されるようなことなんてないわ!余計なことしないで!」
「そんな顔で説得力なんかあるわけないだろ!お前今自分がどんな表情浮かべてるか分かってるのか?正直俺には大した人生経験なんてないし、どっちかっていうと人の感情の機微には疎い方だよ。自分でもわかってる。」
「それなら!」
「でも、そんな悲痛な表情がわからないほど鈍感じゃない!何があったのかは知らないし無理に聞くつもりはないよ。でも、そんな死にに行くような顔で大丈夫なんてわけあるはずないだろ!」
男の子がそう叫ぶと同時、少しおどけたような女の人の声が唐突に割り込んだ。
「ねぇ、お二人さん。ここ、どこかわかってるのかな?」
「あ、姉ちゃん!やっと来たのか……。」
「ひどいなぁ、けいちゃんってば。これでも急いできたんだぞ?で、用事ってのはそこの女の子?なになに?けいちゃんの彼女?」
「違うよ、ってかむしろ初対面。彼女、なんかわけありっぽいんだよね。」
「ふーん。君、なんて名前?」
「えっと、赤根汐です……。って私は大丈夫ですから!失礼しました!」
思わず名前を答えてしまったけれど、すぐに我にかえった私はこの場を立ち去去ろうとする。うしろから静止の声が聞こえたけれど、無視してコンビニをあとにした。
……結局お酒を入手できないまま家に戻ることになってしまった。覚悟を決めて家に入ると、父が待ち構えていた。
「遅い!どこをほっつき歩いてたんだよ!つーか酒は買ってきたんだろうな!」
お腹を蹴られ、私は床にうずくまった。殺されるという恐怖にうまく口が動かない。
「ごめ…ん……な、さい、お酒、買え……ま、せんで……」
「あ!?酒を買ってきてないだと!?てめえは買い物ひとつ満足にできねぇのか!ぶっ殺すぞ!」
そういって父はうずくまった私の背中を蹴る。そのまま数回蹴りつけると、満足したのか居間の方へと去っていった。蹴られた痛みが収まって、やっと動けるようになったのはそれからかなり時間が経った後だった。
それから3日後の朝、もうかなりの間鳴ることがなかった来客を知らせるチャイムが鳴った。父は舌打ちしながら玄関に向かう。来たのはスーツを着た男女2人だった。父に何かを見せつつ男が話し始める。少しして、父が激昂する声が聞こえた。ここからでは何を話しているのかはわからないが、女の人が父に二、三言言うと父はおとなしくなった。
そして2人は家の中へと入ってくると、私に話しかけた。……突然のことに動転していた私は、何を聞かれたのか何を話したのか、なんと声をかけられたのか覚えていない。けれど、女の人が「もう大丈夫だよ」って言ってくれたことだけは強く覚えている。
さて、それからさらに数日後。私は児童相談所に「保護」されることになった。あとで知ったことなのだが、重度の虐待が認定されたかららしい。さて、これも幸運なことだったのだが、特別養子縁組で里親になってもいいという人が現れたのだ。これまでは6歳未満という制限があったそうなのだが、民法が改正され18歳までなら可能になったらしい。私はその1例目ということになった。
私が引き取られることになった家は、なんと驚くことに件の男の子の家だった。男の子の名前は、鷲谷京というそうで、私の兄ということになった。そして彼の姉、今は私の姉でもあるのだが、彼女の名前は彩璃というらしい。私も人のことを言えないかもしれないが、珍しい名前だと思う。とまれ、いわゆるお試し期間は何事もなく過ぎ去り、私は晴れて鷲谷家の一員となったのだった。
―これは私からの餞別だよ。君が少しでも幸せになれるように。